第28話:不条理なリプレイ
帝都シン・トーキョー郊外の旧式高層ビル。
悠凛の予測通りラフィン・スカルは再び事件を起こした。今度は高層ビルを中心にした大規模火災だ。
最上階付近から吹き出す紅蓮の炎は、あの日、悠凛の全てを奪った夜の光景を精巧に、そして悪意を持って再現していた。
「さあさあ、ショーの第二幕だ! 舞台は整ったぞ、愛しのウーちゃん!」
ビルの屋上に設置された巨大スピーカーから、ラフィン・スカルの歪んだ声が響き渡る。
悠凛のバイザーには、室内に取り残された二組の生体反応が映し出されていた。
北側通路にはヒーローズギルドの重要出資者(VIP)を乗せた救命カプセルが取り残されている。防壁の耐久力は保って三分というところだろう。
一方で南側通路には 逃げ遅れた名もなき家族――若夫婦と、泣き叫ぶ幼い少女がいた。彼らの周りには可燃性のガスが充満し、二分以内には確実に爆発する。
「あの日、お前の家族を見捨てたヒーローと同じ計算式を解くか? それとも、無価値な端数のために、お前自身も焼き尽くされる『非効率な死』を選ぶかな? さあ、好きにしなよ! どちらか一方は必ず死ぬがね!」
「……っ」
悠凛の脳裏を、焦熱の記憶がよぎる。母が自分を突き飛ばした時の熱。届かなかった光への絶望。
ラフィン・スカルが仕組んだのは、単なる事件ではない。二者択一の絶望という名の呪いだ。
悠凛の思考は『どちらを切り捨てるか』というシステム特有の冷徹なロジックに支配され、凍りつきそうになる。
その時、通信越しにセレスの鋭い声が聞こえた。
『坊ちゃま、心拍数180を超えています! どうか思考を放棄しないで……!』
その声に悠凛は我に返る。震える声で通信に応じた。
「……セレス。もしも私が壊れるなら、その時お前も一緒に壊れてくれるか」
『今さら何を言っているのですか。……私はずっとそのつもりです』
セレスの声が、一転して深く、甘く響く。
『坊ちゃま。貴女は何も悪くありません。悪いとすれば、あの日貴女を救わなかった世界です。こんな世界のルールなど貴女が書き換えてしまえばよろしいのです。……貴女ならばそれができます』
セレスのバックアップにより、漆黒の鎧の演算機能が引き出される。悠凛の意識が拡張され、あらゆるものが一気に脳内に飛び込んできた。
周囲の温度。炎による上昇気流のパターン。人々の悲鳴。ビルの古い設計図。髑髏の高笑い。建物の空調システム。内部の酸素と圧力。愛しいセレスの声。
悠凛の瞳が、漆黒のバイザーの奥で青白い光を放った。
「……いいだろう、ラフィン・スカル。……私は、もうどちらも選ばない」
彼女が起動したのは、救助プログラムでも格闘アルゴリズムでもない。ビル全体の管理OSへの、強引かつ精密なハッキングだ。
悠凛は跳躍した。南側の爆発まで、残り23秒。
「残念だよ、ダーリン! お前がそこへ行けば、VIPは死ぬ。お前さんの掲げる正義とやらも結局は誰かを見捨てることでしか成立しないのさ!」
「……黙れ。救助などするつもりはない」
悠凛は、爆発寸前のガス管へワイヤーを撃ち込んだ。
同時に、ビルのスプリンクラー制御システムを物理破壊し、内部の消火用窒素を一気に放出。さらに、屋上に設置された緊急避難用電磁カタパルトの極性を反転させた。
爆発により衝撃波が発生する。しかし、悠凛が計算によって生み出した急激な気圧差と反転磁場が、爆炎を真空の壁で押し込めた。
爆風は逃げ遅れた家族を襲うのではなく、その凄まじい推進力を利用して、北側にいたVIPの救命カプセルをビル外へ弾き飛ばした。
宙を舞うカプセル。それを、別のワイヤーで絡め取り、悠凛は南側の家族を抱きかかえたまま、炎の渦から飛び出した。
「……何だと?」
スピーカー越しに、初めてラフィン・スカルの笑い声が止まった。
夜空に散る火の粉の中、悠凛は地上へと静かに降り立つ。その腕には、震える家族。そして足元には、衝撃を抑えられて着地したVIPのカプセル。
全員救出完了。犠牲者はゼロ。
それは、ヒーローズギルドが誇るどの能力者も成し得なかった、論理と感情を越えた、システムへの反逆による完全勝利だった。
『お見事です、坊ちゃま。……あの日、貴女を見捨てた世界に、これ以上の回答はありません』
セレスの誇らしげな声が届く。
悠凛は荒い息をつきながら、燃え落ちるビルを、そして闇に潜むラフィン・スカルの気配を見据えた。
「……これが、私のやり方だ。……もう、誰にも選ばせない」
あの日、見捨てられた少女は自らがシステムを統べる王となることで、不条理な過去を力ずくで書き換えてみせた。




