個性的で独創的
「ねえフィリア、無鉱石って何に使われてるの?」
お菓子を一口食べると、とても幸せそうな顔をする。あまりにも美味しそうに食べるものだから、つい多めに盛り付けそうになるのが近頃の悩みだ。
「そうですね……。すぐに思い浮かぶのは調理器具でしょうか、鍋や包丁、ボウルなどによく使われておりますね」
ただ平民向けとはいえ、普通の鉄鉱石に比べると無鉱石は高価なため、購入するのは一部の富豪層に限られる。
「調理器具かぁ」
一つ、また一つと伸びていた手が、お菓子を摘まんだまま不自然に止まった。ぼんやりと宙を眺めたまま「あ、そっか」と零した。
「フィリア、書くものちょうだい」
「え、あ、はい」
机の上に肘をつく姿勢にそろそろ苦言を呈そうかと思っていた矢先だったため、わずかに反応が遅れてしまった。
わたしは文机から筆記具を取って来ると、お嬢様にペンを差し出す。
よくわからないが、何かを思いついたよう。ペンで紙に何かを書き始めるお嬢様の手が当たらないように、カップをそっと移動させた。
ペンの動きから、文字を書いているようではないことだけはわかったが、角度的に何を描いているのかは見えない。
「できた。フィリアどうかな?」
ペン先が紙に擦れる音を聞いていると、完成したそれを見せてくれた。それを目にして、わたしは思わず言葉を詰まらせる。
「……えっと、そうですね。その……個性的な、いやえっと独創的な……。……お嬢様にしか描けないものだと、思います」
なんとか必死に言葉を紡ぐも、そんなわたしの態度にお嬢様はがっくりと肩を落とした。
「いいよ、はっきり下手って言って」
横に長い丸、上部には三角の図形が二つくっつくようにしてある。丸の下に縦長の丸がもう一つ、歪な線が中心より少し下辺りから伸びているが、あれは一体なんだろうか。
「その……失礼ながら、それは何を描いたものでしょうか?」
「猫、のつもり」
改めて自分で描いた絵を見て、「ちょっとデフォルメしすぎたのかな」などと口にしているが、描かれた絵もデフォルメという言葉の意味も、残念ながらわたしには理解できない。
怪訝な表情でも浮かべてしまっていたのだろうか、お嬢様がふと首を傾げた。
「もしかして、猫とかいないの?」
「わたくしは聞いたことがございませんね。そのネコとは、生き物の名称でしょうか?」
それなら丸の中心付近にある三つの丸は、目と鼻を表しているのかもしれない。お嬢様の絵を解読しようと凝視していると、隠すように伏せられてしまった。
「ペット……ええと、生き物を飼うことはある?」
「農民なら家畜を飼っておりますが?」
「そうじゃなくて、んーと……可愛い生き物、小動物とか」
連絡手段として鳥がいるが、そうではなくて、つまりは愛玩動物のことか。
「ラヴィシェやキュールを飼っている者はいますね」
どちらも魔物だが、小型で大人しい個体であるため、愛玩動物として人気である。
「ら、らびしぇ? と、キュール……? えっと、それってどんな姿してるの?」
図書室に行けば図鑑があったはず。借りてくればいいのかと思った直後、持ったままのペンを差し出された。もしやささやかな仕返しのつもりだろうか。「描いて」と笑顔で言われれば、侍女に断る選択肢はなくなる。
「わたくしも絵は不得手なのですが……」
ペンを受け取り、仕方なく新しい紙に魔物の絵を描き始めた。
「……フィリアのうそつき。これで苦手だって言うのなら、わたしの絵なんて落書き以下じゃない」
どうしよう。お嬢様をさらに落ち込ませてしまった。
「その、絵を習われますか?」
「別にいいもん」
頬を膨らませて顔を背ける。怒っているというより、拗ねているという表現の方が相応しい。わずかな羞恥も混じっているのかもしれない。
わたしの絵を見て「ウサギと猫にそっくり」などと呟いているお嬢様は、さらにもう一枚紙をわたしに渡してきた。
「そのラヴィシェとキュールの、形だけ描いてくれない?」
「形だけ、ですか?」
「外枠だけっていうか、顔とかはいらなくて、線一本だけで描いてほしいんだけど……」
よくわからないまま、お嬢様の言う通りにペンを動かしていく。ラヴィシェは長い耳、キュールは細長い尻尾という特徴があるため、大まかな形だけでもなんとなくわかるものになった。
描いている途中で横向きもと追加で注文を受けたため、言われるがまま横から見た図も隣に一緒に描く。
「すごーい! ありがとうフィリア」
画家に頼んだ方が、もっと素晴らしい出来栄えになるだろうに。わたしの粗末な絵で喜ぶお嬢様の姿は、なんだかとても年相応で微笑ましい。
「ねえねえ、鉱石の加工って、どこにお願いすればいいのかな?」
「それなら鍛冶工房ですね」
下町には工房が固まっている職人街があり、鍛冶工房以外にも様々な技術を持った者達が日々職人として働いている。
お嬢様が何か言いたげに見上げてきていることに気づき、首を傾げる。
「フィリア、……その職人街に行きたいな」
「駄目です」
「ちょっとは考える振りくらいしてよ!」
間髪入れずに否定したわたしに向かい、お嬢様が立ち上がって少しずれた抗議をする。
「依頼したいのなら、商人ギルドの者を呼びます。ギルドから、職人に仕事を振ってもらうものですよ」
「それなら時間がかかるじゃない。それにそんな伝言みたいな形だったら、ちゃんと望むものが作られるとも限らないし」
お嬢様の言い分はもっともなので、思わず口を閉じる。
確かに、依頼主と職人の間に別の人が入ることで、要求したものと違う仕上がりになることも珍しくない。それが原因で揉める話も、度々耳にする。だからそうならないために、依頼主は細かく指示をした注文書を用意するものだ。
「直接、作ってもらいたいものを伝えたいんだけど」
「職人を屋敷に呼ぶということも許可できません」
「……エマはここまで呼んだのに」
エマは代々貴族から依頼を受ける商会の代表であり、幼少の頃より貴族に対する礼儀作法を学んでいる。その商会の者も皆、きちんと教育を受けており、貴族の前に出ても問題ないとされた者のみが屋敷に訪れることができる。
全員が全員、エマのように教育を受けられるわけではないのだ。
そのことは理解できたのか、反論の言葉は飛んで来ず、お嬢様は黙ったまま俯いていた。
貴族の前で粗相をすれば、その者は罰せられる。平民としても、貴族と関わりを持ちたいとは思わないだろう。
「……でも、外に行ってみたい」
小さな言葉は、しっかりとわたしの耳に届いてしまった。その思いを聞いてしまったら、そういうものだからという理由だけで無下にはしづらい。
高貴な方だ、おいそれと外出できる立場ではない。お嬢様が敷地の外に出ようとすれば、大勢の人が動き、気を張り、警戒しなければならない。
大人しく自室と図書室だけを往復してもらえると助かる、外なら庭に出ればいい。
……それらは全て、大人の事情だ。
楽しそうな表情、目を丸くして驚き、不満を漏らしては頬を膨らませる。最近のお嬢様は、色々な感情を見せてくれるようになった。
そして相手を気遣い、我慢することも覚えた。
わずかな葛藤のあと、負けたと告げるように息を吐き出す。
「……すぐに行くことはできません」
「外、行ってもいいの……?」
「わたくし一人では、許可できません。まずは公爵様に外出の許可をいただきます」
「公爵様がいいって言ってくれたら、行ってもいいの?」
期待するように輝く瞳。いいと言われたら、一人ででも飛び出して行ってしまいそうだ。
「馬車の手配と、騎士団に護衛の依頼をする必要もあります。せめて数日、お時間をください」
「馬車とか護衛とか、いらないのに」
「例え公爵様がお許しになったとしても、わたくしが許しません」
馬車と護衛騎士、それだけは絶対に譲れない。断固として言い切れば、お嬢様は息を漏らすようにして笑う。
「貴族って、本当に面倒ね」
「ええ、そうですね。そしてその、面倒な貴族の頂点に位置する家門のご令嬢がお嬢様でございます。諦めてください」
わたしの言葉に、ようやく自分の立場を自覚したお嬢様は、「あうぅ」と小動物のような呻き声を出して、机の上に突っ伏した。




