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お茶が必須

 主の望みを尊重し、できる限りの便宜を図ることは、侍女に求められる能力の一つでもある。


 報告書とは別に、外出するための許可を求める文をしたためたものを一緒に提出した。

 お忙しい方だ、返事には数日かかることだろう。それまでに他の準備を進めなければなどと考えていたが、そんな悠長な時間はどうやらなさそうだ。

 一日の終わりに出した文は、翌日の朝食前に返ってきた。


「は……?」


 返事を持ってきてくれたアレックに対して、思わず素っ頓狂な声を上げるくらいには、想定外だった。そんなわたしを咎めることはせず、アレックは穏やかな笑みのまま立ち去った。




「お茶……?」


 目を丸くしたお嬢様は、わたしが告げた内容を理解できないと言いたげな表情で言葉を繰り返した。


「はい、左様でございます」


 わたしはアレックの伝言と共に、受け取った招待状を改めてお嬢様へと差し出す。


「急ではありますが、本日の昼食後、公爵様よりお茶のお誘いをいただきました」


 とても驚いているが、それも当然だろう。わたしもアレックから直接その言葉を受けて、同様に驚いた。誰も、外出の許可を求めた返事として、お茶に誘われるとは思うまい。


「外出するには、公爵様とのお茶が必須……?」


 いいえ、そんなことはございません。




 前回の食事以降、公爵様とお嬢様の接点が増えたかと言えば、そうでもない。相変わらず公爵様は執務室に籠っているし、お嬢様の行動範囲は図書室から広がっていない。

 そわそわと落ち着かない様子ではあるが、表面上は普通を取り繕って通路を進むお嬢様。緊張はしているようだが、前回のような不安はあまり感じられない。

 今回目指す場所は、公爵様の執務室。


 扉の前では護衛騎士が二人立っており、お嬢様が立ち止まるのを待って小さく会釈した。一人がお嬢様の訪問を知らせるため扉を軽く叩く。すぐに扉が開き、中にいたアレックが丁寧に一礼する。


「お待ちしておりました、クローディアお嬢様」


 公爵様の執務室を訪れるのは、これで二度目。前回はわたしが訪れても、執務机の前から動くことはおろか、書類から目を離すことすらなかった。

 立場の違い、関係性から当然の態度であったと理解しているが、自分とのあまりの違いになんとなく肩の力が抜ける。

 奥に見える執務机に公爵様はいない。書棚の前で書類の整理をしているのはフェリクスだ。公爵様は、その手前に設置されている応接用の長椅子に座っていた。


「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


 型通りの挨拶を口にするも、公爵様の反応は薄い。品定めするかのような視線を受けて、お嬢様の表情がさらに強張る。


「座りなさい」との一声に、ギクシャクとした動きで対面の長椅子へと腰かけた。


「クローディアお嬢様、ミルクはお入れいたしますか?」

「え、ええ、お願いします」


 一切動じていないアレックは、丁寧に淹れたお茶にミルクを足す。出されたお菓子は、前回同様テーリュを使ったもの。甘い香りに、強張っていたお嬢様の表情が緩む。


「その、テーリュがお好きなんですか?」


 いきなり本題には入らない。まずは出されたお菓子などに触れる。身内同士では当て嵌まらないが、一応の礼儀としてお茶会の作法は伝えた。互いにしゃべらないよりは、定型通りに進む方がいいと判断したうえでの助言だ。


「……甘いものは好まない」


 またしても、話題を両断される。どうしよう、型通りの手順で進めてくれない。

 内心で頭を抱えていると、アレックが静かに公爵様へと近づく。ただ公爵様が飲んでいたお茶を新しいものに取り換えただけ、その一連の行動に公爵様はわずかな反応を見せた。


「授業は、どうだ」


 公爵様が自ら話題を口にした。その衝撃に驚きの声が飛び出しかけるも、なんとか音になる前に押し殺す。


「え、あ、はい。えっと……楽しいです」


 ちらりと公爵様の様子を窺いながら、お嬢様は少しずつ言葉を紡ぐ。


「ディオン先生の授業は分かりやすいです。それに……知らないことを知るのは、とても楽しいです」

「……そうか」


 またもや会話が途切れる。たどたどしい二人のやり取りを見守る側としては、もどかしいというかなんというか。

 しかし、授業で習ったことを一生懸命口にするお嬢様を見る公爵様の目は、普段よりも柔らかいような気がした。


「そ、それで、ディオン先生から宿題を出されて……」


 両手に持つカップに一度視線を落としたお嬢様は、覚悟を決めたように小さく喉を鳴らして公爵様の顔を見る。


「町に、行きたいです」


 とても小さな、絞り出すような声。それは、公爵様まで届いたのかと不安になるくらい。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ほんのわずかな時間ではあったはずだが、とてつもなく長く感じる沈黙だった。


 その空気を破ったのは、カップをソーサーに置いた際に鳴った些細な音。

 びくりと肩を揺らしたお嬢様は、そっと目だけを公爵様へ向けた。


「馬車は、紋章がないものを使いなさい」

「……え?」


 発せられた言葉が理解できないという風に、お嬢様は大きな目を丸くして何度も瞬きをする。その間にも、公爵様の言葉は続いた。


「騎士団に話は通している。日時が決まり次第、副団長へ伝えるように」

「…………」

「護衛の側から離れないこと」


 やや早口なその台詞は、なんだか元から決まっている文言をなぞっているかのような違和感があった。「それから」とさらに言葉を続けた公爵様は、お嬢様の背後に立つわたしへと一瞬だけ視線を向ける。


「そこの侍女の言うことを聞くように」

「……は、はい」


 ぽかんとしている表情は、恐らくまだ理解が追い付いていないのだろう。アレックに視線をやると、以前も見た困ったような笑みを浮かべていた。

 とりあえず、わたしがやるべき手配の諸々は必要なくなったということだけは、とてもよくわかりました。




「本日はお時間を取ってくださり、ありがとうございました」


 忙しい中、わずかな時間を捻出したようで、早々にお茶の時間はお開きになった。未だ困惑している様子のお嬢様は、それでもなんとか退出の挨拶を口にする。

 あとはこのまま立ち去ればいいのだけど、お嬢様は踏み出した足を元の位置へと戻した。


「……あの、一緒にお茶ができて、嬉しかったです」


 その言葉を告げられた公爵様の反応は見ないまま、今度こそ執務室をあとにした。

 無言で歩いていたお嬢様は、自室に辿り着くや否や、ようやくといった様子でずっと堪えていたであろう疑問を吐き出した。


「あれって結局、外に出てもいいってこと⁉」


 公爵様の言葉を思い返すように頭を抱え、「わかんないよ~」と情けない声を上げる。

 とりあえず、床に座り込むのはやめましょうか。


「フィリア、外出の許可は貰えたってことで合ってるのっ?」


 お嬢様の手を取って、椅子まで誘導する。お茶を飲んだばかりではあるが、心を落ち着かせる作用のあるお茶を淹れるべきだろうか。


「はい、許可をいただけたという解釈でお間違いありませんよ」


 そもそも事前に授業の内容も、出された宿題も、町に行きたい理由についても伝えてある。そのうえで、お茶に招待された時点でアレックを通じて許可自体は得ていた。

 お茶会はあくまでも、本人の口から聞くために設けられたに過ぎない。

 ただ、今回の場合は書簡のみでも問題なかったはずなのだが、そこは主に公爵様の側近の思惑が含まれていそうだ。……まあ、深く追求することではないだろう。


「それでお嬢様、いつ町へは向かわれますか?」

「……できるだけ早く!」


 悩むことを放棄したお嬢様は、わたしを見上げて口角を上げる。その言葉に了承の返事をして、早速騎士団へと連絡をするために動き出した。


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