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第21話:システム・オール・レッド

 狗道くどう視界バイザーの端で、ニュースのヘッドラインが狂ったように踊っていた。


「嘘だ。そんなはず、ねえだろ……」


 セレスが戦場全体にハッキングを仕掛け、周囲の巨大街頭ビジョン、そして各ヒーローのデバイスへ同時に『処刑宣告』を送りつけたのだ。


『緊急速報:アトラス重工業、チーム「ブライト・レギオン」とのスポンサー契約を即時解除。損害賠償請求を検討中』

『ギルド公式発表:狗道のヒーローライセンスを一時停止。民間人救助放棄の疑いで調査開始』


「あああああッ! 黙れ、黙れ黙れ!!」


 狗道は空中に浮遊しながら、広告が流れるビルを重力波で殴りつけた。


 ガラスが砕け、鉄骨がひしゃげる。だが、電波の波は止まらない。


 足元をい回るドローンが映し出すライブ配信のコメント欄には、かつて彼を崇拝していた大衆の、冷酷な手のひら返しが溢れていた。


《賞味期限切れのゴミが暴れてるぞ》

《支倉お嬢様を捨てた結果がこれか。哀れだな》

《ヒーローじゃなくて、ただの公害。さっさと消えろ》


「俺が……俺がどれだけ尽くしてきたと思ってる! お前らみたいな無能な民衆を、俺様が守ってやってたんだぞ!!」


 精神の均衡が、音を立てて崩壊した。キャリアの死。社会的抹殺。


 プライドという名のもろい鎧が剥がれ落ち、中から現れたのは、肥大化した自己愛と劣等感の塊だった。


 一方で漆黒の装甲車に戻った悠凛は素早く息を整える。


「……カリュブディスを始末するのに素手では無理だ。レクイエムに武器はないのか、セレス」

「ございますよ、とっておきのものが。……それよりも坊ちゃま、ご覧ください」


 悠凛は、モニター越しに狗道の顔が絶望に染まっていくのを横目で見た。その耳元で、セレスの指先が優しく、熱を帯びたイヤーカフをなぞる。


「大衆という名の神様は、飽きるのも残酷になるのも一瞬のようですね」

「……ああ。彼らにとってのヒーローは、便利で美しい『消耗品』に過ぎない。使い古されたら、後はゴミ捨て場へ行くだけだ」

「ふふ。……さあ、あのお鼠様。最後の仕上げに何をなさるのでしょう」


 戦場。


 追い詰められた狗道は、震える手で懐をまさぐった。


 そこには、シュバルツ理事長の配下だという男から渡された予備の『黒いアンプル』が数本。


 本来、一本ですら命を削る禁忌の薬。だが、今の彼は、自分の命の価値さえも理解できなくなっていた。


「……これだ。これさえあれば、あいつら全員……黙らせてやれる」


 一気に三本のアンプルを、自分の首筋に突き立てた。


「――が、あああああああああああッ!!」


 凄まじい絶叫。


 狗道の肉体が、内側から爆発するように膨れ上がった。


 パワードスーツの装甲が、異常に発達した筋肉に押し出され、ひしゃげ、肉に食い込んでいく。


 異能力がどす黒い霧となって溢れ出し、重力波が全方位へ無差別に放たれた。


「……ハ、……セクラ……、ユ……リ……」


 もはや、言葉は意味をなさなかった。


 狗道の瞳からは理性が消え、ただ憎悪を燃料にした黒い瞳がギラついている。


 彼の背中から、重力の歪みによる異形の触手が生え、周囲の瓦礫を無差別に吸い寄せては粉砕していく。


 影の中から、悠凛が再び姿を現した。


 『最終装備:ニュクス・レクイエム』のバイザーが、目の前の『怪物』を解析する。


『坊ちゃま、心拍数シンクロ率98%。……これより先は、人間同士の喧嘩ではありません。害獣駆除のお時間です』

「ああ、セレス。……終わりにしよう」


 理性を捨てた怪物と、心を鋼鉄に変えた騎士。


 夜の戦場に、最後の審判を告げる重低音のシステムボイスが響き渡った。


『License Termination sequence, Start.(ライセンス剥奪シークエンス、開始)』


「死ね、死ね、死ねぇ!! 俺を笑った奴も、見捨てた奴も、この街ごと押し潰してやる!!」


 理性を完全に消失させた狗道が、天に向けて両手を突き上げた。


 禁忌の薬物によって極限まで増幅されたどす黒い異能が、彼の背後に巨大な重力の渦を形成していく。


 周囲のコンクリート片、街灯、打ち捨てられた車両が磁石に吸い寄せられるように宙へ浮き、渦の中へと飲み込まれていった。


 それは、特級ヴィランですら成し得ない、純粋な破壊の特異点だ。


「見ろ……これが神の力だ! 俺が、俺こそがこの世界の中心なんだよ!!」


 狗道の眼球は真っ赤に充血し、口端からは泡が漏れる。


 彼は、全エネルギーを右腕のガントレットへと集中させた。この一撃を放てば、カリュブディスも、自分を愚弄した民衆も、全てを無に帰せる。そう信じて疑わなかった。


 だが、その瞬間。


 狗のバイザーを、毒々しいほど鮮烈な『赤』が埋め尽くした。


『――License Expired(ライセンス失効)』


 冷徹な、合成音声の宣告。


「……は?」


『Administrator: Yuri Hasekura.(管理者:支倉悠凛)』

『All Systems Suspended.(全機能停止)』


 プツン、という小さな音と共に。狂ったように鳴り響いていた機械の駆動音が、嘘のように消えた。


 腕に渦巻いていた重力波が霧散し、浮き上がっていた瓦礫が重力に従って一斉に地面へ叩きつけられる。


 静寂が、戦場を支配した。


「……あ? おい、動けよ……。冗談だろ? 今は、今だけは動けよッ!!」


 狗道が狂ったようにガントレットを叩くが、数億円を投じたパワードスーツは、今やただの『動かない鉄屑』に過ぎなかった。


 禁忌の薬で膨れ上がった肉体を、冷えた装甲が締め付ける。彼は自らが纏っていた力に閉じ込められた、無様な囚人へと成り下がった。


 その静寂を切り裂いて、天から一筋の漆黒が降り立った。


 着地の衝撃で、地面が大きく陥没する。


 舞い上がる煙の中から現れたのは、深紅の単眼モノアイを不気味に発光させた、漆黒の騎士。


 『最終装備:ニュクス・レクイエム』を全身に纏った、支倉悠凛。


「……幕引きだ、ヘヴィ・レイン」


 変声機を通したその声は、もはや人間のそれではなく、死神が宣告する審判のようだった。


 彼女の背中からは、神経接続された漆黒の放熱フィンが翼のように広がり、過剰なエネルギーを紫色の火花として散らしている。


『……坊ちゃま、心拍数、正常。お掃除の準備は整いました』


 インカム越しに届くセレスのささやきは、どこまでも甘く、そして残酷だった。


『全権限は貴女の手に。……さあ、偽りの英雄に「本物の地獄」を見せてあげましょう』


 悠凛はゆっくりと、動けない狗道に向かって歩みを進める。


 一歩、踏み出すごとに、狗道の顔からは血の気が引いていく。


 彼が自分の命だと思い込んでいた『力』を奪い、彼が自分を支配していると思い込んでいた『システム』で彼を縛り上げる。


「や、やめろ……来ないでくれ……! 俺が悪かった! 誰だか知らんが、謝れというなら謝る! 金だって用意する!」

「……謝罪? 金? そんなものは必要ない」


 悠凛は右手をかざす。パワードスーツの手のひらから、超高密度のエネルギーがチャージされる音が響いた。


「……お前は、これから『死よりも苦しい真実』を味わうことになる」


 戦場に赤色システム・オール・レッドが点滅する中、真の『処刑』が幕を開けた。

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