第25話:祝宴の終わり
狗道が失脚し、彼が率いていた『ブライト・レギオン』が事実上の解散に追い込まれてから三日。
帝都シン・トーキョーの空は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。SRPI(生存率優先指数)は安定し、市民たちは「一人の不祥事ヒーローが消えただけ」だと、すぐに日常の消費活動へと戻っていった。
車椅子に乗る悠凛は地下基地のモニターでその光景を眺めていた。深い溜息と共にコーヒーカップを置く。
「……静かすぎるわね。嵐の前の静けさというより、まるで死後硬直のよう」
「平和とは大抵において退屈なものです、お嬢様。ですが、その退屈こそが、私たちが次の獲物を解体するための絶好の養分となりますから」
セレスが悠凛の肩に手を置き、その細い指先を愛おしそうに撫でる。
だが、平穏は、唐突なノイズによって引き裂かれた。
――ビ、……ザ、ザザッ。
「あら?」
セレスの眉が動く。地下基地のメインモニターだけではない。窓の外、摩天楼の巨大ビジョン、街頭のサイネージ、そして市民が手にするスマートデバイスに至るまで――帝都中のあらゆる光が、どす黒いマゼンタ色のノイズに染まった。
やがて、画面には一つの檻が映し出された。
「……っ、あれは」
悠凛が息を飲む。
檻の中に転がっていたのは、かつて狗道の腰巾着として悠凛を嘲笑っていた、元『ブライト・レギオン』のヒーローたちだった。ヒーロースーツは無惨に剥ぎ取られ、顔は恐怖で歪み、まるで出荷を待つ家畜のように震えている。
そして、画面の中央に、一人の怪人がステップでも踏むようにして躍り出た。
『レディース、アンド、ジェントルマン。アンド、善良なる納税者の皆様方。アンド――親愛なる「黒い騎士」様!』
安っぽい原色のタキシードに、顔を完全に覆う歪な髑髏の仮面。
『俺様の名前はラフィン・スカル! 自分で付けたんだ。イカした名前だろ!』
ラフィン・スカルを名乗った怪人物の声は、耳障りなほどに高く、そして楽しげに響き渡った。
『さあ、見てくれよ、この無様な連中を! ヒーローという名のメッキが剥がれれば、中身はただの臆病な肉塊だ。ハハハ! 素晴らしい、本当に素晴らしい! 誰がこんなに美しい「真実」を暴いてくれたのかな?』
髑髏の怪人物は檻の鉄格子を杖で叩き、狂ったように笑い転げる。
『ヘヴィ・レインという重石が消えて、この街も少しは自由になった。……だが、自由には毒が必要だ。ヒーローがいなくなった夜は、こんなにも「遊び甲斐」があるんだからな!』
髑髏の怪人物がカメラに向かって、大袈裟に手招きをした。その視線の先が、まるでモニター越しに悠凛の瞳を射抜いているかのように錯覚させる。
『さあ、黒い騎士様! 誰でもない復讐者よ! お前の始めた「復讐」という名の祝宴を、ここで終わらせるなんて勿体ない。俺と一緒に踊ろう! 舞台装置は俺が用意した。次は、君がどんなダンスを踊るのか、俺に見せてくれよ!』
「……まさか私のことを、知っている……?」
悠凛の背筋に、冷たい氷の柱が突き刺さる。
狗道を倒したことは、あくまで『事故』や『自滅』として情報処理させたはずだった。それを見抜き、あまつさえ自分の正体まで辿り着いた存在。いったい何者なのか。
『今夜、第三廃棄区画で待っているよ。来なければ、この「元ヒーロー」くんたちが、一人ずつ愉快な花火になっちゃうからね。ああ、言っとくがジャスティス・レイだとかそんな輩もお呼びじゃないぜ。他のヒーローまがいが来た時も結果は同じ。……ドカンだ!』
画面の中でマゼンタ色の光が炸裂した。モニターが暗転し、元の『清潔なニュース』に戻る。
しかし、街の空気は一変していた。恐怖が、そしてSRPIの計算式では弾き出せない混沌が、シン・トーキョーの街を侵食し始めていた。
「……セレス、装備を」
「いけません。お嬢様の体はとても万全ではありません」
「レクイエムなら負傷や痺れは無視して体を動かせる。そうでしょう?」
「あれはお嬢様の体への負担が大きすぎます。これ以上の無茶を見過ごすわけにはいきません」
悠凛は車椅子を動かし、背後に佇む『ニュクス』の鎧へと近づいた。その動きに迷いはない。ただ瞳には未知の敵に対する警戒だけが宿っている。
「……私が行かなければ、人質が殺される」
「罠です。奴はお嬢様を誘っているのです」
「だからといって行かない理由にはならないわ」
「……お嬢様は本当に私の言うことを聞いてくださらないのですね」
セレスは悲しげに俯く。
「制限時間は十五分だけです。それを過ぎたらどんな状況であってもシステムをシャットダウンします」
セレスの声が、極限まで低く、温度を失う。彼女は床に落ちた髑髏の残像を、文字通り『殺す』ような眼差しで見つめていた。
「お嬢様の夜を汚す不浄なノイズ……。あの仮面ごと、粉々に噛み砕いて差し上げたい」
セレスの瞳に宿る昏い情熱が、悠凛の意志と共鳴するように激しく燃え上がる。
復讐の第一幕は終わり、物語は、正義と悪の境界すらも笑い飛ばす狂気とのダンスへと、そのステージを移していった。




