21.甘えを許すフリで、たぶん私のほうが甘えている
夏休み明けはめちゃくちゃ忙しかった。
文化祭が十月の頭にあるから、一か月で準備しないといけないし、部活も忙しい。
校門に文化祭の門を立てるから、周辺の街路樹を剪定しないといけないし、花壇もきれいに整えたり、雑草も抜かないといけない。
三年生の半分くらいは引退した後も顔を出してくれているけど、先輩たちだって自分のクラスの準備がある。それに受験勉強だってあるし、推薦で進学予定の先輩も放課後に論文や面接の練習があって忙しいみたい。
「うへ……」
「お疲れさま」
夕方、その日の水やりや花壇の手入れを終えて中庭のベンチでぐったりしていたら、世菜先輩が隣に腰を下ろした。
先輩はクラスの準備が忙しくて、部活にはあまり来ていない。
来てもせいぜい最後の三十分くらいだ。
「ごめんね、任せきりになっちゃって」
「だいじょぶ……じゃないですけど、うちのクラスはまだそれほど忙しくないんです。私は前日の飾り付け担当ですし」
「そうかもだけど、その分部活の方をかなり負担してるだろ。任せちゃってる俺が言うのもアレだけど、無理しないで。文化祭当日に門の横にちょっと雑草生えてたって、文句言う人いないから」
世菜先輩は困ったように笑った。
そりゃ、そうだけどさ。
でも、できることがあるのに、適当にはしたくなかった。
花や草木の世話ならなおさらだ。
「そうですけど。でもパパ来るって言ってたし。私が手を抜いたら一瞬でバレますもん。ちゃんとしてないとこ、見せたくないんです」
それに、藤也の親も来るし。
花壇や街路樹に手抜きがあると、きっと私か須藤兄妹が手抜きしたって藤乃くんに見抜かれる。
それは嫌だ。
かっこいい人に、かっこ悪いところを晒したくない。
見栄っ張りだってわかってるけどさ。
「花菜ちゃん」
「なんですか」
「よしよし、いる?」
「……いらない」
ベンチから立ち上がった。
カバンを肩にかけて、先輩の前に立った。
「世菜先輩、手、つないでほしいですか?」
「ほしいです。お願いします」
「しょうがないなー」
手を差し出すと、先輩はふにゃっとした笑顔で手を重ねた。
先輩の手を引いて、駐輪場まで向かう。
自転車にまたがると、先輩は当たり前みたいに私を家まで送ってくれた。
「また明日、花菜ちゃん」
「はい、また明日、先輩」
「自転車だと手をつなげないから寂しいな」
「駐輪場までつないでたじゃないですか」
「そうだけど」
「また明日、朝の部活で」
「うん、朝迎えに来ていい?」
「恥ずかしいからダメ」
先輩はしょんぼりした顔で帰っていった。
九月の前半はずっとそんな感じだった。
授業は普通に難しかったし、宿題も多かった。
文化祭の準備で景品を用意したり、資材を買いに走ったり。
部活の方は、夏休みの終わりに植えた苗の様子を確認するのがメインだったけど、文化祭に向けて校門周辺の掃除もしたし、校庭や校舎周りの花壇や、藤也がいないときは中庭の手伝いもあった。
授業がないぶん、土曜日が一番落ち着いていたけど、先輩の甘え方が前より激しくなっていた。
「先輩、邪魔なんですけど」
裏門から学校の周りの街路樹や花壇に水やりをしている間、世菜先輩がぴったり隣にくっついていて、普通に邪魔だった。
九月とはいえ残暑が厳しいのに、先輩がくっついているから暑くて仕方ない。
「久しぶりに来たら気が抜けて歩けない」
「じゃあもう私がやるから、そこに座っててください」
「それはダメです。ただでさえ、平日は任せきりなのに土曜日まで押しつけられないよ」
「じゃあ離れてください」
「やだ、寂しい!」
「子どもか!」
しばらくにらみ合ったけど、こういうときに根負けするのは私なんだよな……。
先輩は情けなくて鈍くさくて甘えたがりのくせに、頑固なんだ。
あと、顔がかわいくてだめ。
ムスッと睨んでいるけど、ふてくされたタヌキみたいでかわいいから、つい許しちゃう。
「もー、帰りに手をつなぐから」
「お昼も一緒に食べたい」
「それは無理です。ママが昼を用意してるし、午後はパパとおじいちゃんの手伝いする約束してるもの」
「ダメじゃん」
「そうです、ダメなんです。んー、じゃあ先輩、ちょっと、ここ座ってください」
先輩を花壇の縁に座らせた。
その脚の間に立って、頭を抱き寄せる。
先輩が慌てているのは分かっていたけど、無視してふわふわの髪を撫でた。
汗をかいていて、髪の中がほかほかしている。
「世菜先輩」
「う、うん」
「よしよし、お疲れなんですね」
「……うん」
先輩の腕がさまよっている。
しばらくして、そっと私の背中に手が乗った。
「文化祭、楽しみですね」
「そうかな」
「はい。楽しみにしてます。去年は桔花と蓮乃と三人で見学にきたんですよ」
「……知らなかった」
「高校の文化祭って楽しいんだなあって思ったんです。だから今度は自分が作る側で、忙しいけど楽しいです。世菜先輩のクラスも行きますから、うちのクラスも見に来てくださいね」
「うん。ごめん、かっこ悪くて」
「いいよ」
先輩のふわふわの髪から、太陽と草の匂いがした。
うちの畑と同じ匂いだ。
少し名残惜しいけど、ゆっくり体を離した。
「水やりをしちゃいましょう。校庭の花壇の苗があんまり育ってないから、先輩も一緒に見てください」
「わかった」
先輩の前髪をよけて、明るい茶色の瞳に私が映っていることを確認した。
うん、大丈夫。
そこに私がいる限り、忙しくても大変でも、頑張れる。
先輩にホースでの水やりを任せて、私は絡まらないようにホースを伸ばしていった。
水やりを終えたら片付けて、先輩と一緒に校庭に向かった。苗はまあ、たぶん大丈夫。少し土を足して様子を見ることにした。
今日は中庭に藤也がいるからそっちは見なくていいし、桔花と蓮乃があちこち見て回っていたから、いつもよりだいぶ楽だった。
「藤也、おつかれ。早めに切り上げていい?」
「いいよ。平日あれこれ任せちゃってるし、早く帰れるときに帰れ。世菜も今日はもう切り上げていいよ」
「ありがとうございます。お先です」
「藤也、午後はバイト?」
「うん、今日はじいさんと神社行く。明日は花屋にいる」
「わかった。おじいちゃんが須藤さんのおじいちゃんと飲みたがってたから伝えておいて」
「じいさんたちが飲みたいのなんていつもじゃん。伝えるけどさ」
他の先輩たちにも挨拶をして、中庭を出た。
先輩がそわそわするから、手を掴んだ。互いに汗ばんでいるけど、無視して手をつないだ。
わかりやすく嬉しそうで、かわいいやら恥ずかしいやら。
この人、本当に私のことが好きだよね。
「先輩」
「うん?」
「……寂しかったら、よしよししますから、藤也に威嚇したり、水やりの邪魔しちゃダメですよ」
「してないよ、そんなこと」
先輩はわかりやすく目を逸らした。
そうじゃなくたって、藤也があれだけ笑っていれば気づくから、誤魔化さなくてもいいのに。
「先輩、帰りましょう。私疲れました」
「……俺のせい?」
「自覚があるなら自重してください」
「それは難しい」
「もー」
一緒に自転車で帰った。
先輩に家まで送ってもらって見送ってから、自転車を止めたら柚希が畑から歩いて来た。
「付き合い始めた?」
「まさか」
「その割には顔が緩んでるけど。どっちも」
「そんなことないよ」
「写真撮ろうか?」
「いらない!」
笑う弟を睨んで、家に向かった。
洗面所で鏡を見ると、確かに口元が緩い気がするけど、別にそんなんじゃないし。
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