22話
そこからのことは切れ切れにしか覚えていない。
俺は動けなかった。あばらが砕けて、息をするのも苦しかった。もう指一本動かせない。ここで死ぬ。そう思って目を閉じかけた。
そのとき二の腕に痛みが走った。
相棒だった。背にあの武器を受けて、血を流しながら、それでも俺の腕を咥えていた。牙が肉に食い込む。痛い。だがそいつは離さなかった。俺を咥えたまま、後ろ向きにずるずると引きずりはじめた。
やめろと思った。
お前は傷を負っている。ひどい傷だ。俺を運んでいる場合じゃない。自分が逃げろ。だが言葉は通じない。通じたところで、そいつは聞かなかっただろう。そいつは俺を咥えて、群れの輪のいちばん薄いところへ突っ込んでいった。
あとのことはよく覚えていない。揺れる視界。流れていく木々。相棒の荒い息。地面を擦る俺の身体。血の匂いが、俺のものか相棒のものかわからなかった。どれだけの距離を引きずられたのかもわからない。ただ気づいたときには、追ってくる足音は聞こえなくなっていた。
見覚えのある匂いがした。
ねぐらだ。あの倒木の下の穴。俺と相棒の巣。そいつはそこまで俺を運んできていた。俺の腕をそっと放す。俺は地面に転がった。
そして相棒も、その場に崩れた。
俺は力を振り絞って身体を起こした。あばらが軋んだがかまわなかった。相棒のところへ這っていく。そいつは横たわって荒い息をしていた。背中の傷はひどかった。見なくてもわかった。あれは助からない傷だ。
治さなければと思った。
あの身体の奥の熱を集める。傷を治すあの力を、相棒のあの傷に。俺はそいつの背に手を当てて念じた。治れ。塞がれ。俺の傷がいつもそうなるように。
だが何も起きなかった。
熱が湧いてこなかった。あれだけ戦いのあいだ次から次へと湧いてきた熱が、今は空っぽだった。使い果たしていた。自分の傷を治し、あの見えない攻撃を防ぎ、最後にあの壁を張る、そのすべてに使い切っていた。いちばん使いたいときに。いちばん大事なものを助けたいときに。俺の力は空だった。
俺は何度も念じた。治れ。頼む。治れ。手のひらから熱を絞り出そうとした。ない。何もない。ただの傷ついた手がそこにあるだけだった。あんなに便利だった力が、こんなときに一滴も残っていなかった。
相棒が俺を見た。
その目に苦しみの色はあまりなかった。ただ俺を見ていた。俺が無事なのを確かめるように。それからゆっくりと、俺の手のほうへ大きな頭を擦り寄せてきた。いつもそうしていたように。撫でろとでも言うように。
俺は撫でた。
治せない手で。ただ撫でることしかできない手で。灰色の、血に濡れた頭を何度も撫でた。相棒は目を細めた。気持ちよさそうに。俺の膝に頭を預けて。
そしてその荒い息が、だんだんゆっくりになっていった。
俺は撫で続けた。息が遅くなっても。間隔が空いても。撫でていればいなくならない気がした。撫でるのをやめたら、そこで終わってしまう気がして。だから俺は撫で続けた。
やがて息が止まった。
俺の膝の上で、相棒は動かなくなった。あたたかかった身体が少しずつ冷えていく。それでも俺はしばらく撫で続けていた。もう息をしていない頭を。冷えていく毛を。ずっと。ずっと。
夜が来た。
俺はまだそこにいた。冷たくなった相棒を膝に乗せたまま。ねぐらの中は静かだった。あたたかいものがまたいなくなった。今度は二度と戻らない形で。
俺は初めて声を上げた。
言葉ではない。俺には言葉がない。ただの獣の叫びだ。喉が裂けるような、意味のない大きな声。それしか俺にはできなかった。悲しいという言葉も、悔しいという言葉も、俺は持っていない。だから俺はただ叫んだ。夜の森に向かって。何度も何度も。
そしてそのとき、俺の中で何かが生まれた。
あのでかいやつ。相棒を殺したやつ。あいつの、あの嬲るような笑い。あれを思い出したとき、俺の、空っぽになったはずの身体のいちばん奥で、冷たい火のようなものが灯った。熱ではない。もっと暗くて、静かなものだ。
殺す
生まれて初めて、俺はそう思った。あいつを殺す。この手で。何を失っても。それが俺の中に生まれた初めてのその気持ちの名前だった。




