作戦会議とはなんですか?
わがままで身勝手。機嫌を損ねては癇癪を起こし、物に当たり人に当たる。権力を振りかざしては使用人を見下してばかりだったお嬢様。
仕えたくないと何人もの侍女が辞め、気にかけてくれる人すらも周囲からいなくなった。
家族と接する時間も短く、周りにいる人間は欲と保身にしか興味がない。お嬢様を心から案じてくれる者はおらず、愛情というものを知らない。
あのような性格になったのは周りの人のせいであり、お嬢様は被害者だ。ほとんど同情心から、誰もがお嬢様から離れる中で一人側に留まり続けた。
せめて大きな過ちを犯さないように。本当に独りになってしまわないように。
……お嬢様の心が、壊れないように。
「だからねフィリア、王子にはいずれ運命の相手が現れるわけよ。それまで婚約者にならなければ、死を回避できるはずなの。だからどうにか先延ばしにしたいわけなんだけど、どうすればいいと思う?」
悲惨な死を遂げるという夢を見たその日から、お嬢様は変わってしまった。
以前のように常に不機嫌でいられるよりもいいとは思っているのだが、以前とは違う理由で心配でもある。
「存じません」
「それを考えるのが侍女の仕事でしょ!」
「お嬢様の身の回りのお世話をするのが、侍女の仕事です」
運命の相手とやらが現れる経緯や、その方が如何に素晴らしい存在なのかを延々と語られたが、わたしの理解度は一向に深まらない。
お嬢様の髪を整えながら、気付かれないようにそっと息を吐いた。
「何度も申しますが、貴族の婚約とは政治の一種です。故に決定権は当主にあります。どうしてもご自分の意志を尊重してもらいたいのなら、公爵様に直接仰ってください」
「公爵様って……」
わずかに沈んだ声を聞いて、しまったという感情が顔を出す。
騎士団長を務める公爵様は多忙で、屋敷に滞在される時間は短い。特に三年前に公爵夫人である奥様を亡くされてからは余計、屋敷に留まることを敬遠されるようになった。
お嬢様と言葉を交わすことも少なく、その態度は避けているといってもいいだろう。ここ半年程は、顔を合わせることすらしていない。
「愛嬌のある可愛い子が好き? それとも賢い子の方がいいと思う?」
「……質問の意図を教えてください」
「だってフィリア、公爵様と親しくなれれば、意見を聞いてもらえるかもしれないって言ったじゃない。だから親しくなるために、どういう方向性で攻めるべきかなって」
どうしよう、思っていた以上にくだらない質問だった。
正直どっちでもいいと投げ出したい気分だが、鏡に映るお嬢様は真剣だ。それならばわたしは侍女として、お嬢様の質問に真面目に向き合わなければならない。
「そうですね、お嬢様なら可愛らしさを主張した方がよいのではないでしょうか」
子どもらしく笑みを浮かべる方が、賢さを主張するよりもよっぽど有意義だろう。そもそもこのお嬢様に、公爵様が感心を寄せるほどの知識があるとは思えない。
じゃあそっち方面で攻めようと気合を入れているお嬢様の姿は、すでに大変可愛らしい。不機嫌な表情と残念な言動がなければ、見た目だけは完璧なのだ。
「公爵様っていつ帰ってくるの?」
「詳しいお日にちは存じませんが、まだ数日は戻られないはずです。帰還のご連絡があればすぐにお伝えいたします」
よろしくねと微笑んだお嬢様は、着替え終えた自身を鏡越しで確認して複雑な表情を浮かべた。
特におかしな点はないように見えるが、何か気に入らないところでもあるのだろうか。少し前なら鏡を割るなり手近な物を投げつけるなりしていただろうが、今はただ鏡に映る自分を見ているだけだ。
掃除の手間が減って、大変助かる。
「ねえフィリア、服って他にないの?」
「服、ですか?」
公爵令嬢が身に纏うに相応しい高価な生地と流行りのデザインを取り入れた、普段からよく着ている衣装だ。特にお茶会の予定も入っていないし、問題はないように思えるが。
「本日はこちらの気分ではなかったでしょうか?」
「いや、気分っていうよりも……。ちょっと、派手じゃないかなって」
色彩の鮮やかな赤を基調とした衣装は、お嬢様の波打った柔らかい金色の髪をより引き立てている。
「よくお似合いですよ」
「この顔なら確かに似合っているんだけど。なんて言うか、長年の沁みついた感覚が……」
まだ生まれて八年しか経っていないというのに、何を言っているんだか。
この生地もデザインもお嬢様が自分で決めたというのに、急に心境の変化でもあったのだろうか。
「それなら衣装室に行かれますか? 直接見てお選びください」
わたしの提案に目を輝かせて頷いたお嬢様と共に衣装室へと向かう。とは言ってもすぐ隣、お嬢様の部屋とは扉で繋がっているから時間はまったくかからない。
「わあっ……」
初めて見るわけでもないというのに、一歩入って感嘆の声を上げる様子は、初めて見たと言っているようだ。でも上がった声はすぐに小さくなって消えてしまった。
「同じような服しかない!」
「今の流行りでございますから」
様々な色やデザインではあるが、恐らくお嬢様が期待していた所謂落ち着いた色合いの衣装はここにはない。昨年隣の領地から入った新たな染料によって、若いご令嬢の間で一気に色彩鮮やかな色で誂えた衣装が流行した。
もちろん我がお嬢様も、最先端の流行をいち早く取り入れられた。その際、古い衣装は全ていらないから捨てろと指示された。
この、落胆しているお嬢様本人に。
「着替えられますか?」
「……ううん、このままでいい」
公爵様が戻られたら、仕立て屋を呼んであげよう。
肩を落として自室へと戻られたお嬢様に、淹れたお茶をお出しする。
「さてフィリア、作戦会議よ」
気分を切り替えるためか大声を上げたお嬢様は、やっぱりよくわからない発言をした。
困惑するわたしを他所に、座ってと対面を指差される。侍女が主と同じ席につくのは本来許されることではないのだが、主の指示とならば従わなければならない。
どうしようかと悩むも、早くと急かされたこともあって、失礼しますと断りを入れてから躊躇いつつ椅子に腰掛けた。
普段お嬢様の後ろで控えていることが多いから、こうやって向かい合うのは新鮮で妙に落ち着かない。
「それで、作戦会議とはなんでしょうか」
「決まってるじゃない。わたしが生き残るために、より綿密な作戦を練るのよ!」
ため息を飲み込んだことを誰かに褒めてもらいたい。
「とりあえず訊いておきたいんだけど、王子と会わないで済む方法はある?」
「端的に申し上げると、それはございません。貴族は十歳になるとお披露目の宴のために王城へ赴き、王族にご挨拶をすることになっていますので」
「やっぱりそうだよね。王子と出会ったのは十歳だったらしいし、そのあとすぐに婚約……。ねえ、十歳で婚約って早過ぎない? 普通なの?」
「成人する十六歳前後に婚約する者が多いとは思いますが、高位の貴族になるほど婚約は早いといいますからね」
婚約して二年から三年の準備期間を挟んで結婚というのが、多くの貴族が辿る流れ。女性は特に未婚のまま二十歳を過ぎると周囲から責付かれ、二十五歳を過ぎると行き遅れと後ろ指を差される。
「貴族って面倒ねー」
貴族の中でも上位の権力を持つ家門の令嬢が、それを言いますか……。
言いたいことはわかるが、できればわたしの前でももう少し取り繕ってもらいたい。
「あれ? フィリアって今何歳?」
「十六になりますが」
「じゃあフィリア、もしかして婚約してるの!? 結婚しちゃうの!?」
「婚約者はおりません。なので、結婚の予定もございません」
今さら何を言っているのだろうか、このお嬢様は。婚約者がいたら今頃結婚の準備に追われて、お嬢様にお仕えすることなどできていない。
「そんな心配をされなくとも、お嬢様が成人されるまではお仕えさせていただきますよ」
少なくとも今は、このお嬢様が成長する過程を傍で見守っていたい。表情がころころと変わり、突拍子もない言動をするお嬢様にお仕えできるのは、きっとわたしだけだから。
それなら安心だと無邪気な笑みを浮かべたお嬢様は、お茶菓子を一つ手に取った。
「十歳まであと二年かぁ……。それまでに、公爵様と仲良くなっておく必要があるってことだよね」
理由や原因はどうであれ、公爵様と仲良くなりたいというのなら協力することはやぶさかではない。ただ、相手はあの公爵様だ。そう簡単に事が進まないであろうことも十分に想像ができる。
「フィリア、公爵様とどうすればお近づきになれると思う?」
「……そうですね。まずはご挨拶から始めてみるのはいかがでしょう」
挨拶? とわかりやすくお嬢様は首を傾げる。
ここ数年ほとんど関わりを持たずに過ごしてきたのに、急に距離を縮めることは難しい。何かの企みを疑われ、下手すれば警戒されかねない。それならば少しずつ、対話する時間を増やしていくしかないだろう。
「公爵様が帰られた時、朝会った時、夜眠る前。顔を合わせた時に、一言でいいから会話を交わしてみるのが良いかと存じます」
「えー、ちょっと遠回り過ぎない?」
口を尖らせて、不満だと表情で訴えられる。
「左様ですね。ですが、そういう小さなきっかけを積み重ねていくことが、今は一番大切ではないでしょうか」
「……そういうものなの?」
少し悩む素振りをするも、他の代案は思い浮かばなかったのだろう。結局はわかったとわたしの案を受け入れてくれた。
「よーし、目指せ死亡ルート回避! 公爵様と仲良くなろう作戦実行よ!」
えいえいおー! とよくわからない掛け声を強要されたわたしは、とりあえずお嬢様の真似をして拳を上に掲げるのだった。




