02.とにもかくにも鈍くさい人だ
翌日、学校に行くと藤也が校舎の周りの花壇に水やりをしていた。
「おはよ、藤也。園芸部って朝もあるの?」
「花菜、おはよう。あるけど、一年生はまだ仮入部期間だし、分担決めてないから来なくていいよ。ゴールデンウィーク明けに植え替えするから、それまでに分担決めとくわ」
「わかった。放課後は昨日と同じで中庭に行けばいいんだよね?」
「うん」
藤也と別れて昇降口に向かおうとした。
でも、ふと昨日のことを思い出して、そのまま裏門へ向かった。
「やっぱりいた」
予想通り、世菜先輩の丸まった背中が見えた。
でも今日はちゃんとホースは巻いてあった。スコップは転がっているけど。
「世菜先輩」
覗き込んだら、先輩が顔を上げてふわっと微笑んだ。
「由紀さん、おはよう。あれ、一年生って朝の水やりに参加してたっけ?」
「いえ、まだです。学校に来たら藤也が水やりをしていたので、チューリップのことを思い出して見に来ました」
「そっか。ありがと、気にかけてくれて」
「別に先輩のことを気にかけたわけじゃないですけど」
先輩の隣にしゃがみ込んで花壇を覗いた。
確かにチューリップの花びらがしわしわになっていて、茎にも同じようにしわが寄っていた。
「これは、もう時期が終わりなんですね」
「もうダメかな」
「茎と花を早めに除いて、葉っぱが枯れたら球根を掘り上げれば、また来年植えられますよ」
「そうなの? じゃあ……」
先輩が手を動かしてスコップを探した。
「先輩」
「ん?」
無邪気に私を見る先輩に、ため息が出た。
本当に鈍くさいな、この人。
「そろそろホームルーム始まります」
「えっ」
先輩はスマホを見て、目を丸くした。
「本当だ、やばい、片付けなきゃ」
「手伝います」
「でも」
「先輩、危なっかしいから、一緒に片付けます」
「そんなことないよ。これでも先輩だし」
世菜先輩は笑って立ち上がって……スコップを踏んづけて転びかけた。急いで手を伸ばして、先輩の腰を支える。
「鈍くさいな、もう」
「……あ、ありがと。由紀さん、なんか王子様みたいだね」
「何言ってるんですか。ほら、自分で立って」
なぜか嬉しそうな世菜先輩を立たせてから、私はスコップを拾った。ホースも持とうとしたら、先輩に先に取られた。
「さすがに後輩の女の子に何もかもは持たせられないよ」
「じゃあ転ばないでください」
「うん、気をつける」
先輩と一緒に中庭の倉庫に戻ると、藤也とほかの先輩たちが片付けをしていた。
「あれ、花菜、世菜と一緒だったんだ」
「うん。チューリップ気になったから」
「ふうん。世菜、こいつどう?」
「しっかりしてますね」
「そう見えた? そっか」
藤也は頷いて、ホースとスコップを受け取って片付けた。
「二人ともお疲れ様。また放課後に」
「うん、またね。世菜先輩は転ばないでください」
「お先です。転ばないよ。由紀さんは心配性だな」
私は二人に手を振って、昇降口へ走って向かった。
「昨日、どうだった?」
「何だっけ……?」
休み時間、隣の席の桃がこちらに身を乗り出してきた。
「園芸部! 須藤部長、どうだった?」
「どうもこうもないよ。いつもどおり、キザでかっこつけで、面倒見がよかった」
「そんで顔面偏差値バカ高くて、たしか成績もいいんだよね? 優良物件じゃん」
「売約済みだけどね。成績はどこで聞いたのさ。いいみたいだけど」
「売られる予定ある?」
「ないと思うよ」
結局成績については、隣のクラスに桃の中学の同級生がいて、その子の友達のお姉ちゃんが藤也と同じクラスで……みたいな又聞きらしい。
モテるとそんな情報まで共有されちゃうんだ……怖い。
ちなみに、成績は本当にいい。
高校一年生の終わりから、学年一位か二位を維持しているって聞いている。
藤也の彼女さんや桔花と蓮乃と、中学の時から試験前は一緒に勉強を教わっていたことは黙っておこう。
「花菜はそんなイケメンと一緒にいて、好きにならんの?」
「ならなかったな。藤也より、藤也のお父さんと私のパパのほうがかっこいいもん」
「出た、ファザコン。え、須藤先輩ってお父さんもかっこいいんだ?」
「かっこいいよ」
藤也のお父さんの藤乃くんも、藤也そっくりの背の高いイケメンだ。それで藤也より穏やかで物腰が柔らかくて、ちょっと好きにならないのは無理。でもやっぱり藤也と同じで奥さんを溺愛している。
奥さん……藤也のお母さんの花音さんは、背の高いキリッとした美人さんで、桔花と蓮乃は花音さんに似たかっこいい系の美人になった。
花音さんの兄の瑞希が、私のパパだ。花音さんと同じようにキリッとした顔のイケオジで、ずっと畑で働いているからムキムキのマッチョ体型だ。私はママ似で、ママはいわゆる正統派の美人。パパと違って、風が吹いたら折れそうな華奢な人で、そんなママをパパは溺愛している。
藤乃くんもパパもかっこいいのに、奥さんをすごく大事にしている。
ママもパパが大好きで、私がファザコン気味なのも、ママがパパを尊敬していて、世界一かっこいい人だと思っているのを、私や弟の前でも隠さないからだ。
「すごいな、イケメン遺伝子」
「ほんとにねえ」
「従兄妹なんだから、花菜にもイケメン遺伝子入ってるんでしょ? 似てないけど」
「そのはずだけどねえ」
見た目はママ似だからなあ。
性格は藤乃くんと藤也いわく、「瑞希そのもの」らしいけど。
「どっかにいないかな、藤也やパパよりかっこよくて、たくましくて頼りがいがある男」
「いないんじゃないかな……」
桃は呆れたように笑った。
放課後、私は世菜先輩と裏門の水やりに行った。
「世菜先輩、ホースも私が持ちますよ」
「だめ、俺が持つよ。後輩の女の子に荷物を持たせるなんてかっこ悪いでしょ」
「すっ転ばれるほうがかっこ悪いです。先輩、そこ、ぬかるんでる!」
「転ばないって……っ、わっ」
世菜先輩は、笑っちゃうくらい見事に、ぬかるんだ地面に足を突っ込んだ。
予想していたから、さっと腕を伸ばして先輩の背中を支えた。
「かっこ悪いです」
「ご、ごめん……」
ばつの悪い顔をする世菜先輩を起こしたけど、やっぱりホースは持たせてもらえなかった。
まあ、私はすでに大きいじょうろとスコップと剪定鋏とゴミ袋も持っているから、ホースまで渡すと先輩が手ぶらになっちゃうんだけど。
「そのホースと、このじょうろを交換しましょう。空のじょうろなら、転んで落としても危なくないですし」
「心配してくれてる?」
「ホースを絡められたり壊されたりしたくないんです」
「学校の備品だよ」
「だとしても」
つい先輩をじろっと睨んでしまった。
「農具を雑に扱いたくないんです。私たち農家にとって、手足も同然なんです」
「由紀さんはかっこいいねえ……ごめん、からかってるとかじゃなくて」
睨んだままでいたら、先輩は気まずそうに目を逸らした。
本当に鈍くさいし、ぼんやりしてるし、なんなんだろう、この人。
「……とにかく、足元に気をつけてください。次に転んだらお姫様抱っこしますよ」
「ふふ、気をつけます」
私はわりと本気で言ったのに、相変わらず世菜先輩は楽しそうだ。
裏門に着いたら、まずは水やりだ。
蛇口の場所を教わって、ホースを取り付けた。
「世菜先輩、ホースはこっちに置きます」
「遠くない?」
「今のままだと導線を横切るから、絡まって先輩が転びます」
「由紀さんはしっかりしてるねえ」
水やりは世菜先輩にお願いした。裏門担当っぽいし、たぶん順番とかやり方とかもあるだろうし。
私は持ってきたスコップやゴミ袋を、邪魔にならない位置に、使う順番に並べておく。じょうろに水を入れて、チューリップの近くに置いた。
先輩が水をやっている間に、チューリップの様子を確認する。
「んー、時期が終わりなのと、水が足りていないのかな」
呟くと、先輩がホースを持ったままやってきた。
「朝晩撒いてるよ」
「たぶん、球根が密になりすぎなんです。根が絡まっているかも。ちょっと掘り返してみましょうか」
私は答えを待たずに軍手をはめ、スコップを手にした。
手前のチューリップの根本を、根っこを傷つけないように気をつけながら掘っていく。
「ああ、やっぱり。えっと、次からは一列目と二列目が交互になるように植えるといいかもです」
「……さすが」
「先輩?」
先輩は少しぼんやりしていたけど、声をかけるとすぐに頷いて微笑んだ。
「あ、ごめん。じゃあ、次は一緒に植えようか」
「はい。そうしましょう。これ、どうしたいですか?」
「え?」
「水をやる量を増やして様子を見るか、萎れてきているものは間引くか、です。間引くといっても花と茎を取り除いて球根を休ませるので、水をやる量は増やしたほうがいいと思いますけど」
「……それ、俺が決めていいの?」
世菜先輩は、不思議そうな、でも少し戸惑ったような顔で言った。
「この花壇、先輩の担当なんですよね? なら、決めるのは先輩です」
「由紀さんは、かっこいいねえ」
「よく言われます」
「じゃあ、間引こうかな。一緒にやってくれる?」
「はい。でも先輩、先にホースを片付けましょう」
「俺が引っかかって転ぶから?」
「それもありますし、散らかしておきたくないんです」
「……わかった。片付けよう」
ホースを片付けてから、先輩と並んで間引くチューリップを選んだ。
二人で裏門の両端から進めていって、萎れた花と茎を取り終えた頃には、空がオレンジから濃い青に変わりつつあった。
ずっとかがんで作業をしていたから、春だというのに私も先輩も汗だくだ。
「世菜先輩、終わりましたか?」
「うん、これで最後。由紀さんは?」
「終わりました。暗くなってきたし、片付けて今日は終わりにしましょう。あ、片付けは私がしますから、先輩は追加で水をあげておいてもらえますか?」
「わかった」
先輩は目を細めてから、じょうろで水をまいていく。
水やりと片付けが同時に終わったので、二人で中庭に向かった。
「世菜先輩、明日は何するんですか?」
「明日は裏門を出たところの草むしりをしようかな。ところで、俺の名前は坂木世菜だよ」
「えっ、世菜って苗字じゃなかったんですか? 失礼しました。えっと、坂木先輩?」
先輩は「んー」と小さく唸った。
「やっぱり世菜って呼んで」
「なんで? すみません、なんでですか?」
「ふふ、別にいいよ、敬語じゃなくても。由紀さんに呼ばれるなら、名前のほうがよかったからさ」
春の風が吹いて、先輩のふわふわした髪が揺れた。
夕陽が眩しくて、先輩の表情がよく見えない。
「答えになってないですけど」
「俺も花菜ちゃんって呼ぶね」
「坂木先輩、思ったよりチャラいんですね」
「すみません、ごめんなさい、引かないで」
「冗談です。好きに呼んでください」
「うん、ありがと。明日はジャージ着てきて。草むしりすると制服汚れるから」
「わかりました、世菜先輩」
中庭に戻り、倉庫で片付けをした。
世菜先輩と一緒に藤也に作業内容を報告して、今日の部活はおしまい。
「花菜、今日の部活は楽しかった?」
「まあまあ」
「スカートに土ついてるぞ」
「ほんとだ。先輩、教えてくださ……って、先輩のスラックス泥だらけじゃないですか!!」
さっき私に、制服汚れるからジャージで来いって言わなかったっけ!?
先に自分の制服気にしなよ!!
世菜先輩のスラックスを叩いて泥を落とす私を、藤也が笑いながら見ていた。
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