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03.先輩の泣きそうなくしゃっとした顔が、かわいくなくもない

 四月の終わり頃、部活の前に部長の藤也とうやが一枚の紙を取り出した。

 遠目に見ると、予定表みたいだった。


「ゴールデンウィーク中の水やり当番を決めるから、各自大丈夫な日に丸をつけておいて。一年生はどっちでもいいけど、うちの部の雰囲気に慣れるためにも、一日は参加してくれると嬉しい。用事があれば、そっちを優先して大丈夫」


 藤也はゴールデンウィーク中の部活内容をざっと説明して、予定表を倉庫の扉にマグネットで貼り付けた。

 私も世菜せな先輩と用具を取りに行くついでに、丸をつけた。


花菜かなは全日いけるんだ? 瑞希みずきさんの手伝いがあるだろ?」

「あるけど、朝と夕方だけやればいいし、弟もいるから大丈夫だよ。部活は午前中だけなんでしょ。むしろ藤也のほうが忙しいんじゃないの?」


 予定表を見ると、藤也も全日に丸がついていた。

 部長だから出ないといけないのかもしれないけど、母の日前の花屋さんは毎年戦争状態のはずだ。

 パパもヒーヒー言いながら、毎年カーネーションを運んでるし、私と弟の柚希ゆずきもゴールデンウィーク中は延々とカーネーションの収穫を手伝わされていた。

 今年もそろそろカーネーションの出荷量が増えてきている。


「まあ、家はめちゃくちゃ忙しいけどさ。こっちも朝の家事と午後のバイトだけすればいいって言われてるんだ。店はばあさんと親父が出ずっぱりになるから、俺はじいさんと一緒に剪定がメインだしね」

「ふうん。私は藤也の作るブーケも好きだけどな」

「言ってくれれば作るけど。従兄妹価格で」

「必要な花はうちから卸すよ。従兄妹価格で」


 軽口を叩いている間に、世菜先輩が予定表を書き終えたので、覗き込んだ。


「世菜先輩も毎日いるんですね」

「うん。他に予定もないしね」

「助かるわ。他の連中の予定にもよるけど、世菜と花菜でセットでいい? 花菜も懐いていることだし」

「俺は構いませんよ。由紀ゆきさん、頼もしいから」

「別にいいけど、懐いてるって言うな。世菜先輩、目を離すと転んだり壊したりしそうだから心配なんです」


 私が言うと、世菜先輩は垂れた目を嬉しそうに細めて私を見た。


「花菜ちゃん、俺の心配してくれるんだ?」

「坂木先輩、私の視界に入らないでもらえますか。心配したくないんで」

「ごめんよ」


 なんかイラッとしたから、冷たい声を出して一歩離れたら、世菜先輩は一瞬で悲しい顔になってしまった。

 それはそれでイラつくから、藤也のほうに顔を向けた。


「藤也、ゴールデンウィークの予定っていつ決まるの?」

「来週中には出すよ。決まったら園芸部のグループトークのアルバムに写真を入れるから、確認しておいて」

「わかった。世菜先輩、行きましょう。裏門を出たところの桜に虫がついていたから、取らなきゃ」

「うん。部長、失礼します」

「はい、二人とも行ってらっしゃい」


 ひらひらと手を振る藤也に、同じように手を振り返して歩き出した。

 世菜先輩もついてきて、私を覗き込んだ。


「怒ってる?」

「怒ってないです。呆れてます」

「そっちのほうが嫌だ。ごめん」

「別にいいですけど、今後は止めてください」

「ううん、ごめん。嬉しくてつい、余計なことを言った」


 見上げた世菜先輩は、タヌキみたいな丸顔を悲しそうにくしゃっとさせていて、先輩の威厳なんかゼロだし、全然かっこよくないし、情けなくて仕方ないけど、まあ、かわいいから許そう。


「いいよ。行きましょう」

「うん」


 先輩から目を逸らしてそっけなく言ったつもりだったけど、返ってきた短い返事はやたらと嬉しそうで、調子が狂う。



 いつもどおり裏門まで行って、水やりをしてから外に出た。ずらりと並んだ桜並木はもうすっかり散ってしまって、代わりに青葉が出てきていた。

 そしてその中には、毛虫もそこそこ湧いていた。


「うーん、冬の剪定が足りてなかったんですかね」

「そうかも。あと、今年の冬の薬剤散布が人手不足で、樹の上の方まで撒けてないんだ」

「じゃあ、次の冬はしっかり撒かないとですね。ともかく、今湧いている分を駆除しましょう」


 私と先輩は軍手をしてトングを構えた。

 それぞれ、洗剤を薄めたバケツを足元に置いて、毛虫を放り込んでいく。


「由紀さん、手慣れてるねえ」

「そりゃそうですよ。ずっとパパの手伝いをしてますもの」

「……そのままお家を継ぐ予定?」

「そうできたらいいなって思いますけどね」

「そっかあ」


 世菜先輩はなぜかため息をついた。


「進路、悩んでるんですか?」

「うーん、ちょっと。ゴールデンウィーク明けに進路希望出さないといけないんだ」

「え、早っ」


 あと一年したら、私もそういうのを考えないといけないってこと?

 早いでしょ……。

 藤也はC大の園芸学部に推薦で行くって言ってた。そのために園芸部で部長をしているし、成績も学年で一、二位を維持してるのだと聞いていた。

 まあ、成績はお父さんの藤乃ふじのくんから、


「あれだけ反抗期に暴れといて、俺より成績悪いのウケる」


 って煽られて意地張ってるのもあるけど。

 うちの学校は進学校だから、基本的にみんな進学する。

 OBの藤乃くんもC大の園芸学部に進学したと聞いていた。

 うちのパパもOBだけど、家業を継ぐから進学はしなかったらしい。

 桔花きっか蓮乃はすのはどうするんだろう。

 まあ、須藤すどうさん家なら、仕事はいくらでもありそうだけど。


「……私はどうしよう」

「ねえ。俺もちゃんと考えないといけないけど……」

「悩みますよね……。あ、でも世菜先輩がどうしても働き口がなかったら、うちで雇ってあげます」

「そう? じゃあ、困ってたら助けて」

「私厳しいですよ」

「知ってる」


 バケツがいっぱいになってきたから、交換しに中庭へ戻った。

 中庭では、倉庫の前で藤也が部員の予定を集計していて、他の先輩や一年生が雑草を抜いたり、枯れた花をむしったりしていた。


「あ、花菜。ゴールデンウィークの最終日のことって、瑞希さんに聞いてる?」

「聞いてない。何?」

「ゴールデンウィーク明けに花壇の花の入れ替えをするから、連休の最終日に苗を持ってきてもらうように依頼してるんだ。時間を聞いておきたかったんだけど」

「ちょっと待ってね。パパに確認する。世菜先輩、先に戻っててもらっていいですか?」

「わかった」

「あ、待って。バケツは一個でいいから! 絶対に転ぶから!」


 私の分のバケツも持っていこうとする先輩を止めていたら、藤也が笑って、代わりに運びに行ってくれた。

 急いでスマホを出してパパに電話をかける。


『へいへい、学校に持ってく苗? ちょっと待て。えっと……昼一に持ってく予定になってる』

「わかった、ありがと。藤也……部長に伝えておきます」

『何それっぽい言い方に変えてんだよ。つーか藤也が直接俺に電話かけてくればいいだろ』

「藤也にそう言っておく。じゃあ、ありがとねー」

『おう。遅くならないうちに帰れよ。暗くなるようだったら迎えに行くから』

「大丈夫だって」


 電話を切ったら、ちょうど藤也が戻ってきたから、パパとの会話を伝えた。


「午後か……その日は家を休ませてもらおうかなあ」

「パパに早めてもらおうか?」

「んー、でもその時期、瑞希さんが忙しいのは分かってるから、無理は言いたくねえんだよな。うん、じゃあ桔花と蓮乃をその日、部活なしにして家のほうに行ってもらおう。花菜は悪いけど、もし大丈夫ならこの日は一日いてくれると助かる」

「わかった。パパとおじいちゃんと相談しておくね」


 相談と言っても柚希に押し付けるだけなんだけど。

 スマホをポケットに入れて、裏庭に走って戻ると、世菜先輩が黙々と作業していた。


「先輩、ごめんなさい、任せちゃって」

「ううん。苗の搬入の話だろ?」

「先輩はゴールデンウィーク最後の日、一日いる?」

「予定表に丸はつけた」

「私も最終日は一日いるから、先輩も運ぶのを手伝ってね」

「……うん。一緒にやるよ」


 先輩と並んで桜にくっついた毛虫を取っていく。

 今日一日じゃ終わらなそうだ。明日……明後日くらいまでかかるかな。


「世菜先輩」

「なあに、花菜ちゃん」

「冬の薬を撒くの、頑張りましょう」

「なに、いきなり」

「毛虫取りに三日はかかりそうだなって思ったら、うんざりしてきました」

「他のとこの手伝い行ってていいよ」

「ここまでやったんですから、最後まで一緒にやりますよ」


 つい言い返したら、世菜先輩が嬉しそうに目を細めていて、何か言わされた気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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