11話
こいつが、外へ出てきた。
俺はまた身構えた。やっぱり怒っているのか、と思った。剣を持ったまま、どうしていいかわからず突っ立っていた。
こいつは俺の前まで来ると、剣を、と手を出した。俺は素直に渡した。もう、隠しようもない。こいつは剣を受け取って——そして、それをまた俺のほうへ、柄から差し出した。
やってみろ、と。
俺は戸惑いながらそれを受け取った。さっきみたいに両手で握って、振り上げようとした。すると、こいつが鋭く短い音を発した。声だ。何か言っている。俺には意味はわからない。だが、その響きは「違う」と言っていた。それくらいは、伝わった。
こいつは俺の手を指さした。柄を握る俺の手。それが間違っているらしい。こいつは自分の手を俺に見せた。こう握れ、というふうに、指を一本ずつ開いてみせる。俺はそれを見て真似た。握り直す。こいつがうなずいた。
それだけのことが、妙に嬉しかった。
なぜだろう。うまく握れただけだ。それだけのことで、俺の胸のあたりがじんわりとあたたかくなった。誰かに何かをこうしろと教わる。うなずいてもらう。そんなことは、生まれて初めてだった。
手ほどきは、続いた。
握り方の次は立ち方だった。こいつは自分の足を指さした。どう置くか。それから腰。低く、と身振りで示す。俺は真似た。うまくいかない。何度も直された。こいつは根気強かった。俺が間違えるたびに短く「違う」と言い、正しい形をまたやってみせる。俺が少しでも近づくと、うなずく。
だが、こいつの構えをそっくり真似ることは、どうしてもできなかった。こいつの身体と俺の身体は、大きさが違う。こいつがひと振りで届く間合いに、俺は届かない。こいつが片手で支える剣を、俺は両手で腰ごと回して振るしかない。だから俺は、こいつの見せる形をそのまま真似るのではなく、俺の小さな身体で同じことをするにはどうすればいいかを考えるようになった。教わった形を、俺の身体に作り変えていく。こいつもそれに気づいたらしい。途中から、俺のやり方を無理に直そうとはしなくなった。ただ、要になるところだけを示してくれた。
言葉は、ひとつも通じなかった。
こいつが発する音の意味を、俺はひとつもわからなかった。だが、不思議と、伝えたいことは伝わった。手の向き。足の位置。腰の高さ。剣の角度。こいつはそれを全部、身体で示した。俺はそれを身体で受け取った。俺たちの間には言葉がなかった。なのに、それはじゅうぶんに足りていた。
今から思えば、あれは不思議な時間だった。
俺は言葉を持たず、こいつの言葉もわからない。こいつにとって、俺は憎むべき化け物の一匹だったはずだ。なのに俺たちは、あの朝、剣を挟んで向き合っていた。教える者と、教わる者として。そのあいだだけは、俺が緑の何かで、こいつがその緑の何かに殺されかけた者だということを、二人とも忘れていた気がする。
どれくらいそうしていたか。俺がようやくまっすぐに剣を振り下ろせるようになったとき、こいつがふっと息を吐いた。それから、口の端をほんの少し持ち上げた。
あとになって、俺はそれを「笑う」というのだと知った。
あいつらの、あの醜悪な笑いとは、まるで違うものだった。同じ「笑う」でも、こんなにも違う。こいつのそのかすかな笑みは——見ていると、俺の胸のあの、いつも収まりの悪かった場所が、なぜか、すこし軽くなるようだった。
俺も真似て、口の端を持ち上げてみた。うまくできたかどうかは、わからない。だが、それを見て、こいつは今度はもっとはっきりと笑った。




