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異世界って感じ

 貴族区域を進み、仕切られている門を通り抜けると急に景色が変化する。石でできた建物から、木造のものが多く目につくようになった。広大な庭を持つ屋敷はなくなり、横よりも縦に長い建物へと、建築様式も変化している。

 貴族区域に近い位置は裕福な層が暮らしているが、もっと奥に進むに連れてその違いは顕著になっていくことだろう。


「なんか、異世界って感じ」


 相変わらず、わたしには理解できないことを仰るお嬢様だ。

 ただ、わたしも下町に赴くことは初めてで、お嬢様ほどではないが、風景の変化に感じるところはあった。


 一定の間隔で伝わっていた振動が止まったことで、到着したことを察する。


「もう着いたのかな」


 忙しなく窓の外を覗き込んでいるところで、外から扉を叩く音が聞こえた。すぐさま返事をしたあと、扉が開かれる。


 扉を開けたリュークは、お嬢様を気遣うためか、なるべく視線を向けないようにしている。差し出された手を取り、まずはわたしが馬車を降りる。本来はそのままリュークがお嬢様が降りるのをエスコートするのだが、先程の反応があったからだろう、リュークはそっと一歩下がった。

 代わりに差し出したわたしの手を取ったお嬢様も馬車を降り、すぐに周りの景色に目を輝かせる。


「あの、フィリア様。このまま私が護衛として付き添って、本当に問題ありませんか?」


 お嬢様を気にしながら、リュークはわたしの耳元に口を寄せる。わたしもお嬢様の方を横目で見ながら、少し屈んで耳を寄せるリュークに小声で告げた。


「はい、このままで問題ございません。よろしくお願いいたします」


 わずかに息を呑むような音が聞こえた気がしてリュークの様子を窺うも、目を向けた時にはもう、その顔は元の位置に戻っていた。気のせいかと小首を傾げつつ、お嬢様に声をかける。


「お嬢様、ここからは徒歩で向かうことになりますが、よろしいですか?」


 今いる場所は中央広場で、職人街と呼ばれているのは南側になる。多少距離はあるが、これ以上馬車で移動すれば目立つことになるため仕方がない。


「うん! 町の中歩けるんだ、やったー!」

「お嬢様、お言葉が乱れています」


 ここにいるのはわたしだけじゃないのだから、あまり素を出し過ぎると護衛の騎士が驚いていますよ。

 「はぁ」と小さくため息を吐いて、とりあえず曖昧な笑みを騎士達に返しておいた。




 馬車と御者の見張りのために一人が残り、残りは陰からお嬢様の護衛に当たるよう指示をされている。リュークだけが、護衛としてわたし達に付き従うこととなる。

 お嬢様の怯えは気になるが、個人的には共に行動してくれる騎士がリュークで安心した。他の者はほとんど接触がなく知らない者ばかりなので、顔見知りがいてくれる方が心強い。

 恐怖や警戒心は薄れたようだが、それでもお嬢様はリュークから距離を取るようにわたしの隣を歩いている。

 きょろきょろと周囲に目を走らせるお嬢様の表情は、とても楽しそうだ。


「エマの商会はこの近く?」

「そうですね、中央広場の近くに商会を構えていると聞き及んでおります」

「へー。ちょっと寄ってみようかな」

「お嬢様」


 駄目ですよ、その無言の声はちゃんと聞こえたよう。気まずそうに肩を落として、「はーい」と小さな返事をした。


「仲がよろしいですね」


 クスクスと笑いながら、リュークが微笑ましそうにそう言葉を漏らす。なんとなく気恥ずかしくなって、目を逸らすわたしとは対照的に、お嬢様はリュークの顔を見上げた。


「リュークも、フィリアとよく話すって聞いたけど?」

「え⁉ あ、えっと……そうですね。頻繁にというわけではありませんが、会えた時は声をかけさせてもらっています」

「なんで? フィリアと仲良くなりたいから?」

「そ、それは、その……」

「お嬢様、リューク様がお困りになっております。その辺りでお止めください」


 あまりに挙動不審に目を泳がせるものだから、なんだか可哀そうに思えてきた。見えないように口端を上げているところから、反応を見たうえでからかっていたに違いない。


 まあ、怯えているよりはよっぽどいいか。


 中央広場は人通りも多く、商店なども目につく。領地の特色上、金物を扱っている店が多いようだ。建物は木造でも、店名を表す看板には鉄板が使われていたりする。

 服飾や文房具関係は特に、裕福層が主な客層なのだろう。店構えからして、雰囲気が違うことがわかった。


「なんか、賑やかで楽しいね」


 お嬢様と同じ年頃の子どもが、すぐ側を駆け抜ける。あとから追いかける母親が、子どもの名前を呼ぶ。店員と客の会話、友人同士が笑いながら歩き、遠くから兄弟喧嘩らしき声が聴こえる。

 たくさんの音で溢れた、絶えず聞こえる声に不思議とうるさいとは感じない。お嬢様が時折口にする異世界とやらは、こういうことなのだろうかとふと思った。




 中央広場を抜けて南側へと進んでいくと、またも雰囲気が変化する。人通りは少なくなり、人々の声は減って、耳に響く高い音が増えていく。


「なんか、変な匂いがする」

「金属を熱する匂いですね。あとは炭なども多く使用しますから、それらが混じっています」


 鼻をしかめて零すお嬢様の言葉に答えたのはリュークだった。自身の所持している武器の整備などで鍛冶師を訪ねることがあるらしく、この匂いには慣れているそう。


 火を使っているからか、急に温度が上がったような気がする。

 金属を叩く甲高い音、炎が勢いよく燃える際に鳴る唸るような音。聞き慣れない独特な音が、あちらこちらから響いてくる。


 職人街であることは理解しているつもりだったが、こんな雰囲気だとは思っていなかった。ここに居てはいけないような気がしてきて、「帰りましょう」と言いたくなる。

 そんなわたしを他所に、お嬢様はキラキラと目を輝かせていた。


「すごい! まさに職人街って感じ!」

「このように匂いや音の関係で、昔の区画整理の際に一画にまとめられたそうですよ」


 わたしを置いて、二人だけで盛り上がっている。駄目だ……。今更帰りたいだなんて、絶対に言えない。


「鍛冶職人だらけなんだよね、どこにお願いすればいいの?」

「優秀な鍛冶職人として真っ先に挙げられるのは、ブラント工房ですね。複数の貴族から専属として、指名されています」


「こちらです」というリュークの案内で進むとすぐ、周辺よりも大きな工房の前で足を止めた。外観からも、何人もの弟子を抱えている工房であることが伝わってくる。

「入りますか?」リュークがそう言い終わるより早く、木製の扉が突然開いた。咄嗟にお嬢様を引き寄せ、腕の中に抱え込む。リュークも素早い動きで、わたし達を守れるよう体の向きを変えた。


 直後、中から転がるように飛び出した人影。びくりと肩を震えさせるお嬢様を守るわたしの手に力が入る。


「びっくりした……」


 何事かと周囲の視線が集まる中、お嬢様が息を漏らすように小さく呟いた。


「お前にやれる仕事なんかねぇって、何度言えばわかんだ! とっとと消えろ、邪魔なんだよ!」


 貴族区域に居てはまず聞かない荒っぽい口調に、思わず目の前のリュークの袖に手が伸びる。気づいたリュークが正面を向いたまま「大丈夫です」と囁いた。

 この辺りではよくあることなのだろう、一瞬だけ集まった注目はすぐに霧散した。


 突き飛ばされたであろう男はゆっくりと上体を起こしている。その様子から、大した怪我は負ってなさそうだ。

 不機嫌に鼻を鳴らして中へと男が戻った工房を見上げて、お嬢様は眉をしかめた。


「ここの工房じゃなきゃ駄目?」


 お嬢様の言いたいことはわかる。職人同士のやり取りとしては普通のことなのかもしれないが、見ていて気持ちのいいものではない。


「駄目ということはありませんが……。名が知られているということは、この工房に依頼する者が多いということです。なので、それだけで腕がいいという証明にはなるかと」

「あー、迷ったらとりあえず大企業にしておけば間違いないだろうってやつか」

「……はい。そういうことです」


 多分、そっと心の中で付け足した。


「あの人も鍛冶職人なのかな」

「恐らくはそうでしょうね」

「……あの人に、お願いしてみようかな」


 一目で落胆していることがわかる様子の男は、肩を落として力ない足取りで立ち去って行く。その後ろ姿を目で追いながら、お嬢様はぽつりと呟いた。


「あの者に、ですか?」

「うん。今は仕事ないみたいだし、引き受けてくれないかな」

「……ですが、あの者の実力もわかりませんし、安易に依頼するのはいかがかと」


 そもそも工房を持っているのかすら定かではない。素性のわからない者よりは、大きな工房に依頼する方が確実だと思う。


「でも、腕が良いとか悪いとかって、頼んでみないとわからないじゃない。それに、有名だからって出来がいいとは限らないし」


 付け足すように言った台詞は、やけに実感がこもっているように聞こえる。

 専属の職人はいるが、あくまでも公爵様の専属であるため、お嬢様が誰に依頼しても特に問題はない。

 リュークは不思議そうな顔をしているが、何かを口にすることはない。護衛という立場を弁えているからだろう。


「あ、でも、絶対にあの人がいいって訳じゃないから。他の工房でも構わないの。……でも、できればここ以外がいい」

「……かしこまりました。では、あの者に声をかけてみましょう」

「え、いいの?」

「実際に依頼するかは、お嬢様の判断にお任せします。本日は護衛も付いておりますので、ただ言葉を交わす分にはお止めいたしません」


 正直な心情としては、素性のわからない者に関わることはさせたくない。だが、万が一公爵家の令嬢だと勘づかれた場合を考えると、貴族と関係の深い工房は避けるべきだろう。

 特に、今回はお忍びである。後々を考えれば、面倒がない方がいい。


「ありがとう、フィリア!」


 わかりやすくパッと表情を輝かせ、早速遠くなっていく丸まった背中を追いかける。きょとんと目を瞬かせたリュークがわずかに遅れて駆け出し、わたしも置いて行かれないために歩く速度を速めた。


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