24話
次は、動きだった。
あの日、俺と相棒は囲まれた。逃げ場がなかった。あのとき俺は、群れの攻撃をまともに受けすぎた。避けきれずに、削られた。だから、まず、避けることを覚えようとした。
身体の奥の熱を、脚に巡らせる。剣を軽くしたときと同じだ。熱を込めると、脚が速くなる。地を蹴る力が強くなる。俺はそれを使って、動く練習をした。
また、あいつらの縄張りへ行った。
一体に襲わせる。棒が振られる。俺は避ける。熱を込めた脚で、横へ跳ぶ。前よりずっと速く動けた。棒が空を切る。その隙に踏み込んで、斬る。
最初は、一体なら避けられた。二体でも、なんとか。だが、三体、四体と増えていくと、そうはいかなかった。
避けた先に、別の一体がいる。その攻撃を避けると、また別の一体が待っている。四方を囲まれると、避ける場所がなくなる。速く動けても、動く先が塞がっていれば、意味がない。結局、俺は囲まれると、どこかで一撃をもらった。
あの日と同じだった。
いくら速く動いても、地面の上にいるかぎり、囲まれれば終わりだ。避ける場所が、平らな地面の、その一面しかないからだ。前、後ろ、左、右。それを全部塞がれたら、逃げ場はない。
——上が、あるじゃないか。
あるとき、そう気づいた。俺には、あの見えない壁がある。あれを足場にできれば。地面だけでなく、空も使えれば。囲まれても、頭上へ逃げられる。避ける場所が、平らな一面から、上へ広がる。
それで、跳ぶ練習を始めた。
あの見えない壁を、足の下に作る。落ちたときにやったことだ。あれを足場にして跳ぶ。空中にもう一枚作る。そこへ跳ぶ。理屈は単純だった。
だが、やってみると、まるでうまくいかなかった。
足場を作る。跳ぶ。次を作ろうとする。だが、間に合わない。足場が消え、俺は落ちる。地面に叩きつけられて骨が折れる。
治して、またやる。
跳ぶ。落ちる。折れる。治す。跳ぶ。落ちる。折れる。治す。——何度、地面に叩きつけられたか、数えきれない。木の高さから落ちた。崖の上から跳んで、下まで落ちた。全身の骨が何度も折れた。そのたびに、身体の奥の熱を使って繋いだ。
治せる、ということが、これを可能にした。
普通の獣なら、一度崖から落ちれば死ぬ。だが、俺は治せる。だから、何度でも落ちられた。何度でも失敗できた。痛みには慣れなかった。折れるたびに、悲鳴を上げそうになった。だが、治るとわかっていれば、もう一度跳べた。
少しずつ、感覚が掴めてきた。
一枚を蹴る、その足がまだ触れているうちに、次の一枚を作る。途切れさせない。一枚が消える前に、次に乗る。その、わずかな間合いを、身体で覚えていった。二枚。三枚。四枚。跳べる数が増えていった。
やがて、地上の足捌きと、空の足場が繋がった。
地を蹴って、速く動く。塞がれたら、足場を作って跳ぶ。頭上へ。空中で向きを変えて、別の足場へ。そこから、敵の背後へ降りる。地面と空を行き来しながら動く。もう、俺の動きは、平らな一面に縛られていなかった。
試しに、また、数体に囲まれてみた。
わざと囲ませる。四方を塞がせる。そして、跳んだ。頭上へ。あいつらがぽかんと俺を見上げる。その隙に、足場を蹴って、一体の背後へ降り、剣で仕留める。また跳ぶ。別の一体の頭上から、斬りかかる。
あいつらは、俺に触れることさえできなかった。
あの日、俺と相棒を追い立て、囲んだ、あの群れの動き。あれを、今度は俺が上から覆した。もし、あの日これができていたら。——そう思うたびに、胸が痛んだ。だが、その痛みも燃料にした。
最後は、剣だった。
あの日、俺の剣はあいつに通らなかった。あの硬い皮膚に、かすり傷しかつけられなかった。斬っても斬っても、通らない。あれでは、いくら動けても、いくら守れても、あいつを殺せない。
剣を強くしなければならなかった。
あの見えない壁。あれを、剣に纏わせてみたら、どうか。ふと、そう思った。壁を、刃の形に貼りつける。刃に沿って、薄く伸ばす。
やってみた。
最初は、剣に壁が乗らなかった。壁は、平らな面にしかならない。刃の、細い形に沿わせるのが難しかった。何度も失敗した。壁を張ると、剣から離れて宙に浮く。あるいは、剣を包んで、鈍い塊になる。刃の形に、薄く纏わせる。それができなかった。
来る日も、来る日も試した。剣を振っては、壁を纏わせようとし、崩れ、また試す。指先の感覚を研ぎ澄ませて、壁を、薄く、細く、刃の形に沿わせていく。少しずつ、掴めてきた。
ある日、ようやく、剣に壁が乗った。
刃に沿って、薄い、見えないものが伸びている。剣が少しだけ長くなったような、鋭くなったような感じがした。試しに、硬い岩に振り下ろした。
岩が裂けた。
俺の剣では、傷ひとつつかなかったはずの岩が割れていた。見えない刃が岩を斬っていた。
だが、岩は動かない。あいつは動く。硬くて、速くて、反撃してくる。岩を斬れても、あいつを斬れるとは限らない。俺には、動く、硬い相手が要った。それも、できるだけ強い相手が。
その相手を、俺は森の、もっと奥で見つけた。
それまで、近づかなかった場所だ。深い、暗い、木々のいちばん濃いあたり。そこに、それがいた。
見たこともない獣だった。俺の背丈の、倍以上。あの、でかいやつ——相棒を殺したやつよりも、なお大きい。黒い毛皮の下に、岩のようなこぶが盛り上がっている。目が四つあった。口からは、牙が剣のように突き出ていた。あいつら——あの緑のやつらとは違う。もっと大きくて、もっと恐ろしい、何か。今まで、こんなものがこの森にいるとは、知らなかった。知らないまま、避けて、生きてきたのだ。
俺はそいつに挑んだ。
最初の一撃で、俺は吹き飛ばされた。
そいつの、前脚の一振り。それだけで、俺の身体は、木まで飛んで、叩きつけられた。あばらが砕けた。治す。立つ。剣を構える。剣に、壁を纏わせる。
踏み込んで、斬った。
そいつの前脚に。見えない刃が黒い毛皮を裂いた。血が噴いた。通った。硬い皮膚に、刃が通った。
だが、浅かった。
纏わせた壁が斬った瞬間に割れていた。まだ、もろいのだ。硬いものを斬ると、その衝撃で、壁が砕ける。一度斬るごとに、纏わせ直さなければならなかった。そして、その纏わせ直す一瞬の隙に、そいつの反撃が来た。
牙が俺の肩を抉った。
肉がえぐれた。骨が見えた。俺は悲鳴を上げた。治す。だが、治すそばから、次の一撃が来る。四つの目は、俺のどんな動きも、見逃さなかった。
何度も、殺されかけた。
斬る。壁が割れる。纏わせ直す。その隙に、抉られる。治す。また斬る。また割れる。また抉られる。血が俺の身体を赤く染めた。俺のか、そいつのか、わからないほど。俺は幾度も、地面に這った。もう立てないと思った。
だが、そのたびに、相棒を思い出した。
あいつは死にそうになって、それでも、俺を咥えて逃げた。最後まで、諦めなかった。——ここで、俺が諦めてどうする。この程度で。あいつの死を、無駄にする気か。
立った。何度でも、立った。
斬りながら、俺は掴んでいった。纏わせた壁が割れる、その寸前。斬り込む、その瞬間に壁をまた重ねる。斬ると同時に、纏わせ直す。一枚が割れる前に、次を貼る。あの、足場の要領だ。途切れさせない。刃に、壁を、絶やさず纏わせ続ける。
できた、と思った瞬間。
俺の剣が、そいつの太い首に吸い込まれた。見えない刃が、割れることなく、黒い毛皮を、肉を、骨を、斬り抜いた。
そいつの巨体が崩れた。
どう、と、地面が揺れた。四つの目から、光が消えた。俺は、血まみれで、そいつの、動かなくなった巨体の傍らに立っていた。息が上がっていた。全身、傷だらけだった。だが、俺は勝っていた。
あの、四つ目の獣を、俺は一人で倒した。あいつより大きく、あいつより硬いものを、この剣で斬り抜いた。剣に、壁を、絶やさず纏わせて。硬いものを、斬り抜いて。——これで、あいつにも届く。単体でやり合うなら、もう、負けない。
だが、忘れてはいなかった。あいつには、群れがいる。あの、囲んで、追い立てて、嬲る、群れが。あいつを殺すには、あの群れも越えなければならない。
俺は、傷を治しながら、しばらく、その巨体を見ていた。喜びはなかった。ただ、一歩近づいた、と思った。あいつを殺すことに。相棒の仇を、討つことに。
季節がまた、めぐりかけていた。
俺は、変わっていた。あの日、相棒を失った日の俺とは、別のものになっていた。もう、竦んで逃げる、はぐれの緑の何かではない。守る壁を持ち、空を跳び、硬いものを斬り抜く、何か。だが、それを喜ぶ気持ちはなかった。この力は、すべて、相棒が死ななければ、手に入らなかったものだ。
そして、あるとき気づいた。
森の匂いが変わっていた。あいつらの匂いが濃くなっている。それも、一箇所に集まっていた。夜になると、遠くで、地鳴りのような音が聞こえた。大勢の足音。何かが動きだしていた。大きな、大きな群れが。
俺はその匂いを追った。
あいつがいるはずだった。あの、でかいやつが。相棒を殺したやつが。俺は、匂いと地鳴りを頼りに、森を進んだ。あいつらの大群のあとを。
やがて、森の縁に出た。
そして、俺は見た。あの草原を。そのはるか向こうを。あいつらの大群が向かっている、その先を。
——あの、四角いものが集まった場所。
人の町だった。あの二人が帰っていった、あの町だった。
あいつらは、あそこを襲おうとしていた。
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ダメ出し、もう見ないコメでもなんでもオケです




