興味深い
王都を囲むようにある三つの領地は、それぞれ違う側面から王族を支えている。
リーベルト領は鉱山を所有していて、武具の生産を主な産業としている。王族騎士団が所持している剣や盾、防具の大半がリーベルト領から輸出されているものだ。
その対極の領地が、文官や研究者を多く輩出しているヴァミリオン領である。魔石の研究に余念がなく、数多くの魔道具を開発している。食や服飾関係にも力を入れていて、流行の最先端とも言える。
そして、アランティス領。農業、商業に強く、他国との橋渡し役を担っている。語学に堪能な者が多く、他国の文化を多く取り入れている。
そんなディオンの説明を聞くお嬢様の目は半分閉じかけ、時折頭が前後に揺れ動く。一言で表すのなら、とても眠そうだ。
「公女様が今身に着けている衣装は、ヴァミリオン領から輸入した染料で染められたものですよ」
お嬢様の意識が途切れ途切れなことに気づいたディオンは、さりげなく興味を持ちそうな話題へとずらした。その鮮やかな手腕にまんまと嵌り、閉じかけた目がきちんと開く。
本日で二度目となる授業だが、初回に比べるとディオンの説明は淀みない。
態度もそうだが、お嬢様を見る目が怯えや困惑から、関心、興味に移っている気がする。ディオンが言った知りたいという欲求は、どうやら本物のようだ。
「鉱物から作られた染料です」
自分の衣服をまじまじと見つめるお嬢様は、ふと首を傾げた。
「鉱物なら、鉱山があるうちの方が取れますよね? なんでわざわざ、他領から輸入するの?」
その疑問に、ディオンはわずかに目を見開き、すぐに表情を元に戻した。
「それは、リーベルト領で採れる鉱石は、染料にできる鉱物とは別物だからですよ」
首を傾げるお嬢様を他所に、ディオンは荷物から片手に乗るほどの大きさの石を取り出した。白に近い灰色をしたその石の表面はゴツゴツとしているが、光に反射してキラキラとして見える。
こうして用意しているということは、初めからこのことについて話す予定ではあったらしい。
「ディオン先生、これは?」
「これがリーベルト領で採れる、魔鉱石です」
よく見てください、その声に素直に従ってお嬢様は魔鉱石に顔を近づける。
「なんか、中心の方で色んな色が光って見える。すごい、綺麗……」
「それが魔鉱石の特徴です。その光のようなものは魔力で、色が濃いほど品質が良い証です」
魔力という言葉に不自然に反応したお嬢様は、さらによく見ようと魔鉱石に手を伸ばした。触れる直前で「触っていい?」と窺うようにディオンを見て、許可を得たことでそっと丁寧に持ち上げた。
興味深そうに色んな角度から見ているお嬢様の様子を横目に、ディオンはもう一つ鉱石を取り出した。
「さて公女様、こちらも同じ魔鉱石です。この二つの違いはわかりますか?」
もう一つの魔鉱石も手に取り、二つを並べて見比べる。
「こっちは中心の色が薄いっていうか、ほとんど見えない」
「はい、こちらには魔力がほぼ含まれていません。そのため無鉱石と呼ばれています」
同じ場所から採れる鉱石だが、その全てに魔力を有しているわけではない。むしろ採れる割合としては、無鉱石の方が多い。
武具として使われるのは魔鉱石だけ。無鉱石の方は工房で使用する機械や道具の他、鍋やナイフといった、主に平民向けの鉄製品として使用されている。
「魔鉱石は各領地に輸出するなどもしていて需要があるのですが、無鉱石の方は多少丈夫という点以外は普通の鉱石と変わりなく、特段必要とされるものではありません」
遠回しなその言葉の意図を探るように考えていたお嬢様は、二つの鉱石からディオンへと視線を移した。
「つまり、余ってるってこと……?」
「端的に申せば、その通りでございます」
採れる割合に比べて消費が追い付いていない。現状、リーベルト領が抱える課題の一つだ。
「あー、確かに鍋とかって、一度買ったらなかなか買い替えないもんね。平民なら特に、一つのものを長く大切に使うから」
納得したように呟かれたその言葉に、ディオンだけでなくわたしも目を丸くする。お嬢様が平民の事情を考えるなんて、その抱いた驚きはきっと同じものだろう。
気を取り直すように小さな咳払いを一つしてから、ディオンは再び話し始めた。
「公女様なら、この無鉱石を消費する方法をどう考えますか?」
「え? ええっと……」
突然の問いに、焦った様子で目を左右に動かす。きっと今、一生懸命考えているのだろう。少しの間が空いて、恐る恐るといった風にそっと口を開いた。
「無鉱石を使って作る物って、平民向けのものだけですか?」
「そうですね。まったく使用されていない訳ではありませんが、貴族は基本的に魔鉱石で出来たものを使用いたします」
目を伏せて悩んでいたお嬢様は、不意に顔を上げて両の手の平をパンッと合わせる。
「じゃあ、貴族も無鉱石を使えばいいと思います。そうしたら、その分消費できますよね」
その解答は予想外だったらしい、明らかに困惑した表情を浮かべる。そしてもちろんわたしもだ。平民向けのものを貴族も使えばいいだなんて、このお嬢様は一体何を言い出すのだろうか。
当の本人はどれだけ自分が不可解な発言をしたのか、まったく自覚していない。きょとんとした表情からは、何も考えずに口にしたのだろうことがありありと伝わった。
ちらりとディオンの様子を窺う。最初は驚いた表情をしていたが、次第に目を細め、緩く握った手を口元に添えた。考え込むように黙っていたディオンは、ゆっくりとお嬢様を見据える。
「では公女様、宿題です」
静かなその声は、まるで試すかのよう。
「次回の授業までに、無鉱石を使った貴族向けの製品を考えてみてください」
「え?」
ぱちくりと目を瞬かせるお嬢様を見たディオンは、薄く微笑んだ。興味深い、ディオンの表情はそう言っている気がする。
「次回の授業を楽しみにしています」
翌日になっても出された宿題に頭を悩ませているお嬢様は、考え過ぎて疲れたのか椅子に深く腰掛けて背凭れに寄りかかっていた。
昨日からずっと、食事の最中も寝る前までも考えていたようだが、結局未だにいい案は浮かんでいない。
「宿題とか……やだなぁ」
最後の一言は、心の声が漏れたものだろう。宿題を出された原因は確実にお嬢様の発言が原因であるため、何も言わずに、悩んでいる間にすっかり冷めてしまったお茶を淹れ直す。
机の上には、ディオンが参考にと置いていった二つの鉱石が置いてある。
「……フィリアは魔力を使えるの?」
中心で不規則に色を変える鉱石をぼんやりと眺めながら、お嬢様はぽつりと呟いた。
「使えませんよ。と言いますか、魔力を使える者はおりません」
「え⁉ 魔力はあるのに⁉」
なんというか、このお嬢様は本当に誰もが知っている常識が抜けている。以前はそんなことなかったと思ったのだが、一体どこに常識を落としてきたのやら。
「人は魔力を使えません。なので代わりに、魔力の籠った魔道具を用いて、魔術を使うのですよ」
「魔術……」
魔道具には魔石が必要だ。魔石は魔力を持った魔物を倒すことで得られる。そして魔物を倒すために、魔鉱石で作られた武具が必要となるのだ。
わたしの簡単な説明を頷きながら聞くお嬢様は、少しつまらなそうに口を尖らせた。
「じゃあ、魔道具がなきゃ魔術は使えないってことか」
魔道具なら屋敷の中にいくつもあるし、お嬢様も何度も自分で使っているのだが、どうやらまったく気づいていなかったらしい。
「でも、……ヒロインは魔法を使ってたんだけどな」
ぽつりと口の中だけで呟かれたその言葉に、わたしはやれやれと肩を竦ませる。
「魔法だなんて、そんなのを使える方は、それこそ建国神話に出て来る、神の使いとされる神子様くらいですよ」
呆れ交じりに息を零して、淹れ直したお茶とお菓子をお嬢様の前にそっと置いた。




