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29.フクジュソウをあなたと植えたいと思った

 文化祭二日目の午後も、私が上がると世菜(せな)が廊下で待っていた。


「世菜、クラスの当番ちゃんとやってる?」

「やってるよ。ソワソワしすぎて使い物にならないから、早めに休憩にしてくれただけだよ」

「やってない!」


 世菜は「そうかも」なんて言って私の手を取った。

 今日の昼はカレーにした。部長のクラスで出していて、昨日、桔花(きっか)蓮乃(はすの)が美味しかったと教えてくれたのだ。


「部長ー、食べに来ました」

「お、由紀(ゆき)坂木(さかき)だ。大盛りにしてやるよ」

「桔花と蓮乃が美味しかったって言ってましたよ」

「……マジで? なんだよ、俺には『普通』って言ってたくせに」


 部長はニヤッと笑って、カレーを山ほど盛ってくれた。



 カレーの後、桔花と蓮乃のクラスに向かうと、長蛇の列ができていた。


「なんだこりゃ」

「午前中からすごかったよ。須藤(すどう)さんたちがモテてるんだろ?」

「そう噂には聞いてたけど……」


 並びながら教室を覗くと、桔花と蓮乃がディーラー服でカードを配ったり、ルールの説明をしていた。

 ディーラー服は何年か前の文化祭で買ったもので、毎年カジノをやるクラスに貸してくれるらしい。

 二人は背が高いから男物を着ていると言っていたけど、それがすごく似合っていてかっこいいな。


「チップのご用意はよろしいですか? あら、先輩、そんなはした金で何をお求めですの?」

「カードの確認はよろしいでしょうか。みなさまの勇気に期待致します」


 桔花と蓮乃は、よく通る声で客を煽りながらゲームをしていた。

 なに? そういうのが受けてるの?


「なるほど」


 私にはちっとも意味が分からないのに、世菜は深く頷いていた。


「あのね、きれいなお姉さんに罵られたいんだよ」

「二人とも一年生だけど?」

「気分だよ、気分。挑発されて、乗っかってコテンパンにやられるのが楽しい」

「マゾ?」

「男なんて多かれ少なかれそうだと思う。だから部長はあんなに楽しそうに二人の尻に敷かれているんだろ」

「説得力がすごい」


 笑いつつ、世菜の顔を見た。

 この人も二人に罵られたいのかな。


「なに? あ、俺? 俺は花菜(かな)ちゃんで間に合ってます。間違えた、満足してます」

「言い方……。まあいいけどさ」

「普段は気が強くて言いたい放題でけんかっ早い花菜ちゃんが、俺といるときは優しくよしよししてくれて、腕の中ではしおらしくしてるギャップが最高なので」

「う、うっさいな……」


 いちいち全部言葉にしないでほしい。

 見上げると世菜は嬉しそうで、たぶんそういう罠だ。

 しばらく並んで、やっと教室に入れた。


「あ、花菜ー、ポーカーしようよ。花菜ポーカーフェイス下手だから、巻き上げさせて」

「ルーレットは強そうだから来なくていいよ」


 私に気づいた双子が、言いたい放題言いながら手を振った。


「誘い方が最悪なんだけど!?」

「お兄ちゃんからもがっつり巻き上げました!」

「お父さんにはコテンパンにやられたので!」

「あ、さっき瑞希(みずき)さんと(みお)さんも来たよ。二人とも強かった」

「澪さんは全然表情が変わらないし」

「瑞希さんはエスパー?ってくらいルーレットを当てるし」

「ウケる」


 私はルーレット、世菜はポーカーを何回かして、どちらも勝ったり負けたりだった。


「花菜、二回目と五回目はわざと外したでしょ」

「さあ?」

「坂木先輩、意外とポーカーフェイス上手いですね」

「ありがと」



 一通り遊んでから二人のクラスを出て、世菜のクラスの迷路に向かった。

 (みどり)先輩と黄乃(きの)先輩が受付をしていて、私たちに気づくと手を振ってくれた。


「翠、こちらが俺の彼女です」

「知ってるけど。なんの茶番だよ」

「翠が黄乃さんのことそうやって紹介してたから、俺もやってみたかったんだ」


 翠先輩と世菜が笑っていて、黄乃先輩は呆れた顔で私に耳打ちした。


「男子ってなんでこう子供っぽいんだろうね」

「世菜は私といるときは先輩ぶりたがるので、翠先輩と盛り上がっているのは面白いです」

「あ、そうなんだ? ……分からなくはないかな」


 普段は私に甘えたりかっこつけたがったりする世菜が、同級生と盛り上がっているのはそれはそれでかわいいというか、新鮮というか。

 受付を済ませて迷路を回ったけど、世菜が作っているからあちこちの仕掛けを教えてもらったり、作るのが大変だったところを説明してもらいながら、ゴールまで向かった。

 ゴールには知らない女の先輩が立っていて、なんか困った顔をしていた。


「坂木くん、その子は?」

「彼女。かわいいでしょ」


 世菜は翠先輩と話していたときの半分くらいの低い声で言った。

 見上げると、無表情で少し怖いくらいだった。でも、つないだ手がさっきより強く握られているから、私も同じように握り返した。


「それ、あの子にいった?」

「なんで言う必要があるのさ」

「……いや、だってさ」

「俺がご報告して差し上げる義理なんかないし、君も別に言わなくていい」

「……わかった」


 女の先輩は困った顔のまま世菜に景品を渡した。

 世菜は私の手を引いて受付まで戻って、景品を翠先輩に渡す。


「あげる」

「いらんけど」

「俺もいらない」

「そんな怒んなくても……いや、怒るか。わかった。もらっとく」

「ありがと。花菜ちゃん、射的行こうよ」

「う、うん……」


 世菜にしては珍しく、言い返せない雰囲気だった。

 さっきの人が言っていた「あの子」が誰を指すのか察しはしたけど、世菜がこんなにも怒っているのは私にもわかったから、黙ってついていった。




 私の教室に戻ると、入り口に見慣れた背中が見えた。


「パパ、ママ!」

「おう、花菜、戻ったか」

「ちょうど今から受付をしようと思ってたの。おすすめの景品はある?」

「ある。あ、その前に……」


 パパとママに世菜を紹介しようとして、本人に確認していないことに気がついた。


「ねえ世菜、親に彼氏ですって紹介していい?」

「いいけど、それ親御さんの前で言っちゃダメじゃないかな」

「そうだね。あのね、パパ、パパ?」


 振り返ると、パパがすごい顔になっていた。


「はあ? 花菜に彼氏!? 早いだろ……って、なんか見たことあるな?」


 パパが首を傾げて世菜をじっと見た。

 世菜は困った顔で口を開きかけたけど、先にママが「ああ」と声を上げた。


「何年か前に職業体験で来てくれた子じゃないかな?」

「はい、坂木世菜と申します。えっと、お久しぶりです……」

「えっ、そうなの?」

「あ、思い出した。坂木さんのとこのだ」


 世菜は気まずそうに私を見て、パパはぱっと笑顔になり、またすぐ苦い顔になった。


「えっと、はい、そうです。由紀さんが言ってる『坂木』は祖父です」

「そうそう。こいつのじいさんが、花菜のじいさんの幼馴染みなんだよ。たまに須藤さんと、あと花菜のおばあちゃんの弟の美園さんと四人で飲んでるだろ」

「そうなんだ!?」

「それは僕は知りませんでしたが……ごめんね、花菜ちゃん。黙っていて。ちょっとタイミングを逃しちゃって」


 早く言ってよ! とは思ったけど、なんとなく腑に落ちた。


「世菜、パパに農作業を教わったことがあるの?」

「教わるってほどじゃない。中学の職業体験で一週間だけだから。でも、それだけだったけど、由紀さんが丁寧に教えてくれたのは覚えているよ。だから高校で園芸部に入ったんだ」

「だからか。世菜の苗を植えるときとか、脇芽を摘むときとか、手つきがパパに似ていたから、何でかなって思ってたんだ」


 そう言うと、世菜は照れた顔になって、パパはやっぱり苦い顔をした。


「……将来有望な婿殿ってことか? いやでも花菜に彼氏は早いだろ……」

「気が早いよ、パパ。とにかく、そういうことだから。射的していって?」

「するけどさあ」

藤乃(ふじの)さんが泣き言聞くって言ってた」

「なんだあいつ。言うけどさあ」


 パパはぼやいているけど、ママはニコッと笑った。


「じゃあ射的していきましょうか。花菜、今日は遅くなりそう?」

「ううん、今日はそんなに遅くならないよ。家でごはんを食べる」

「わかりました。坂木くんもまた。今度は家に上がっていってね」

「はい、ありがとうございます」


 ぶつくさ言うパパを、ママが笑顔で引っ張っていった。

 ……今度は?

 ママ、私が世菜に送ってもらっているのに気づいてたの!?

 ぽかんとする私に、世菜が顔を寄せた。


「ごめんね、言ってなくて」

「ううん、いいよ。でも、じゃあ私のこと知ってたの?」

「名前だけね。職業体験のときは行き帰りが行き違いだったから、顔はちゃんとは知らなかったんだ。こんなかわいい子だって知っていたら、中学のときに声をかけたんだけどね」


 ふにゃっと笑う世菜の顔を、私はまじまじと見つめた。


「……世菜、ときどきチャラくなるのはなんなの?」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃないんだけど」

「いいけどさ。あ、射的しよう。パパに勝ってよ」

「怖いからやだよ」


 嫌がる世菜の背中を押して、教室に入る。

 射的のピストルを構えるパパの横に並んだ。


「パパ、あの一番上の取って」

「彼氏に取ってもらえ」

「取ってもらうくらいなら自分で取るよ」


 ピストルを構えて、一番上の的に狙いを定めた。


***


 夕方、着替えて中庭に行くと、藤也(とうや)が水やりをしていた。


「あれ、メイサちゃんは?」

「プチ同窓会するって言って、ファミレスに行った」


 藤也の顔は思ったよりも機嫌がよさそうだ。置いて行かれたってメソメソするかと思ったけど。


「瑞希さんがへこんでた」

「ふうん。そんなに気にすると思わなかったな」

「うちの母親が、好みがわかりやすいって笑ってた」

「しょうがないよ。私、パパの娘で、花音(かのん)さんの姪だから」

「やめろよ、親父と世菜が似てるってことになるじゃねえか。俺、わりと世菜のことかわいがってたのに」

「なんで。今後も私ともども、かわいがってよ」

「かわいがるよ。世菜は俺のかわいい後輩で、お前は俺のかわいい従妹だから」


 足音がしたから振り返った。

 夕日に照らされて見えにくいけど、私のかわいい王子様が歩いてきた。


「世菜ー、水やり行こー」

「うん、お待たせ」


 二人でホースとじょうろを出していたら、藤也がホースを置いて花のカタログを持ってきた。


「冬の花壇に植えたい苗を選んでおいてくれ。決めたら部長に言えよ」

「わかった。世菜が決めて。私、世菜のセンスが好きだから、どんな花壇ができるか楽しみなんだ」

「任せて」

「あ、一個だけフクジュソウを植えたい」


 見上げた世菜はやっぱりふにゃっと笑っていて、その顔がメイサちゃんを見る藤也や、花音さんを見る藤乃さんにそっくりだと、私はやっと気づいた。

  

坂木さん(世菜の祖父)は、

「君に花を贈る」Day15「解読」https://ncode.syosetu.com/n9028kr/15

「進路指導室で、愛を叫んで」https://ncode.syosetu.com/n8304kv/

に出てきます。

***

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