第14話:所有者の「罰」と「手当て」
地下基地の医務室は、無機質な消毒液の匂いと、精密機器が発する低い電子音に支配されていた。
手術台の上に横たえられた悠凛は、既に『黒い騎士』の鎧を剥ぎ取られ、血と硝煙に汚れた薄いアンダーウェア一枚の姿になっていた。
「……あ、ぐ……っ」
呼吸をするたびに、折れた肋骨が肺を突き刺すような激痛を走らせる。
その傍らで、セレスは無表情に外科用手袋を嵌め、医療用レーザーと縫合器具を準備していた。
「セレス……早く麻酔、を……」
「そんなもの貴女には必要ありません」
セレスの声は、いつもの艶やかさを失い、凍てつくほどに冷たかった。
彼女は悠凛の脇腹に触れる。その指先は優しく撫でるようでありながら、わざと負傷箇所を圧迫するように力が込められていた。
「が、はっ……!? せ、レス……っ!」
「痛みますか? 当然です。……貴女が、あんな子供一人のために、私の大事な体を差し出した代償ですもの」
「あんな、じゃない……どんな命も……等しく、救うべき価値が……」
セレスは悠凛の抗議を無視し、折れた骨の位置を矯正するために、躊躇なくその白い肌を強く押し込んだ。
バキ、という鈍い音と共に、悠凛の視界が火花を散らす。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
「叫んでください。そうやって痛みを、貴女の脳に刻み込んでくださいね。……貴女が自分を粗末に扱うたびに、私がどれほど気が狂いそうな絶望を味わうか。それを欠片でも理解していただくために」
セレスの瞳は、狂気にも似た情熱で濁っていた。
彼女は震える悠凛の体を、自由を奪うように拘束帯で固定する。
麻酔のない処置。皮膚を焼き、肉を縫い合わせる感覚が、ダイレクトに悠凛の神経を蹂躙した。
悠凛は、苦痛にのたうち回ることも許されず、ただセレスの冷徹な手捌きを受け入れるしかない。
だが、痛みが頂点に達した時、悠凛の目から溢れた涙を、セレスは陶酔したような表情で舌ですくい取った。
「酷い顔。……でも、最高に愛らしいです」
セレスは処置の手を止め、激しく喘ぐ悠凛の顔を両手で挟み込んだ。
汗で張り付いた前髪を払い、逃げ場を塞ぐ。
「何度も言わせないでくださいね、悠凛様。……貴女の命は、もう貴女だけのものではないと言ったはずです」
「あ、……ぁ……」
「貴女を動かす資金も、その体を作る食事も、傷を癒やす医術も……全て私が管理しています。貴女をこの世に繋ぎ止めているのは、神でも悪魔でもなく、この私なんですよ」
セレスは微笑むと、宣告するように唇を重ねた。
それは、慰めなどではない。
肺に残ったわずかな酸素さえも奪い尽くそうとする、暴力的で、支配的な口づけだ。
折れた肋骨の痛みが、セレスの舌の熱さと混ざり合い、悠凛の意識を混濁させる。
「ん、む……ぅ、んんっ!」
痛い。苦しい。
けれど、それ以上に、自分を所有しようとするセレスの重すぎる愛が、冷え切った悠凛の心に熱を注ぎ込んでいく。
長い接吻のあと、銀の糸を引いて唇が離れる。
セレスは、ぐったりと力なく横たわる悠凛の胸元――ちょうど、肋骨の痣の上に、指先で深く爪跡を立てた。
「この痛みも、傷も、全て私のものです。……他の誰かのために、勝手に傷つくことは二度と許しませんよ」
セレスの瞳に、ようやくわずかな慈愛が戻る。
彼女は悠凛の額に優しく口づけを落とし、まるで壊れ物を包むように包帯を巻き始めた。
「分かったわ、セレス。……ごめんなさい」
悠凛は、微かな声で漏らした。
痛みが引いていくのと同時に、悠凛の心には『自分は彼女のものなのだ』という、抗いがたい安堵感が広がっていく。
肋骨の痛みは、消えない。
だがそれは、今この瞬間、二人が共犯者として地獄を歩んでいることを証明する、何よりも甘美な愛の刻印となった。
「さあ、夜明けまでお休みください、私の騎士様。……夢の中でも、私の名前だけを呼んでいてくださいね」
セレスの囁きを聞きながら、悠凛は深い、深い、闇の底へと沈んでいった。




