頼んだ物は早く欲しい
五日前にお嬢様と三人で歩いた道を、今日はリュークと二人で歩いている。
「クローディア様は一緒に来られなくて残念でしたね」
「針子が仮縫いを終えた衣装を持って来る日と重なってしまいましたから。仕方ありませんよ」
リュークがしみじみと口にするのがなんだかおかしくて、小さく笑みを漏らす。
一緒に行きたいと駄々をこねていたが、衣装の試着にはお嬢様がいなければ意味がない。エマが来る日取りは町へ出かける前に既に決まっていて、その予定に合わせて屋敷の者達は準備を進めていた。
急に変更すれば、エマをはじめとした多くの者の迷惑となる。そのことを伝えた上で、行きたいのなら鍛冶工房へ向かうのを一日遅らせると提案した。
その結果、わたしが責任を持って受け取りに行くこととなった。
「頼んだ物は早く欲しかったようです」
午前中の出来事を道すがらリュークに語ると、光景を想像したのか吹き出すことを堪えるように小刻みに震えている。
「リューク様には、再び護衛をお願いしてしまい申し訳ございません。わたくしなどのために引き受けてくださり、ありがとうございます」
「フィリア様は貴族のご令嬢です、護衛するのは当然ですよ」
当然のように言うリュークだが、訓練の時間を割いて護衛を務めてくれている。その事実を知っているからこそ、余計に申し訳なく思う。
「それより、フィリア様がいなくてクローディア様は大丈夫ですか?」
「お嬢様に付いてもらうよう、使用人にお願いしています。今回は試着だけですので、特に問題はございません」
声をかけた使用人は少々笑顔が引き攣っていたが、以前のお嬢様とは違うのだから大丈夫だろう。
町の様子は五日前に訪れた時と変わってはいない。相変わらず人々の声で溢れ返っている。ただ、先日よりも広場にいる人が多く、前へ進むのが少々困難だ。
「どうやら、本日は市の立つ日のようですね」
「市ですか?」
周囲に目を走らせれば、確かに先日は見なかった露店が立ち並んでいる。見れば野菜や果物、肉類が売られていて、あちらこちらに人が詰め寄っていた。
「リューク様って、下町へ来たことがあるのですか?」
「馴染みの鍛冶工房がありまして、実は何度か」
隠し事を打ち明けるように告げられて、なんとなく納得した。どうりで職人街のことに詳しいわけだ。
「内緒ですよ」と続ける口ぶりは、なんだかいたずらが見つかった少年のようで、苦笑しながら頷いた。
工房の扉をリュークが叩くと、少しして慌てた様子のヤンが飛び出してきた。リュークの姿を目にして、慌てて背中を伸ばす。前回に増して乱れた髪は、短い毛先があらゆる方向を向いている。片方の頬が赤い。うっすらと浮かんでいるのは、机の木目の跡だろうか。どうやら直前まで寝ていたらしい。
「依頼していた品を受け取りに来た」
「あ、は、はい!」
ぎこちない動きのヤンに続いて、わたし達も中へと入る。ヤンは「ちょっと待ってて」と慌てて奥へと姿を消した。
「フィリア様、どうぞ」
ヤンの背中に目を取られた間に、座面にハンカチが敷かれている。差し出された手に軽く触れ、促されるまま椅子へと腰かけた。
「お待たせです」
両手の平に乗るほどの木箱を持ってきたヤンは、丁寧な仕草でそれをそっと置いた。
「依頼の品です。ところで嬢ちゃ……、おじょーさまは来てないんすか?」
また怖い顔をしてしまっていたのだろうか、ヤンが慌てて言い直す。
「本日は不在です。品物の確認はわたくしが行います」
「あ、そっすか。えっと、じゃあこれです」
木箱の蓋をそっと持ち上げる。中は四つに仕切られていて、その一つ一つに緩衝材代わりの木くずが詰め込まれていた。
木くずを払うように、中に収められた一つを取り出した。
魔鉱石と無鉱石、名前で区別されているが、本来は同じ鉱石だ。白に近い銀色の表面は、間違いなく無鉱石が使われている。
お嬢様から指示された確認すべき箇所は主に三つ。高さが水平か、上の断面が丸く加工されているか。そして、何の形をしているのか一目でわかるか。
色々な角度から確認し、再び木箱に収めた。
「問題ございません。素晴らしい出来だと存じます」
「……よかったぁ~」
緊張が解けたのか、ピンと伸びていた背中が丸くなる。
「ほう、継ぎ目がほとんどわからないな」
後ろから同じく見ていたリュークが、感心するような声を漏らした。その声はヤンに聞こえたようで、わかりやすく嬉しそうな表情になる。
「では、支払いをしますね」
「あ、あの……本当にこんな大金もらってもいいんすか?」
「貴方はきちんと要求に応え、それに見合う以上の働きをしました。これは当然の対価ですよ」
一枚の金貨を握る手は震えて見える。
「ありがとうございます」そう言って、ヤンは深く頭を下げた。
中央広場は、行きの時よりもさらに人が増えていた。ここを進まなければ、馬車が停めてある場所まで戻れない。
周囲の人々よりも頭一つ分飛びぬけているリュークの姿は追いやすい。器用に人混みの隙間を縫うように通り抜けるリュークからはぐれないように、なんとか足を進める。
「わ……っ」
前から来た人にぶつかりかけて、避けた拍子に体勢がよろめく。せめて大事なものを落としてしまわないようにと、木箱を胸に抱え込んだ。
「っと、危なっ」
ぐいっと手を引かれて、前方へと体が傾く。しかしすぐに、温かい何かにぶつかって止まった。
頭上から降ってきた安堵するようなため息に、そっと視界を上げる。思った以上に近い位置に、リュークの顔があった。
「フィリア様、大丈夫ですか⁉ お怪我はっ?」
「……え、あ、大丈夫、です」
何が起きたのかわからなくて、ただ瞬きを繰り返す。掴まれたままの腕を軽く引かれて、あまり通行の邪魔にならない端の方まで誘導される。
「申し訳ございません。咄嗟だったため、強く掴んでしまいました」
「いえ、とんでもございません。支えてくださって、ありがとうございました」
本当に怪我はないかと再度問うてくるリュークに、大丈夫だと繰り返し答える。実際、びっくりしただけで痛みはまったくない。
腕の中にある木箱に変化も見られず、そのことに安堵の息を漏らした。
「品物は私がお持ちします。……それと、人混みを抜けるまでで構いません。私にエスコートさせてください」
真剣な眼差しからは、本当にわたしのことを案じてくれていることが伝わる。わずかな戸惑いを抱きながら、差し出された手にそっと自身の手を重ねた。




