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第4話:用意周到という名のチート

 拳を打ち込まれたリーダー格の男は数歩後退(あとずさ)る。


「舐めやがって……だったら焼き尽くしてやるよ!」


 下卑げびた笑いと共に男の両手が突き出される。


 だが、悠凛は淡々とした声を発するだけだ。


「お前の能力は調査済みだ。身体変化能力だけではなく、発火能力を持つ。いわば『溶岩使い』だ」

「それが分かったから何だってんだよ……!」


 瞬間、路地裏の湿った空気がぜ、猛烈な紅蓮の炎が奔流ほんりゅうとなって悠凛を飲み込む。


 少女が短い悲鳴を上げ、目をらした。


 だが、炎の渦の中心で――悠凛は、一歩も動かなかった。


「……なぜ焼けねえ」


 異能犯罪者の男が呆然ぼうぜんつぶやく。


 本来なら消し炭になっているはずの漆黒の騎士は、揺らめく炎をマントで切り裂き、悠然と歩みを進めていた。


『一着、三十二億円。……それだけの価値はあるようですね、坊ちゃま』


 耳元のインカムから、セレスの涼やかな声が届く。


『スーツ表面の“吸熱ナノコーティング”が正常に機能しています。摂氏三千度までの火炎なら、貴女の肌には春のそよ風ほどの熱も届きません』


 加工された重低音が、犯罪者どもに絶望的な格差を宣告する。


「一介のヒーローが一生かけて稼ぐ額を、私はこの一着に投じている。お前の安っぽい火遊びで焼けると思ったか?」

「ふ、ふざけんな! だったら、これならどうだ!」


 リーダー格の男が焦燥しょうそうに駆られ、さらに巨大な火球を生成しようと練り上げる。


 その瞬間、セレスの分析が悠凛の視界バイザーに赤い警告を叩き出した。


『坊ちゃま、敵の脳波パターンに変位。松果体の活性化を確認しました。……次の射出まで、あと〇・八秒。左斜め後ろに“デコイ”を』


「了解した」


 悠凛は腰のベルトから、親指ほどのサイズの小さな円筒を取り出し、背後へ放った。


 直後、空中で円筒が超高輝度の光を放ち、悠凛の“残像”をホログラムで投影する。


「死にやがれぇ!」


 放たれた炎の槍は、虚像の胸を貫き、背後のコンクリートを溶かした。


 本物の悠凛は、既に敵の懐――死角へと入り込んでいる。


「なっ、消えた!? どこ行きやがった!」

「ここだ」


 悠凛は低く構え、相手の膝の裏を正確に踏み抜いた。


 岩のように硬質化したはずの脚が、関節の隙間を突かれ、無様に折れ曲がる。


「ぐああああっ!」

「異能も魔法も必要ない。人体には、鍛えれば誰でも突ける『脆弱性』がいくらでもある」


 悠凛は立ち上がろうとする敵の頭上に、小型の発生装置――『ゼロ・レゾナンス』を突きつけた。


「ア、アァ……あ、あがっ!?」


 装置から放たれた不可視の高周波音が、敵の三半規管と視神経を直接蹂躙(じゅうりん)する。


 平衡感覚を失った男は、自分の上下すら分からなくなり、地面に這いつくばって嘔吐おうとした。


「視界が……揺れる……。お前、何の能力だ!? 空間干渉か? それとも精神操作か!?」


 恐怖に顔を歪めた敵が、震える声で叫ぶ。


「能力? 勘違いするな。これは、ただの物理学だ。……お前たちが不遇な生い立ちを呪い、手に入れた力におぼれている間に、私はこの数分間のためだけに、数千時間のシミュレーションと、一国の国家予算に匹敵する準備を積み重ねてきた」


 悠凛は冷徹に、倒れた男の首筋をローキックで払い、意識を刈り取った。


 周囲の取り巻きたちも、既にセレスが操作する不可視のドローン群――『ヘカトンケイル』から放たれたスタン弾によって、物言わぬ肉塊と化している。


『……素晴らしい。一分四十二秒。予定より三秒早い幕引きです』


 通信越しに、セレスの吐息が混じったような声が聞こえた。


『ですが、少々無茶をなさいましたね。坊ちゃまの心拍数が上がっています。計算外に胸が高鳴っているようです。……早くお戻りください、悠凛様。その火照ほてりをしずめるのは、機械ではなく、私の役目です』


 悠凛は仮面の下で、わずかに口角を上げた。


「……ああ、セレス。掃除が終わったら、すぐに帰る」


 漆黒の騎士は、震える少女マリに歩み寄ろうとする。


 その時、倒れていたはずの異能犯罪者の男が動いた。

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