第6話:高価すぎる「穴」
ヒーローチーム『ブライト・レギオン』の拠点ビル。ブリーフィングルームには、明るすぎる光が満ちていた。
壁一面のスクリーンには、ニュース映像が映し出されている。
『昨夜未明、第十三居住区にて発生した違法能力者事件は――』
映像が切り替わる。
拘束された三人の能力者。救急隊に搬送される姿。
『現場にはヒーローの登録記録がなく、正体不明の人物による制圧と見られており――』
「……止めろ」
低い声で、リーダーの狗道が言った。
映像が消える。
静寂。
「……未登録のヒーロー、ね」
椅子に深く腰掛けた狗道は軽く肩をすくめた。
粗暴ではあるが、整った容姿。自信に満ちた態度。
そして何より、見られることを意識した立ち振る舞い。
「最近、こういうの増えてるよな。目立ちたいだけの連中」
軽い口調。だが、その目は笑っていない。
別のメンバーが口を開く。
「だけど、今回の件、被害は最小限に抑えられているみたいだよ」
「それが問題なんだ」
狗道はわざとらしく溜め息を吐いた。
「ルールを守らない奴が、結果だけ出す」
指先で机を叩く。
「それを市民がどう見ると思う?」
誰も答えはしない。
「『正規のヒーローよりあいつの方が優秀じゃないか』ってなるんだよ」
その言葉には、苛立ちが混じっていた。
「そんなの、認められるわけないじゃないか。なあ?」
ヒーローは、管理されるべき存在だ。資格を持ち、組織に属し、責任を負う。それが“正しい形”のはずだった。
狗道が、話を続ける。
「それと。最近、現場対応のクレームが増えてるようだ」
空気が、わずかに重くなる。
「被害の拡大、避難誘導の遅れ……」
「人手不足だよ」
メンバーの誰かが反論した。
「一人抜けた程度で?」
軽く笑う。だが、その笑みは酷薄なものだった。
「俺には言い訳にしか聞こえないな」
狗道は、ゆっくりと立ち上がる。
「いいか。俺たちは、選ばれたヒーローだ」
自信に満ちた声。
「誰がいなくなろうと、関係ない」
力強く言い切る。
「役立たずが減ったんだぞ。むしろ今の方が、やりやすいくらいのはずだ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
ブリーフィングが終わり、人が散っていく。
狗道は上機嫌な様子を崩さずチーム専用のトレーニングルームに向かった。だが――。
「――おい、ちょっと待って。どういうことだ。出力が安定してないぞ!」
さほど間を置かずに狗道の怒号が響き渡ることになった。
彼の腕に装着された重力制御ガントレットが、不規則な火花を散らし、不気味な異音を立てている。
「申し訳ありません、リーダー。……その、触媒が足りないんです」
整備担当のメンバーが、額の汗を拭いながらタブレットを差し出した。
そこに表示されているのは、絶望的なまでの『在庫ゼロ』の文字。
「触媒? そんなもん、適当に市場に出回ってる最高級品を買い叩いてくりゃいいだろうが」
「それが……無理なんです。今まで支倉様が用意してくださっていた『高純度触媒』は、市販の最高グレードのさらに十倍以上の純度を誇る特注品でした。支倉グループの極秘プラントで、彼女が個人的な予算を投じて精製させていたものだそうで……」
「……あ?」
狗道の顔が、不快そうに歪んだ。
整備担当は震える声で続ける。
「今の機材は、その超高純度触媒を前提に、限界まで出力を引き出すセッティングになっています。市販の『一般品』を混ぜると、不純物が回路に干渉して、最悪の場合、オーバーヒートします」
「ふざけるな。あいつがそんな面倒なことをしてたなんて聞いてないぞ!」
「彼女、いつも『皆様のお邪魔にならないよう、最低限の準備だけは整えておきましたわ』と仰っていたので……」
狗道は忌々しげにガントレットを床に叩きつけた。
彼らにとって、悠凛が用意する装備や消耗品は、そこにあるのが当たり前の空気のようなものだった。
だが、その空気が失われて初めて、彼らは自分たちがどれほど厚い資産の壁に守られていたかを知ることになる。
「……だったら、ランクB以下のヒーロー連中が使ってる安物の触媒を持ってこい。量を増やせば出力は補えるだろ」
「ですから、それでは回路に負荷が――」
「黙れ! 今さらあの無能に頭を下げに行けってのか? 冗談じゃねぇ。いいか、予備のパーツを全部バラしてでも明日のパトロールには間に合わせろ。俺たちが支倉抜きでも最強だってことを、世間に証明してやるんだよ」
狗道の目は、焦燥とプライドで濁っていた。
一方その頃、支倉邸のサンルーム。
悠凛は、午後の柔らかな光の中で、セレスが淹れた紅茶を優雅に楽しんでいた。
「……あら。あちらの機材、もうガタが来ているようね」
悠凛の手元にある端末には、リアルタイムで『ブライト・レギオン』の機材ステータスが表示されている。
セレスが彼女の背後に立ち、手際よくクッキーを皿に並べた。
「ええ。坊ちゃまが意地悪をして、バックドアから少しだけ負荷をかけるプログラムを走らせていますから。……もっとも、あの粗悪な代替品を使っている時点で、遅かれ早かれ自滅は免れませんが」
「ふふ。あんなに『いらない』と仰っていたのだもの。私なんかの役立たずな触媒がなくても、彼らならきっと立派に戦ってくれるわ」
悠凛は、窓の外に広がる帝都の景色を眺めながら、愛おしそうにカップを傾けた。
その瞳は、昼間の令嬢らしい慈愛に満ちているようでいて、その実、獲物が罠にかかるのを待つ蜘蛛のような静謐な冷酷さを湛えていた。
セレスも、それを敏感に察知する。彼女はこういう時の悠凛を“お嬢様”ではなく、“坊ちゃま”と呼ぶのだ。
「坊ちゃま。貴女は本当に恐ろしい方です」
「そうかしら。私はやるべきことをやっているだけよ。……ねえ、セレス。明日のパトロール、狗道たちはどこへ向かう予定かしら?」
「支持率を稼ぎやすい、中央公園周辺の観光区画ですね。あそこには、最近『高ランクの異能』を持つ浮浪者が紛れ込んでいるという情報があります」
「そう。……なら、少しだけ準備を手伝ってあげましょうか。彼らが、自分たちの無能さを、最も煌びやかな舞台で自覚できるように」
セレスが悠凛の肩に、細く白い指を添えた。
「承知いたしました。今夜は社交界にも顔を出していただかなければなりませんし、お仕事が少し長くなりそうですね。……坊ちゃまの体力が切れる前に、私がたっぷりと補給して差し上げましょう」
「……セレス、ティータイムよ。はしたないわ」
「あら、誰も見ておりませんよ。 ……この屋敷のルールは、貴女と私、二人だけで決めるものではないですか?」
セレスが悠凛の耳元で囁き、そっとうなじに触れる。
悠凛はわずかに頬を染めながらも、拒むことはしなかった。
光り輝く英雄たちが、高価すぎる代償に気づくのは、もう間もなくだった。




