表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

第22話:蹂躙のレクイエム

 鉄の檻と化したパワードスーツの中で、狗道くどうはただガチガチと歯を鳴らしていた。


 指先一つ動かない。視界には、自分をさげすむように点滅する赤いエラーログ。


 かつてあれほど誇らしげにまとっていた最強の装備は、今や彼を押し潰すだけの冷たい棺桶ひつぎだった。


 その横を、漆黒の騎士が通り過ぎる。


 瓦礫を踏みしめる硬質な靴音。


 悠凛は、狗道の存在などそこに無いかのように、一度も視線を向けなかった。


「ま、待て……! どこへ行く! 殺すつもりがないなら俺を助けろ! ここから出せ!!」


 狗道の無様な悲鳴が夜の闇に虚しく響く。


 だが、悠凛の歩みが止まることはない。彼女が見つめているのは、咆哮を上げ、今まさに街を蹂躙せんとする結晶の巨獣――『クリスタロス・カリュブディス』だけだ。


『……坊ちゃま、座標固定完了。対象の結晶構造における「共振不備」を特定しました』


 インカムから、セレスの陶酔したようなささやきが届く。


『狗道様たちが三十分かけて傷一つ負わせられなかったその「盾」。……貴女なら、三秒も要りませんね』

「……ああ。やるぞ」


 悠凛が低く呟くと同時に、背中の放熱フィンが紫色の光を放ち、翼のように展開された。


 巨獣が、邪魔な小虫を叩き潰そうとその巨大な前足を振り下ろす。


 衝撃で地が割れ、土煙が舞い上がった。


「あ……死んだか……!?」


 狗道が目を細めた、その瞬間。


 土煙を切り裂き、紫の軌跡が宙を舞った。


 一瞬だった。


 悠凛は、巨獣の攻撃を回避したのではない。その『足』を駆け上がり、結晶の装甲が最も薄くなる接合部に、一筋の閃光を叩き込んだのだ。


「――『分解デコンストラクション』」


 悠凛が右手の籠手に仕込まれた高周波振動ブレードを、カリュブディスの眉間へと突き立てる。


 次の瞬間、巨獣の全身に、亀裂が走った。


 内側から爆発したような轟音。


 だが、それは破壊というより、まるで精密な彫刻が解体されていくような、残酷なまでに『美しい』光景だった。


 狗道たちが総力戦を挑んでもビクともしなかった結晶の巨体が、悠凛の一撃によって、ただの砂利へと還っていく。


 三秒。


 文字通り、一呼吸の間に、帝都を恐怖に陥れた巨大ヴィランは、この世から消滅した。


 舞い散る結晶の破片が、月光を反射して雪のように降り注ぐ。


 その中心に、悠凛は静かに降り立った。


『……お見事です、悠凛様。あまりの美しさに、私の心拍数も上がってしまいました』


 セレスの熱っぽい息遣いが、イヤーカフを通じて耳元を撫でる。


『さあ、掃除の続きを。……そこに転がっている「壊れたおもちゃ」の処理を始めましょうか』


 悠凛はゆっくりと振り返る。


 そこには、あまりの格の違いに言葉を失い、ただ口を半開きにして震える狗道の姿があった。


 三十分戦い続けて一矢も報いれなかった自分。


 そして、一撃で全てを終わらせた漆黒の騎士。


 その残酷な対比が、狗道のプライドを粉々に打ち砕いていく。


「……あり、えない……。なんだ、お前……。何なんだよ……っ!」


 悠凛は無言で、狗道の目前まで歩み寄る。


 赤い単眼モノアイが、冷徹に『獲物』を捉えた。


「ひっ、……あ、……」


 狗道は、バイザー越しに迫る単眼モノアイの深紅の光に射抜かれ、失禁せんばかりに震えていた。


 動かない腕。沈黙したシステム。


 最強のヒーローを自称していた男は、今や自分の体重を支えることすらできず、無様にこうべを垂れている。


 悠凛は無言のまま、狗道のパワードスーツの胸ぐらを、金属がきしむ音を立てて掴み上げた。


 『最終装備ニュクス・レクイエム』の出力により、数百キログラムはあるはずの装甲が、紙細工のように軽々と持ち上げられる。


 宙に浮いた狗道の足が、虚しく空を掻いた。


「助け……て……。頼む、誰だか知らないが、俺は……俺は『ブライト・レギオン』のリーダーなんだ……! 金ならいくらでも――」

「――リーダー?」


 変声機を通した、地響きのような低音が工藤の言葉を遮った。


 それは、かつての悠凛の鈴を転がすような声とは対極にある、感情を削ぎ落とした『死神』の響きだ。


「お前たちが、自分の力だと信じて疑わなかったその輝き。……それが誰の慈悲によって与えられていたのか、まだ理解していないようだな」

「な……にを……」


 悠凛は、狗道のバイザーの至近距離まで顔を近づけた。


 発光する赤い光が、狗道の絶望に染まった瞳を赤々と照らし出す。


「支倉悠凛からの伝言だ。『私が与えた力で調子に乗り過ぎたな』、だそうだ」


 その言葉が、狗道の脳内で爆発した。


 「私が与えた力」――?


 ありえない。そんなはずがない。自分たちを見下し、支配し、全てを『準備』していた何者か。


 狗道の脳裏に、いつも自分の後ろで「はい、狗道様」と微笑んでいた、あの『無能な令嬢』の幻影が重なる。


「……返してもらうぞ、その命以外の全てを」

「あ、あああ……っ!!」


 悠凛が掴んだ手に力を込めると、狗道の胸部装甲に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


 それは肉体への攻撃ではない。


 彼が今日まで積み上げてきた傲慢、虚栄、そして『支倉悠凛』という存在を踏み台にして築いた偽りの栄光。その全てを根こそぎ奪い去るという、冷徹な宣告だった。


『……ふふ。最高ですわ、坊ちゃま。あの絶望に歪んだ顔。私たちが今まで彼らに注ぎ込んできた「資産」を回収する、最高の瞬間です』


 インカムから、セレスの狂おしいほどに艶やかな声が届く。


『さあ、引導を渡しましょう。……彼らには、ヒーローとしての死すら贅沢すぎますから』


 悠凛は、狗道をゴミのように地面に放り捨てた。


 衝撃で狗道のバイザーが割れ、中から恐怖に引きった『ただの人間』の顔が露出する。


「これがお前の望んだ実力主義の世界の末路だ」


 悠凛がゆっくりと右手を掲げ、指先を鳴らす構えをとった。


 その指先が、月光を浴びて鋭く光る。


「……お前たちの『夢』は、ここで終わりだ」


 静寂を切り裂き、悠凛の指が鳴った。


 直後。


 狗道、そして周囲にいたチームメンバーたちの装備から、耳をろうするような爆音と火花が上がった。


「なっ、なんだ!? 熱い、熱い熱い!!」

「スーツが……スーツが勝手に強制排出パージされるッ!?」


 それは、不具合ではない。


 悠凛が設計段階から密かに組み込んでいた『資産回収アセット・パージ』プログラム。


 管理者がその権利を行使した時、装備は持ち主を『不法占拠者』と見なし、物理的に排除するように造られていたのだ。


 数億円の価値がある装甲板が、火薬の爆発によって内側から弾け飛ぶ。


 精緻せいちな回路は焼き切れ、高価な人工筋肉は千切れ飛んだ。


 そして、煙が晴れた後に現れたのは――。


「……ひ、っ」


 全世界が見守る生中継のカメラの前。


 そこにいたのは、威風堂々としたヒーローではない。


 ボロボロになった肌着一枚の姿で、寒さと恐怖にガタガタと震え、泥に塗れた『ただの男たち』だった。


 傲慢に肥大した筋肉も、禁忌の薬で歪んだ顔も、守るべき装甲を失えばただの醜悪な肉の塊に過ぎない。


「……これが、お前たちの正体だ」


 悠凛は、震える狗道の喉元に、漆黒のブーツをゆっくりと置いた。


「能力操作の計算も、装備の調整も、戦術の構築も……全て他人が用意したもの。支倉悠凛がいなければ、お前たちはこの程度の存在でしかない」

「ぁ……あ……っ」

「自分たちの実力だと勘違いして、身の程を知らずに暴れた代償。……その無様な姿と共に、一生背負っていくがいい」


 狗道は、カメラのフラッシュが自分たちを射抜くたび、絶望に顔を歪めた。


 今、この瞬間。彼らが何年もかけて築き上げてきた『ヒーローとしてのキャリア』は、物理的なスーツと共に完全に粉砕されたのだ。


 もはや、再起の道はない。


 スポンサーは去り、世論は彼らを蔑み、手元には巨額の賠償金と無能の烙印だけが残る。


 悠凛は最後に、狗道を蹴り飛ばすようにして足を退けると、一度も振り返ることなく闇の中へと歩き出した。


『素晴らしい。最高ですわ、坊ちゃま。あんなに惨めで、滑稽な生き物を私は他に知りません』


 セレスの歓喜に震える声が、悠凛の意識を甘く包み込む。


「……私は思ったよりも良い気分ではなかったが。お前がそう言うならそれでいい」

『まだ実感が湧かないだけでしょう。さあ、雨が降ってきました。早くお帰りなさいませ』


 背後で、狗道たちの泣き叫ぶ声が雨音にかき消されていく。


 復讐の第一幕は、これ以上ないほど冷酷に、そして完璧に、幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ