08.面倒くさくて、かわいくて、たまに頼れる先輩
俺、坂木世菜が風呂から出てスマホを見ると、一通のメッセージが届いていた。
須藤部長からで、珍しく園芸部のグループを介さない連絡だった。
『花菜が直接連絡したいって言ってるけど、だいじょぶ?』
……なんだろう。
夕方のことを思い出した。
部活に行ったら、ナンパされて不機嫌になっていた、かわいい女の子。
その話を聞いた部長から、
「悪いけど、また絡まれないように側にいてやって。ああいう手合いって逆ギレしてくるし」
なんて頼まれたけど、そんなの言われるまでもない。
そのあと部長の予想どおりに逆ギレされて、あまりに酷いことを言われていたからついかばったら、花菜ちゃんはぽかんとしていた。
口説くつもりなんか本当になくて、ただ君に嫌な思いをしてほしくないだけだった。
ともかく、部長に「大丈夫です」と返しておく。
というか、部長を通さなくても直接送ってきてくれてよかったのに。
つまらないような気もするし、その律儀さがかわいいような気もする。
そんなことを考えてたら、またスマホが震えた。
表示されたのは「kana」という名前と、チョコレートの家のアイコン。
唾を飲み込んでタップすると、
『うまく文章にできないから、通話でもいいですか?』
と、挨拶もなにもなく送られてきていた。
「俺からかける」
と送って、既読がついたのを確認してから電話マークをタップする。
ワンコールもせずに、つながった。
「もしもし、世菜です」
『あ、先輩。今大丈夫です?』
耳元で花菜ちゃんの声がして、喉が詰まった。声が上ずらないように、ゆっくり口を開く。
「大丈夫。風呂から出たとこだから」
『よかった。私もです。あのね、もしかして先輩、私を家まで送れって藤也に言われた?』
「言われてない。俺が花菜ちゃんのことが心配だったから、送った」
つい即答したけど、キモくなかったかな。
花菜ちゃんは名前で呼んでいいときとダメなときがあるから、ときどき間違えてウザがられる。
『そっかあ。ありがとう、先輩』
今は大丈夫だったらしい。
俺も名前で呼んでほしいな。先輩ってつけなくてもいいのに。
『あとねえ、言うの忘れてたんですけど、さっきかばってくれてありがとうございました。そういうのね、されたことないから驚いちゃって、言えてなかった』
「ううん。俺が嫌だっただけだから」
『そう?』
「そう。花菜ちゃんが酷いことを言われたり、嫌な気持ちになったりするのが、俺は嫌なんだよ」
『それ、さっきも言ってましたね』
……そうだった。それで「何さらっと口説いてるんですか」って言われたんだ。
「ごめん。でも本心だよ」
『別に謝らなくていいです。守ってもらったのに、お礼を言ってなかったのを思い出したから電話したんです。えっと、なんだっけな。夜分に失礼しました』
棒読みの挨拶に、吹き出しそうになる。
「大丈夫、おやすみなさい、花菜ちゃん。また明日」
『はい、おやすみなさい。また明日、世菜先輩』
電話が切れた。
おやすみなさいって言ったけど、ドキドキしすぎて、しばらくは眠れなさそうだった。
――正直に言えば、俺は彼女のことを三年前から知っていた。
といっても、名前と存在だけだけど。
俺が中学二年生のとき、授業の一環で職場体験があって、そのときから園芸に興味があったから、花菜ちゃんの実家である由紀農園に一週間行かせてもらった。
花菜ちゃんのお父さんである由紀さんは、大きくて顔も怖かったけど、丁寧で親切な人で、いろいろ教えてくれた。夕方になると、花菜ちゃんと弟さんが学校から帰ってきて、由紀さんの周りをうろうろしながら手伝っていて、しっかりしているんだなと遠くから見て思ったことを覚えている。
由紀さんが呼んでいたから名前は知っていたけど、夕方には帰る俺とは入れ違いで、遠くから見ただけだったから顔までは知らなかった。
俺が高校二年生になって園芸部に一年生が入ってきたときも、騒がしかったのと俺は後ろのほうにいたから、部長がまた女の子を連れてきた、くらいにしか思っていなかった。
だから、裏門に彼女が現れて名乗ったときは、本当にびっくりしたんだ。
あ、あのときの女の子だって。
その子が俺の隣にいてくれることも、一緒に花の世話ができることも、嬉しくて仕方がない。
丁寧な手つきも、真剣な眼差しも由紀さんにそっくりで、かっこよくてかわいくて、誰よりも輝いて見える。
だからこそ、その輝きが誰かに曇らされるのが、本当に嫌だった。
俺が勇気を出す理由なんて、本当にそれだけだったんだ。
***
翌日、帰りのホームルームを終えて桃と教室を出ると、世菜先輩が立っていた。
「え、先輩。何してるの」
「一緒に部活行こうかと思って待ってた」
「いや、だからなんで?」
「俺が由紀さんと行きたかったから」
「えー?」
隣にいた桃がニヤッと笑った。
桃は、休み時間に昨日のことを話してから、
「王子様じゃん!!」
と、世菜先輩のことをやけに褒めるようになったから、きっと今もそんなことを考えているんだろう。
「桃、部活行ってくる」
「うんうん、行っておいで。そんで明日、詳しく聞かせてねえ!」
「うっさいな、もー。また明日」
「うん、また明日」
桃は満面の笑みで手を振った。
私は先輩の顔を見ないまま歩き出した。
「もー」
「ごめん」
「謝らなくていいですけど、来るなら来るって連絡してくださいよ」
そう言うと先輩はきょとんとした。
「連絡していいんだ?」
「いいですよ。昨日だって電話したじゃないですか」
「そっか。朝晩おはようとおやすみ送っていい?」
「鬱陶しいからダメです」
そう言うと先輩はしょんぼりした顔になった。
冗談かと思ったけど、本気だったのかな。
「そんなのしなくたって、朝晩会ってるじゃないですか」
「うん、そうだね」
そのまま一緒に中庭に行って、ホースとじょうろを持って裏門に向かった。
苗を植えて一週間ほどだけど、そろそろ脇芽を取ったり、雑草を抜いたほうがいいかも。
水やりを終えて世菜先輩のところに行くと、しゃがんで花壇に手を突っ込んでいた。
「あ、由紀さん。そろそろ脇芽を取りたいんだけど」
「ふふ、私も同じこと思ってました。先に水やりを終わらせて、ゴミ袋取りに行きましょうか」
「うん、そうしよっか」
先輩の水やりを手伝ってから一緒に中庭に向かうと、藤也が花壇の前にしゃがんで唸っていた。
「藤也、どうしたの」
「いやさー、この前植えたのが根腐れしちゃって」
「あらら」
世菜先輩がゴミ袋と軍手、鋏を持ってきてくれたので、半分受け取って、また裏門に戻る。
その途中で、先輩は私をのぞき込んだ。
「部長、どうしたの?」
「この前植えた花が根腐れしちゃったんだって」
「手伝う?」
「ううん。藤也なら、放っておいても大丈夫」
世菜先輩は一瞬黙ってから、遠くを見て呟いた。
「……信用してるんだね」
「信頼してる。藤也なら、任せられる。……行こうよ先輩」
またこの人は、面倒なことを考えてるんだろうな。
というか、この先輩は基本的にめんどくさい人だって、関わって一ヶ月で私は気づいた。
めんどくさいけど、かわいいし、たまに頼れることも、この一ヶ月でわかった。
「俺は、信頼できない?」
「信頼できるほどの付き合いがない。信頼してほしいなら、もっと一緒に頑張ろう。私も先輩のこと、信頼したいから。目を離してても大丈夫になって」
「……目、離さないで」
「そういうこと言ってるうちは信用できないんだけど」
「困ったなあ。花菜ちゃんに信用される男になりたいけど、目を離されるのは寂しい」
裏門で一緒に脇芽を取ったり、雑草を取ったりする。
そういうときの手つきは的確だし信用してるんだけど、なんとなくそれを言うのは癪だから、違うことを言う。
「先輩、家どこですか?」
「いきなり何?」
「昨日、わざわざ送ってくれたでしょ。遠かったら悪いから」
「そんなに遠くないよ」
「そう? でも無理しないでください。そういうの、続かないから」
「本当にそんなに遠くないから大丈夫。よし、こんなもんかな。由紀さん、他に気になるところある?」
「大丈夫です。片付けましょうか」
先輩は軍手を取って、汗をぬぐった。よく見たら先輩の首にかかっているタオルが、私が前にあげた由紀農園のタオルだ。ついニヤッとしてしまう。
散らばった雑草をゴミ袋にまとめて、二人でもう一度花壇を確認したら、今日はおしまい。
ゴミを捨ててから中庭に戻ったら、藤也が苗の植え直しの指示を出していた。
「間隔詰め過ぎた。あと、畝をもう少し高くしてみる」
「いいんじゃない?」
「世菜、そっちの花壇は問題なし?」
藤也が、倉庫の片付けをしていた世菜先輩の方を見た。
先輩は倉庫から顔を出して穏やかに笑って頷いた。
「はい、由紀さんがちゃんと見てくれてますから」
「何言ってんだよ」
藤也は笑って肩をすくめた。
「俺は、裏門の花壇は全部、世菜に任せてるんだ。花菜にじゃない」
世菜先輩がわかりやすく照れた顔になって、やっぱりこの人はかわいいし、頼れる先輩だと思う。
今回のポイントは花菜の「そう? でも無理しないでください。そういうの、続かないから」です。
「先輩とは(関係を)続けたいから、無理しないでね」と言えない(自覚してない)お年頃です。
***
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