鍛冶職人
「そこの者、ちょっと待て」
男に追いつくのに、大して走る必要はなかった。近くなった背中に向かって、リュークが声をかける。「なんだ」と振り返った男は、リュークを目にして顔を引き攣らせた。
「鍛冶工房の者か?」
「そうだけど」
強面ということではないが、服装や体格から職人ではないことがわかったのだろう。細身ではあるが鍛えていることは一目瞭然で、さらにリュークは男より頭一つ分程背が高いことも関係しているかもしれない。
リュークの隣に立つわたしに目を留め、明らかに安堵した様子を見せた。
「仕事を頼みたいのだが、いいか?」
「え、仕事⁉ もちろん!」
一気に目を輝かせた男は、リュークに詰め寄る勢いで即答した。普段柔和な表情を見ていることが多いから、なんとなく無表情のリュークは珍しくて新鮮だ。
「依頼するのは私ではなく、こちらの方だ」
手で指し示す先を辿って、男の顔が下へと動く。視界の外にいたお嬢様の存在に今ようやく気付いたようで、幼い子どもの姿に首を捻る。
「あー、嬢ちゃんが?」
リュークに接している時から抱いていたが、お嬢様に対する態度に憤懣を抱かずにはいられない。
「うん、作ってほしいものがあるの」
「それはいいけど、金は持ってんのか?」
お嬢様が普通に会話をしているから、わたしが物申すことができない。だが、抑えきれない苛立ちが表情に出ていたみたいで、気付いた男の顔が青くなった。
「えっと、詳しい話が聞きたいし、俺の工房まで来て……ください」
よっぽど怖い顔をしてしまっていたのか、それとも服装で裕福層だと気付いたのか、急にぎこちない動きになる。
先導する男についてしばらく進み、足を止めた工房は先程目にした工房とは比べる必要もないくらい貧相なものだった。個人か家族だけでやっているのだろう、弟子を抱えているようには見えない。
外観と同様で中も古く、所々傷んでいる。ただ、まったく仕事がないというわけではないようで、奥から鉄を叩く音が聞こえてくる。
商談に使われているのか、少し広めの机が入ってすぐの位置にあった。お嬢様が座る前に、取り出したハンカチを椅子の座面に敷く。
「鍛冶工房のヤンだ。工房長は俺の親父だが、依頼主と話すのは基本俺が任されている。なんで、仕事の話は俺が聞く」
「そうなの。よろしくね」
「言葉遣いが……」
漏れ出た声は、ヤンと名乗った男まで聞こえてしまったようだ。慌てて背筋を伸ばしているが、それだけでわたしの不満が収まるわけがない。
「フィリア、わたしは気にしてないから。このままだと話が進まないし、落ち着いてよ」
「ね?」とお嬢様に言われたため、色々とある言いたいことを無理矢理飲み込んだ。
「態度は置いておいて、職人の腕は良いですね」
周囲を観察していたリュークが、わたしの耳元で囁くように告げる。
「金属の厚みが一定だし、表面に斑も見えません」
壁際の棚に置いてある商品を見てもわたしには違いはわからないが、リュークが言うのならその通りなのだろう。
年の頃はリュークと近いように見える。成人して二年、三年くらいは経っていそうだ。職人がどれくらいで独り立ちするのかはわからないが、言い回しからしてヤンはまだ一人前とは呼べないようだ。
しかし、お嬢様が依頼するのだから平民と言えども最低限、上の立場の者が対応すべきではないのか。またも表情に出てしまいそうになり、気づかれる前に平静を装う。
「お願いする前に聞いておきたいんだけど、ここって無鉱石は扱ってる?」
「ああ、こんな小さな工房じゃ普通の鉄鉱石がほとんどだけど、一応無鉱石もある……ます」
明らかに使い慣れていない言葉遣いに、お嬢様が苦笑を漏らして背後に立つわたしに目を向けた。その目の意味することを即座に察し、一枚の紙を手渡す。
「無鉱石を使って、これを作ってほしいの」
「……なんすか、これ」
わたしがお嬢様に頼まれて描いた絵に、さらに細かく高さや幅の数字が追記されている。
「薄い鉄の板をね、この形にしてほしいの。大きさは大体だから、多少前後しても問題ないわ。お願いできる?」
「……まあ、構造は単純だし、これくらいならできるっすけど」
ヤンは首を傾げながら、設計図を眺めている。これが何なのか、何に使うのか、そういった疑問を抱いても実際に口にしないところは、一応職人という立場を弁えているということだろう。
「本当? よかったー。どれくらいで出来そうですか?」
「そうすねー」と声を漏らしつつ、ちらりとリュークの顔を見る。
「構造は簡単だけど、形が結構複雑だし……。十日……いや、せめて七日ってとこだな」
「七日か……」
次の授業の日を考えると、ギリギリ間に合わない。困ったように黙ったのは、それが理由だろう。
わたしは革袋から一枚の硬貨を取り出すと、それをヤンの目の前に置いた。
「五日で仕上げなさい」
「い、五日っ?」
目を見開いてわたしの顔を凝視し、その後机の上の硬貨を見てさらに目を大きくした。
「き、金貨……」
「こちらの都合で急がせるのですから、前払いです。出来栄えに納得できれば、同じ額をお支払いしましょう」
「引き受けてくださいますか?」そう問いかければ、何か言いたげに口を開け閉めしながら、ヤンは何度も頷いた。
「ねえフィリア、ちょっと強引だったんじゃないの……?」
五日後の同じ時間帯に再び訪れることを告げて、ヤンの工房を後にした。歩きながら、お嬢様が様子を窺うようにわたしの袖を軽く引っ張る。
「そうでしたか? ちゃんと見合うだけの賃金は支払いましたが?」
「そうじゃなくて……、いやそうなんだけど。七日かかるって言ってたのに、五日で仕上げろなんて。ちょっと無茶じゃないかな」
工房を気にするように後ろを振り返りつつ、困ったように眉尻を下げている。そのお嬢様の言動が不思議で、思わず首を傾げた。
「ですが、七日もかかっては間に合わないではありませんか。こちらの指示に従うのは、平民ならば当然のことです。職人ならば、我々の要求通りに仕事を熟すものでしょう?」
「え……」
リュークの顔を見るが、リュークもお嬢様が何を気にしているのかわからず困惑の表情を浮かべている。
「それが、一般的な考え方なの?」
「平民の事情を考慮する必要はありませんよ」
わたしが告げたその一言で、お嬢様は完全に立ち止まり顔を伏せてしまった。何か気に障るようなことを言ってしまったのかと自分の言葉を反芻するも、特に思い当たるものはない。
「……うん、わかった。確かに、授業に間に合わないと困るもんね」
少しして顔を上げたお嬢様は、そう言って笑みを浮かべた。ただ、その表情には何か言いたげな感情が隠されていそうで、でもわたしにはそれが何なのかがわからない。
同じく首を傾げているリュークと、そっと顔を見合わせた。




