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04.先輩だってキラキラした瞳をしているのに

 四月末、ゴールデンウィークに入ったけど、私はいつもどおり早起きしていた。


「おはよ、ママ。パパはまだ市場から帰ってないよね」

「おはよう。まだです。あと一時間はかかるんじゃないかな」

「じゃあ、朝ごはん前に水やりしてくる。柚希ゆずきは?」

「パパと市場。おじいちゃんも一緒に行ってる」

「わかった。行ってきます」


 ママに見送られて畑に向かった。

 まずは畑の間を見て回って、土が乾いていないか確認していく。乾いていたらホースを引っ張ってきて水をまく。

 次に温室も見て回って、水やりや、具合の悪そうな花があったらタブレットで写真を撮って記録しておくと、後でパパかおじいちゃんが確認してくれる。

 そこまでやったら朝ごはんを食べて、家を出ると、ちょうどおじいちゃんが戻ってきた。


「おじいちゃん、おかえりー」

「ただいま。花菜かなは休みだってのに、今から学校か?」

「そだよ。畑の水やりは一通りしておいた。あと、二番目の温室のカーネーション、花弁がふにゃってなってた。あとね」


 一通り報告するとおじいちゃんは頷いた。


「わかった。確認する。……花菜は頼もしいなあ」

「そりゃそうだよ。パパの娘だもん」


 そう言うと、おじいちゃんは肩をすくめて苦笑した。


「あいつが高校生のときはやりたい放題してたけどな。まあ、畑のことはそれなりにしてくれてたけど」

「そうなの?」

「うん。みおさんのおかげでだいぶ落ち着いたな。俺もばあさんも澪さんには頭が上がらんよ」

「パパもじゃない? ……私と柚希もだけど」

「違えねえや」


 笑い出したおじいちゃんに手を振って、自転車に乗って、のんびり学校に向かった。



 中庭に行くと藤也が倉庫から用具を出していた。


藤也とうやー、桔花きっか蓮乃はすの、おはよー」

「花菜だ、おはよ」「おはよー」

「おはよ。世菜せなが来るまで手伝え」

「いいよ、何してんの?」

「倉庫の掃除するから、中身全部出すんだよ。出して種類ごとに並べてくれ。桔花と蓮乃で数えてメモしてるから」

「わかった」


 藤也から受け取って、蓮乃と一緒に並べていく。桔花が数えてメモしていく。

 他の部員が来て持っていった分も、わからなくならないようにメモしていたら、世菜先輩も来た。


「おはようございます、部長。須藤さん、由紀さんも」

「はよざいまーす」「まーす」

「世菜先輩来た! 藤也、私行くねー」

「おう、おはよう世菜。二人とも行ってらっしゃい」


 ホースを二つもらって、世菜先輩と一緒に裏門に向かった。


「部長たちと何してたの?」

「倉庫の掃除と道具の棚卸です。たぶん水やり終わってもやってるだろうから、手伝おう」

「うん……由紀ゆきさん、部長たちと仲良いよな」

「従兄妹だもん。それに親が同業だからね、従兄妹っていうより幼馴染みたいな感じ」

「ふうん。あんなすごい従兄がいたら、俺ならコンプレックスになっちゃうな」


 やけに卑屈な言い方をするから、ちょっと驚いた。

 世菜先輩はおっとりしてるから、そういう感情があるなんて思ってなかったな。ちょっと言葉を選ぶ。


「藤也より、藤也のお父さんのほうがかっこいいからね。藤也はそれに反発して、頑張って今のすごい藤也になったんだよ」


 別に藤也だって、最初から勉強ができたわけでも、感じがよかったわけでもない。

 他人が結果だけ見て僻むのは感じが悪いし、世菜先輩にそんなこと言ってほしくなかった。


「……ごめん」

「私に謝らなくていい」


 裏門に着いたから、ホースを置いて蛇口に繋げた。

 門の左右に分かれる前に、私は世菜先輩の顔を見上げた。


「先輩」

「……うん」

「先輩は、藤也のどういうとこがすごいと思う?」

「えっ……えっと、堂々としてるとことか」

「うん。あとは?」

「いつも人に囲まれてて、かっこよくて」

「うん」

「成績がよくて、何を聞いても笑顔で教えてくれて」

「うん」


 私は先輩の話に相槌を打ちながら聞いた。

 世菜先輩が羨ましがってるそれは、どれもこれも、藤也が頑張って手に入れたものばかりだ。

 もちろん藤也一人だけじゃなくて、両親の藤乃ふじのくんや花音かのんさん、彼女さんがいたからっていうのもあるけど。


「……ごめん、俺、こんなんで」


 言い終えた世菜先輩は、しょんぼりした顔で俯いた。


「私に謝らなくていい」


 さっき言ったことを繰り返した。


「謝らなくていいけど、卑屈になってほしくないな。誰もが藤也みたいになれるわけじゃないし」

「……うん」

「別にいいでしょ。みんながみんな、あんなキザにならなくたって。世菜先輩だって、こんなにかわいいんだし」


 手を伸ばして、先輩の目にかかった髪をよけた。

 見た目よりも硬い髪をどかすと、垂れ気味の明るい茶色の瞳に日があたって、キラキラして見えた。


「花菜ちゃんの方がかわいいよ」

「あんまり言われたことないな。頼もしいとか、かっこいいとは言われるけど」

「もちろん、そうなんだけど」


 先輩の眉間にシワが寄った。

 罠にかかったタヌキみたいな顔をしてる。


「ねえ、先輩。さっさと水やりしちゃおうよ。その後、倉庫の片付けを手伝って、そのかっこいい部長に恩を売っておこう」

「……そだね」

「そんで、お礼にアイス奢ってもらおう。そうしよう。私、いちご味が好き」

「俺も、好き」

「ね」


 やっと笑ってくれた世菜先輩にホースを渡して、私も水を撒いた。

 ゴールデンウィークの眩しい日差しの下で、水がキラキラしながら花壇に散っていく。途中で虹を作ったり、ホースを潰して水鉄砲みたいにしたりしながら、水やりを終えた。


 世菜先輩と二人で中庭に戻って、倉庫の片付けを手伝った。

 といっても、他にも手伝いたがる人がいっぱいいたから、私は適当に切り上げさせてもらう。


「藤也、私先に帰るね。手伝ったから、今度アイスおごって」

「おう、お疲れ。世菜におごってもらえ」

「なんでよ。まあいいや、また明日ね。世菜先輩はもうちょい手伝っていきます?」

「うん。この後用事もないし、女の子ばっかだから力仕事していこうかな」


 そういうことを当たり前みたいに言える時点で、世菜先輩は全然『こんなん』なんかじゃないと思うんだけど。

 でもそれをこの人にどう伝えればいいのか分からないから、もう一度先輩の前髪に手を伸ばした。


「よしよし、いります?」

「な、なんでだよ。いらな……くもないけど、今はいいや」

「そう。じゃあ、世菜先輩もまた明日」


 近くにいた桔花と蓮乃や、他の部員にも声をかけて先に帰った。


***


「世菜」

「なんですか、部長」


 由紀さんの背中を見送っていたら、部長に声をかけられた。


「花菜、どう?」


 どうってなんだ……どうもこうもない。


 卑屈になりがちで、自信のない俺の背中を叩いてくれる、しっかりした女の子だ。

 顔はすれ違ったら振り返っちゃうくらいきれいなのに、話し出すと男前で『引かぬ、媚びぬ、顧みぬ』みたいな女の子。

 かっこよくて、まぶしくて、つい甘えたくなるけど、あんまりかっこ悪いところを見せると、たぶんあの子は俺のことなんてすぐに見限ってしまうんだろう。


 そんな重くてぐちゃぐちゃしたことを、部長に言いたくないから、結局俺は無難な言葉で誤魔化した。


「……しっかりした子だと思います」

「あいつ、俺様だし、好き勝手やっちゃうけど、世菜は迷惑してない?」

「そんなこと、絶対にないです。俺、由紀さんに好き勝手されたことなんてないですよ」


 そう言うと、部長は切れ長の瞳を丸くした。


「マジ?」

「え、はい。ないです。何かするときは、必ず聞いてくれますし」

「そうなんだ」


 部長はなぜか嬉しそうな顔になった。


「じゃあ、ゴールデンウィーク明け以降の花菜の担当、世菜と同じ裏門でいい?」

「俺はいいですけど、由紀さんに聞かなくていいんですか?」

「だいじょーぶ。花菜はずいぶん世菜に懐いてるから」

「懐いてますか……?」

「俺にはそう見える。あいつは、はっきりしてるから好きじゃない相手と一緒に花の世話なんかしない」

「……そうですか。はい、わかりました」

「よろしくね」


 部長はきれいな顔でニコッと笑って、スマホを取り出した。


 ……部長があの子のことをわかったように言うのはあんまり嬉しくない。

 それでも、あの子のことをよくわかっている部長が「花菜はずいぶん世菜に懐いてるから」と言ったことはすごく嬉しくて、やっぱり俺はぐちゃぐちゃだ。

 だから、黙ったまま頷いて、片付けの手伝いに加わった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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