4話
それからの日々のことは、うまく順番に思い出せない。
似たような朝が続いたからだ。目を覚まして、水を飲んで、何か食えるものを探す。虫を捕り、木の根を掘り、たまに小さな獣の食い残しにありつく。そういうことを繰り返しているうちに、俺は少しずつ、この森での生き方を覚えていった。あの、俺を追いかけたやつの縄張りがどこまでか。どの時間なら水場が空くか。どの藪に潜れば風下になるか。誰も教えてくれないから、全部、見て、試して、痛い目を見て、覚えた。
傷は、絶えなかった。
棘に裂かれ、岩で擦り、獲物に引っ掻かれ、俺の腕や脚はいつも何かしらの傷を負っていた。だが、そのどれもが、気づくと塞がっていた。夜に痛かったところが、朝には薄いかさぶたになっている。数日すれば、どこを切ったのかもわからなくなる。俺はそれを、当たり前のことだと思っていた。傷は治るものだ。腹が減れば何か食う。眠くなれば眠る。それと同じように、俺の身体は、勝手に自分を繕った。
今ならあの治りの速さが、当たり前ではなかったと知っている。だがあのときの俺は、比べる相手を持たなかった。俺にとっての普通は、俺しかいなかった。だから何ひとつ、疑わなかった。
果実のことも、そうだ。
よく晴れた日だった。雲はほとんどなく、風もない。梢の葉が一枚も揺れないような、森が昼寝でもしているみたいに静かな昼だった。俺は木の下にいて、腹を減らしていた。見上げると、高いところに赤いものがいくつもなっている。手は届かない。俺の背丈の何倍も上だ。跳んだところで届く高さじゃないのは見ればわかった。それでも俺は、しばらくそれを見上げていた。腹が減っていると、届かないものでも、つい見てしまう。
落ちてきた。
ひとつ、俺のすぐ前の地面に。少し遅れて、もうひとつ。俺は落ちてきたそれを拾って、匂いを嗅いで食った。甘かった。虫よりずっとうまかった。俺は落ちた実を残らず拾って食い、それから、また森の奥へ歩きだした。
なぜ落ちてきたのか、俺は考えなかった。落ちてきたものを食った。それだけだ。腹が満ちれば、理由なんてどうでもいい。あのときの俺は、そういうやつだった。
そうやって、いくつもの朝が過ぎた。俺は生き延びていた。誰にも望まれず、誰にも気づかれず、森の隅で緑色の何かとして、ただ生きていた。悪くなかった、とは言わない。よかったとも言わない。ただ、生きていた。
そのことだけが、あの頃の俺の全部だった。




