17話
別れの日が来ることを、俺はわかっていなかった。
あの二人と過ごす日々がずっと続くものだと思っていた。朝、剣を教わり、昼、食い物を探し、言葉の真似事をする。そういう日がこれからも続くのだと。だが、そうではなかった。憎しみの目をしたほうの傷が癒えて、自分の足で歩けるようになったとき、あの二人には行かなければならない場所があった。
ある朝、剣を教えてくれたほうが俺に何かを伝えようとした。いつもと様子が違った。身振りがどこか改まっていた。彼女は森の向こう——俺の知らないほうの空を指さし、それから、自分ともう一人を指さして、その方角へ歩く仕草をした。
行く、と言っていた。あそこへ帰る、と。
その「あそこ」がどこなのかはわからなかった。だが、彼女たちがここではないどこかへ行ってしまうのだということは、わかった。わかった瞬間、胸の奥が冷えた。
行くな、と言いたかった。だが、俺は言葉を持たない。どう伝えればいいのかわからなかったし、たとえ伝えられても、言ってはいけない気がした。この二人には行くべき場所がある。それを俺の寂しさで引き止めてはいけない。そんな道理を言葉も知らない俺がどこで覚えたのかはわからないが、たしかにそう感じていた。
だから俺は、行くなとは言わなかった。代わりに森の出口まで送ることにした。それくらいしかできることがなかった。
道案内は、俺の役目だった。この森のことなら、俺のほうがずっとよく知っていた。どこに危ないものがいて、どこなら安全に通れるか。俺は先に立って、いちばん安全な道を選びながら、二人を森の縁へ導いていった。
あの、憎しみの目をしたほうはまだ俺を睨んでいた。だが、その睨みは最初の頃より少し力が抜けていた。俺が危ない道を避けて進むのを、こいつも見ていたのだろう。相変わらず警戒は解かなかったが、道中、一度も俺に牙を剥かなかった。それでよかった。
歩きながら、剣を教えてくれたほうは時々俺に言葉を教えた。木。石。花。通り過ぎるものを指さして、その名を口にする。俺が下手に真似ると、うなずいてくれた。あの、かすかな笑みで。今から思えば、別れの時間を少しでも引き延ばそうとしていたのかもしれない。だが、そのときの俺は、ただその時間が楽しかった。もうすぐ終わるのだということがうまく飲み込めていなかった。
やがて、木々がまばらになってきた。森の縁だった。木の途切れた向こうに、見たこともないほど広くひらけた土地が続いていた。あとで、あれが草原と呼ばれるものだと知る。そのはるか向こうに、四角いものがいくつも寄り集まっているのが小さく見えた。あれが、あの二人の帰る場所——人の町だった。
俺はそこで足を止めた。これより先へは行けない。行ってはいけない。俺は緑の化け物だ。あの場所は、俺のような者が足を踏み入れていい場所ではない。理屈ではなく、身体がそう知っていた。
ここまでだ、と俺は立ち止まることで伝えた。剣を教えてくれたほうも足を止め、振り返って、俺を見た。
こいつはしばらく俺を見ていた。何か言いたそうだった。だが、言わなかった。俺に言葉が通じないことをよく知っていたからだ。代わりに、自分の腰からあれを外した。
剣だ。俺が素振りを教わった、こいつの剣。命がけで取り返し、抱えていた、あの一振り。それを両手で持って、俺の前に差し出した。
俺は意味がわからなかった。見せてくれるのかと思って、覗き込もうとした。だが、違った。こいつはその剣を俺の手のほうへ押しつけた。持て、と。受け取れ、と。
俺はたじろいだ。だめだ、と思った。これはこいつの大事なものだ。俺のような者がもらっていいものじゃない。首を振って、手を引いた。だが、こいつは引かなかった。もう一度、俺の手を取って、剣を握らせようとした。目がまっすぐだった。本気で、これを俺に渡そうとしていた。
その目を見て、俺は受け取ってしまった。
両手に、ずしりと重みが乗った。初めて振ったときと同じ重さのはずが、まるで違うものに感じられた。ただの道具ではない。これはこいつがいちばん大事にしていたものだ。それが今、俺の手の中にある。
どうして、と俺はこいつを見た。
こいつは、俺が剣を握ったのを見届けると、俺の胸にそっと手を当てた。名付けのとき、俺の胸を指さした、あの仕草に似ていた。だが今度は、指さすのではなく、手のひらを当てた。何かをそこに置いていくように。
そして、口を動かした。いくつかの言葉。そのほとんどがわからなかった。ただ、ひとつだけ知っている音が混じっていた。
「ヴァルド」
俺の名だ。こいつは俺の名を呼んだ。そのあとに、知らない言葉を続けた。静かな、力のこもった声で。何かを託すように。願うように。
意味はわからなかった。ひとつも。だが、その声の響きだけは、胸のいちばん奥まで届いた。こいつが俺に、とても大切な何かを言っている。それだけは、言葉を持たない俺にもわかった。
俺はその言葉の意味を知りたいと思った。生まれて初めて、言葉というものを心から欲しいと思った。こいつが今言ったことを理解したかった。そして、俺も返したかった。この胸にあるものを伝えたかった。だが、できなかった。俺はただ、剣を握りしめて、こいつの顔を見ていることしかできなかった。
その言葉の意味を俺が知るのは、ずっと後のことになる。




