22.忙しいし、疲れたし、あなたはいないし
「忙しいが?」
「俺も俺も」
「疲れた」
「俺もだよ」
「ぎゃー!」
「なんだよ、うるせえなあ」
九月の半ば、私は中庭のベンチで宿題をしている藤也の背中にへばりついていた。
だってもう、忙しくて!
世菜先輩には強がって「忙しいけど、楽しいです」なんて言ったけどね?
忙しいけど楽しいけど、やっぱり忙しいよ!
「つーかーれーたー!」
「んだよ、うるせえな。世菜に言え、世菜に」
「先輩の方が疲れてそうだから言えない」
「俺も疲れてるんだけど!? 見ろ、この課題の量!! ふざけんな……」
「よしよしする?」
「いらない。ハニーにしてもらう」
ですよねー。
三年生は部活がない代わりに、受験向けの課題が増えるらしい。
小論文、面接練習、受験向けの講座……。うーん、大変そうだ。
そこに文化祭の準備が加わるし、藤也はたまに部活に顔を出して、新部長の手伝いもしている。家の手伝いだってしているけど、大丈夫なのかな?
まあ、かわいいかわいい彼女に甘やかしてもらっているんだろう。
「大変だねえ」
「本当だよ」
「私以外のみんなが大変そうに見える」
「いや、花菜も普通に大変だろ。桔花と蓮乃から聞いてるけど」
「そうなんだよ、大変なんだよ」
自分の大変さを思い出してしまった。
世菜先輩は相変わらずあまり顔を出さない。
帰り際に三十分くらい来て、私に甘えて、そのあと送ってくれるくらいだ。
手伝ってくれるし、朝は裏門の水やりをほとんどやってくれるからいいんだけど。
どうにも先輩は穏やかで、あたりが柔らかいから、あれこれ押し付けられているっぽい。資材の買い出しや組み立て、デザインの相談とか、あれこれ頼まれると言っていた。
たまには断りなよって思うけど、文化祭だからあれこれ楽しいのはわかるし、先輩がそれでいいなら、私が口を挟むことじゃない。
「つーか、花菜の甘え方が世菜そっくりだな」
「そうかな。あんなぐだぐだしてないよ」
「してるっつうの。世菜に甘えろ、世菜に」
「だって先輩、全然いないんだもん。……ていうか、あの人、私のことが好きなのかな?」
「俺に聞くなよ」
藤也は嫌そうな顔をした。
それはそうだけど、聞いて、好きだと言われても困る。
「あらーやっぱり?」以外に言葉が出ないと思う。
別に嫌いじゃないけど、なにしろ面倒だしな、あの人は。
かわいいから許すけど、彼氏になるなら、もうちょいしゃんとしてほしい。かわいいだけの男はないと思う。
……先輩がそれだけの人じゃないのは、分かってるつもりだけど。
「つーか、あれで世菜がお前のこと好きじゃなかったら、俺は何も信じられねえよ」
「そんなに?」
「花菜のこと好きじゃないのに、俺に威嚇する意味がわからねえだろ」
「……そだね。やめなとは言ってるけど」
「あのな、世菜も花菜も俺にとってはかわいい後輩だからさ、嫌われたくねえんだよ」
「うん?」
藤也が嫌そうな顔のまま、私を見下ろした。
そして、私の顔を掴んで引き剥がす。
「だから離れろ。ぐだぐだ甘えるのは世菜にやれ」
「だって先輩いないんだもん!」
「お前が呼べば一分以内に来る。間違いない」
「そんな迷惑かけられないから!」
「俺に迷惑かけるのはいいのか!?」
いいんじゃないかな、藤也だし。
物心ついたときから、藤也も私もこの調子でぐだぐだとやりあってきた。一応、藤也の彼女がいるときは気をつけて距離を置いているけど。
だからまあ、藤也がそう言うなら、そうなんだろう。
ベンチに座り直してスマホを取り出した。
先輩の名前を表示させて、
「今日は部活にきます?」
とだけ送ると、藤也の言うとおり、一分も経たないうちに
「今日は来たよ」
と、本人が来た。
「本当に来た」
「だろ? 思う存分甘えてやれ」
「しないよ。そんなこと」
「花菜が甘えたら世菜は喜ぶから」
立ち上がって、世菜先輩と一緒に倉庫に向かった。
「先輩、今日はクラスの方はいいんですか?」
「ちょっと落ち着いたから大丈夫」
「じゃあ一緒に水やり行きましょう」
「……うん」
ホースを渡そうとしたら、先輩の表情がなんだか暗かった。
なんだろう。やっぱり疲れてるのかな。
「先輩、お疲れですか?」
「や、そういうんじゃないけど」
「疲れてるなら私がやりますから、先輩は休んでていいですよ」
そう言うと、先輩の顔がくしゃっと歪んでしまった。
え、なに、どうしたの?
「大丈夫、俺がやるよ」
先輩は震える声で言って、ホースを受け取った。
「でも、先輩」
「花菜ちゃんの方こそ疲れてるでしょ」
「私は大丈夫ですよ、先輩こそ」
「俺は大丈夫だから。須藤先輩ほどは頼れないかもしれないけど」
世菜先輩はホースを蛇口に繋いで、花壇の方へ行ってしまった。
全然大丈夫って感じじゃないけど!?
じょうろに水を入れて追いかけたけど、先輩は悲しそうな顔のまま、水やりをしていた。
一通り水やりを終えた頃、知らない女の人が来た。
「坂木くん、ちょっといい?」
「うん?」
先輩が顔を上げた。
世菜先輩のクラスの人みたいで、文化祭の準備の話をしている。
「用意したと思うんだけど、教室にない?」
「見当たらないから、坂木くん、来てくれない?」
先輩は困った顔で私のところに戻ってきた。
「……ちょっと待って。花菜ちゃん、ごめんなんだけど教室戻るね」
「はい、わかりました。脇芽を抜くのと蕾を間引くのはやっておきます」
「できるだけ早く戻るから」
「大丈夫ですよ」
手を振って先輩を見送ったけど、すぐに先輩がカバンを持って戻ってきた。
「よかったら飲んで」
世菜先輩は私の横に、ペットボトルを置いた。
レモネードソーダ、私の好きなやつだ。
「ありがとうございます。後でいただきますね」
「頭撫でていい?」
「いいですよ。私も撫でますね」
手を伸ばして、先輩のふわふわの頭に指を入れた。見た目よりも固くて温かい。
「先輩、大丈夫? もうちょい、がんばれる?」
「大丈夫じゃないけど……うん、がんばってくる」
先輩はそっと私の頭を撫でてから、しょんぼりした顔で戻っていった。
大変だなあ。
戻ってきたら、私ももうちょい先輩の頭を撫でさせてもらおう。あわよくばハグさせてもらって、手を繋いで駐輪場まで行って、帰りも家まで送ってもらおう。
一時間くらいかけて、脇芽を摘んだり、蕾を間引いたりした。
世菜先輩は戻ってこなくて、きっとまたあれこれ頼まれているんだろう。
それを断らずに引き受けるのは、先輩のいいところでもあるんだけど。
空模様はまだまだ秋らしくならなくて、夕日は眩しくて目に刺さるようだ。
汗も止まらないし、もらったジュースを飲もうかな。でも、作業が終わってからにしようか。先輩、まだかなあ。
ゴミ袋を縛っていたら足音がした。
世菜先輩の足音じゃない。
「あれ、花菜だけ? 世菜は?」
予想通り藤也で、バインダー片手にキョロキョロしていた。
「同じクラスの人に呼ばれていった」
「これは?」
藤也が地面に置きっぱなしになっていたペットボトルを拾った。
「先輩がくれた」
「ふうん。ちゃんと花菜が好きなやつだ」
「ね。言ったことないんだけど」
受け取ると、藤也は苦笑して肩をすくめた。
「のろけウザ」
「藤也にだけは言われたくない。ところで世菜先輩に用事?」
「うん。校門の人手が足りてないから、世菜か花菜に行ってもらいたくて」
「先輩は大変そうだし、私が行くよ。今すぐ行ったほうがいい?」
「いや、明日からでいい。裏門の水やりが終わったら、校門に合流してくれ」
「わかった」
藤也がそのままゴミ捨てを手伝ってくれたから、一緒に片付けて今日はおしまい。
先輩は結局戻ってこなかった。
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