↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

二人に増えたみたい

「フィリア!」

「フィリア様!」


 受け取ってきた商品を渡すため、仕事着に着替えてからお嬢様の部屋を訪れた。警護の兵に一礼し、来訪を告げたのち扉を開ける。

 長椅子に座って何やら使用人と話している姿が目に入った直後、勢いよく立ち上がるや否や、詰め寄る勢いで二人が一斉に駆け寄ってきた。



「フィリアお帰り! どうだった? 完成してたんだよね! 早く見せて!」

「聞いてくださいよ、フィリア様! まだ仮縫いであるにも関わらず、衣装のデザインが本当に素晴らしくてですね!」


 背後には扉があるため、この勢いから逃れられない。「聞いて聞いて」と絶えず届く二人の声、とにかく語りたいことがあると目が言っている。

 なんか、お嬢様が二人に増えたみたいだ。


「リンシ―、少し落ち着きなさい。お嬢様も、いくら自室とはいえ、飛び跳ねるのはお止めください」


 淡々と口にすることでようやく落ち着いた二人は、揃って「はーい」と返事をした。その仕草までそっくりで、出かけていた短時間でずいぶん馴染んだのだと感心する。

 リンシ―は二つに結われた赤毛をふわふわと揺らし、お嬢様を伴って机へと向かうわたしの後ろをついてくる。


「エマはもうお帰りになったようですね」

「うん、フィリアが帰って来るより少し前に。完成したら、連絡するって言ってたよ」

「さすがは公爵家お抱えの針子ですよ。早く完成した衣装を身に着けたお嬢様のお姿を拝見したいものです。夏の宴では、絶対に全ての令嬢の注目を浴びることになりますよ!」


「注目されたくない」と呟くお嬢様の声は、目を輝かせて力説するリンシ―には聞こえていないようだ。


 お嬢様を椅子に座らせて、机の上に商品の入った木箱をそっと置く。わくわくとした高揚を抑えられないように、お嬢様が蓋を取る。手に取ったそれを見て、花が開くような笑顔を浮かべた。


「すごーい! イメージしていた通りだ!」

「それって、ラヴィシェとキュールでしょうか? もしかして」


 箱に詰められているのは、わたしが描いたラヴィシェとキュールの形をした枠。薄い一枚の鉄板を曲げて作られたそれが、正面と横向き、それぞれ一つずつある。

 四つ全部を取り出して、手に取って眺めている様子を見るに、ちゃんと満足のいくものが出来上がったようだ。


「リュークも一緒に行ってくれたんだったよね。会えた時にお礼言わないと」


 お嬢様のその言葉に、ふと手に残る温もりを思い出す。

 普段は革手袋に包まれているリュークの手は温かく、所々硬かった。少しかさついているのに、わずかにしっとりとしていて。……日頃から鍛錬を怠らない、騎士の手だった。


「――でね。フィリア、聞いてる?」

「え、あ、申し訳ございません。なんでしょうか?」


 ぼんやりと自身の手を見ていた目を、慌ててお嬢様へと向ける。お嬢様に声をかけられていることに気づかなかったなんて、なんたる失態だろうか。


「あのね、これを使って、作ってもらいたいものがあるの。厨房の人にお願いしたいんだけど、どうしたらいい?」


 厨房の者に頼むということは、あれは調理器具の類いなのだろうか? 完成品を目にしたとはいえ、未だにあれが何に使用するものなのか見当もつかない。


「そうですね……。それの使い方、それを使って作ってもらいたいもの、その手順等をわたくしにお教えください。わたくしが、お嬢様の代わりに厨房の者へ指示を出します」


 直接自分が厨房へ行くなどと言い出すかと危惧していたが、案外あっさりと「わかった」と頷いた。

 お嬢様から具体的な使い方などを聞き出し、それを木札に書き留める。


「では、厨房へと行って参ります。リンシ―、申し訳ございませんが、もう少しお嬢様をよろしくお願いいたします」

「はい、お任せください!」


 上機嫌なお嬢様に見送られながら、厨房へと足を向けた。




 よくお嬢様が好んで口にする焼き菓子は薄く、白っぽい色をしている。対してお嬢様が考案したお菓子は厚みがあって、黄色がかった茶色をしていた。材料も作る手順もほぼ一緒のはずだが、見た目だけでこんなに違いが出るものなのかと感心する。


「お嬢様、お待たせしました」


 焼きたてはまだ熱を持っていて、籠の中からはふんわりとした甘い香りが漂ってきた。


「え、もう出来たの?」

「はい。丁度手が空いていたようで、すぐに作ってくださいましたよ」


 まだ夕食の支度を始めるには早い時間帯だったこともあり、作ってもらいたいものを伝えると、厨房の者は面白がって手を貸してくれた。

「どうぞ」とお皿に盛ったそれをお嬢様の前に差し出す。


「わーっ、ちゃんとクッキーだぁ」

「先程のあの枠は、これを作るための型だったのですねー」


 クッキーと口にした焼き菓子を目にして、リンシ―が納得したように声を漏らした。

 基本的に、菓子に限らず食べやすい大きさになるよう、縦横で切り分けるものだ。しかし、このクッキーとやらはそんな単純な形ではない。


 ラヴィシェとキュールの形をしたその菓子は、ヤンに作らせた枠で型を抜いたもの。表面には白いクリームで繊細な模様が描かれている。食べることを躊躇ってしまうくらい、そのクッキーは大変可愛らしいものだった。


「特にこのアイシング? という手法に、料理人がいたく感心しておりましたよ」


 卵の白身と砂糖、柑橘類の果汁を加えただけで、このように表面に装飾を描くことができるだなんて。

ただ、今あるクリーム用の絞り口では太すぎて、小さなクッキーの表面に模様を描くには向いていない。初めてなのだから当然だと思うが、料理人にとっては出来上がりに不満が残るようで、わたしが厨房を出る前に二回目を作り出していた。この分だと、近いうちに専用の絞り口を作り出す予感がする。


 クッキーの型抜きは、料理人に預けてきた。これからさらに材料の分量などを研究して、研鑽するだろう。それくらい、料理人達は新しい技術に意気込んでいた。

 お嬢様に勧められて、わたしとリンシ―もクッキーを口にする。食べ慣れたものとは違い、厚みもあって歯ごたえがある。卵の白身ではなく黄身を使っているからだろうか、風味も違って感じる。


「おいしいです」


 思わず素直な感想が漏れる。リンシ―の綻んだ表情からも、その感想は伝わるだろう。お嬢様も、わたし達の反応に満足そうに微笑んでいる。


「ところでお嬢様、このアイシングという手法はどこで知ったのですか?」

「そんなの、別の世界に決まってるじゃない」


 相変わらずの発言に内心で呆れているわたしの隣で、お嬢様の言動に慣れていないリンシ―は一人、きょとんと丸くなった目をパチパチと瞬かせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。