19話
二人は行ってしまった。
剣を教えてくれたほうは、最後にもう一度俺を見た。何か言いたげに口を開きかけて、だが結局、何も言わず、ただ、かすかに笑った。あの、あたたかい笑みで。そして、背を向けた。
憎しみの目をしたほうは、俺を見なかった。だが去り際に、ほんの一瞬、足を止めた。振り返りはしない。ただ立ち止まって、迷うような間があった。それから、また歩きだした。最後まで、こいつが俺に何を思っていたのか、わからなかった。
二人は草原へ出ていった。俺は森の縁に立って、それを見送った。二つの背中が広い草原を遠ざかっていく。追いかけることも、呼び止めることもしなかった。ただ、あの遠い場所へ二つの影が消えていくまで、見ていた。
手には剣が残った。さっきまでこいつの腰にあったからか、まだ少しあたたかい気がした。俺はそれを胸に抱えて、森へ戻った。
あの二人が来る前も、俺はずっと一人だった。そのころは、一人でいることをなんとも思わなかった。それが普通だったからだ。だが、森へ戻る道がやけに長く感じた。ねぐらに近づくほど、足が重くなった。妙なものだった。同じ一人に戻っただけなのに、前とは、まるで違っていた。
その夜は、なかなか眠れなかった。狭いはずの穴がやけに広く感じられた。二人が寝ていたあたりに、まだ、あいつらとは違う匂いがかすかに残っていた。
俺は剣を抱いて丸くなった。硬くて、冷たい感触が手のひらにあった。それでも、手放す気にはならなかった。これがあるかぎり、俺はあの日々を夢だったことにしなくて済む。そう思いながら、目を閉じた。
***
その子狼と出会ったのは、別れからいくつめかの朝だった。
俺はいつものように食い物を探して森を歩いていた。二人がいなくなってからも、腹は減る。生きているかぎり、腹は減る。だから俺は歩いた。前と同じように。ただ、前と同じ場所を歩いても、なぜか、足取りは重かった。
水場の近くで、それを見つけた。
小さな、灰色の獣だった。まだ子どもらしい。痩せていて、片方の後ろ脚を引きずっていた。俺が近づくと、そいつは精一杯牙を剥いた。低く唸って、身体を縮めて、威嚇した。だが、その声には力がなかった。腹を空かせて、傷ついて、それでも、最後の意地で、俺を追い払おうとしている。そういう唸りだった。
覚えのある姿だった。
俺だ、と思った。森に来たばかりの、俺だ。誰にも属さず、傷ついて、腹を空かせて、それでも、生きようとしていた、あの頃の俺。この子狼も、たぶん、そうなのだ。群れから弾かれたのだろう。俺と同じように。どこにも居場所のない者。
俺はしゃがんで、動かずにいた。昔、覚えたやり方だ。手を伸ばせば逃げる。だから、伸ばさない。ただ、そこにいる。子狼は、しばらく唸り続けていた。だが、俺が何もしないでいると、そのうち、唸りが途切れがちになった。疲れたのだ。傷と、飢えで。
俺は持っていた食い物を、そいつの前にそっと置いた。
子狼は、警戒した。俺と食い物を交互に見た。だが、飢えには勝てなかったらしい。おそるおそる鼻を近づけ、それから、噛みついた。がつがつと食った。食いながらも、目だけは、俺を睨んでいた。いつでも逃げられるように。
その、睨みながら食う姿を見ていたら、胸のあの場所が動いた。
守らなければ、とまた思った。あの、震える手を見たときと、同じ気持ちだ。この、小さくて、傷ついて、それでも牙を剥く獣を、放っておけない。俺はそういう性分らしかった。損な性分だ、と今なら思う。だが、あのときは、ただ、そうせずにいられなかった。




