20.最近、先輩を甘やかしすぎたんじゃないかと思う
夏休みの後半、お盆を過ぎたある日の早朝。
私はパパと一緒に花市場に顔を出した。
おじいちゃんが今日は夏休みにすると言って寝ていたから、代わりに私が来たのだ。
「悪いな朝から」
一通り花を卸して片付けていたら、パパが言った。
「いいよ。パパもどこかで休みなよ。その分、ゆずを働かせよう」
「別に花菜も柚希も畑のことなんかしなくていいけど」
「する。ゆずは知らないけど、私は花の世話をするのが好きだから」
「そうかよ。今朝の水やりは俺が帰ってからやるから、朝飯食っていこう」
いつもならママのごはんを食べるけど、今日は柚希が家にいないから、ここで食べていくという。
その柚希は市場の食堂で、藤乃くんと藤也と三人で朝ごはんを食べていた。
「おはよー」
「おはよう、花菜ちゃん、瑞希」
今日も藤乃くんはかっこいい。
丸い眼鏡の向こうでキリッとした目が柔らかく細められていて、それが見られただけで手伝いに来てよかった。
藤也も同じような顔のはずだけど、見てもなんとも思わない。
あ、藤也がいるな、くらい。
「よお花菜。宿題終わった?」
「だいたい終わった。あと体育のレポートくらいかな」
「数式何にした?」
「なんにも興味ないって書いた」
「ウケる。それ、あれだろ? 先輩の彼氏」
「なにそれ。そういうふうに書いた人がいたって、世菜先輩が言ってたけど」
「俺の一個上の先輩の彼氏がそう書いてたんだよ。俺も見せてもらってめっちゃ笑った。花菜のもあとで見せて」
「いいよ」
ちなみに柚希が藤也と一緒にいたのは、昨日一日ゲームをしていたからだ。
二人で対戦をするからって、昨日の朝、柚希はパパと市場に行って、そのまま藤乃くんの家の車に乗せてもらったらしい。
それで今朝も、同じように乗せてもらってきたと。
「花菜ちゃんはこのあとどうする? 藤也と学校に行くなら、一緒に送るよ」
朝ごはんを終えた藤乃くんが言ったので、パパを見たら頷いた。
「じゃあお願いしようかな」
「悪いな、藤乃。二人して送らせて」
「藤也も送るから大丈夫。気になるなら、ケイトウを半額にしてほしい」
「花菜、藤也、俺が学校まで送る」
「冗談だって」
藤乃くんはくすくす笑いながら、トレーを片付けに行った。
私と藤也も一緒に片付ける。
「じゃあ、パパ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
パパに手を振って、藤乃くんについていく。
藤也と一緒に学校まで送ってもらい、中庭に着いたところで、世菜先輩が走ってきた。
「おはよ、ございます……っ」
「どうした、そんなに急いで」
「す、みません、追いつけなくて」
「別に走らなくても、私いつもここで先輩のこと待ってるじゃないですか」
「そうなんだけど!」
走り過ぎて顔を赤くした先輩が息を整えている間に、ホースとじょうろを出してきた。
来週には苗の植え替えがあるから、そろそろはびこった雑草をむしったり、絡まっているツルを外した方がいい。
ゴミ袋とハサミも取り出して、世菜先輩と一緒に裏門へ向かった。
「あのさ、聞いていい?」
「なんですか?」
ホースを蛇口につないでいたら、先輩が低い声を出した。
見上げると、しょげたような顔をしている。
「……なんで、部長と一緒だったの?」
「朝、パパと一緒に市場に卸に行ってたんです。藤也もいたから、藤也のお父さんが学校まで送ってくれたんですよ」
「そっか」
「相変わらず面倒な人ですね」
「ごめん」
「顔がかわいいから、まあいいんですけど」
手を伸ばして、先輩の前髪を避けた。
暗い色の瞳に日が差して、キラッと光る。
その光の奥に呆れた顔の私が映っていた。
「世菜先輩、私のことかわいいって思います?」
「思います」
「他に、何か考える必要あります?」
「……ないです」
「ね」
先輩にホースを渡した。
私もじょうろで水をまく。陽射しがきついから、たくさん水やりをしないといけない。その後は雑草とツルをむしって、なんとなく片付いたら、ほかのところに応援に行く。
全部終わったら、藤也に報告して今日はおしまい。
来週から今植わっている苗を掘り起こすから、明日からはその準備になるかな。
そんなことを考えていたら、藤也が声をかけてきた。
「花菜、帰りどうする? 自転車ねえだろ」
「藤也は?」
「じいさんが剪定帰りに拾ってくれる。桔花と蓮乃は自転車で来てるから、自分たちで帰るって言ってた」
じゃあそれに乗せてもらおうかと思ったら、後ろから先輩がのぞき込んできた。
何か言え。
「先輩に送ってもらう」
「はいよ」
藤也は笑って頷いた。
振り向いて先輩を睨んだら、嬉しそうで、しょうもないな、この人。
「先輩、構ってほしいのを察させるのはよくないですよ。ちゃんと声をかけてください」
「ごめん。誘おうと思ってはいたんだよ」
「じゃあ普通に誘ってください。お昼、食べていきますか?」
「いいの?」
「いいですよ。先輩と食べるの楽しいから」
「やった。じゃあ駅の向こうにある公園に園芸カフェができたから行きたいな」
それこそ、普通に誘ってくれればいいのに。
先輩は自転車だけど、並んで歩いて公園に向かった。
カフェの店内は混んでいるから、テイクアウトして、公園のベンチで食べる。暑いけど、木陰だし、風が気持ちいい。
「もうすぐ夏休みも終わりですねえ」
「そうだね。九月に入ると文化祭準備が忙しくなるよ」
「先輩のクラスは何やるんですか?」
「うちは迷路。花菜ちゃんのところは?」
「射的。夏祭りっぽいイメージで、女子は浴衣、男子は甚平着たいってクラスのグループトークが盛り上がってます」
本当に着るのかはわからないけど、浴衣なら家にあるから着てもいい。
先輩はきっと「かわいい」「似合ってる」って褒めてくれるんだろうな。
「楽しみだな、花菜ちゃんの浴衣」
「先輩はクラスシャツ?」
「うん、これ」
見せてくれたのは明るい水色のシャツで、大きくジンベイザメが描いてあった。
「修学旅行で行った水族館が楽しかったんだってさ」
「他人事ですね」
「俺は花菜ちゃんと行きたかったから」
「まだ言ってる」
「一緒に行くまで言う」
カフェのサンドイッチとレモネードはおいしかった。
また秋になったら来たいな。
食べ終えたら、私はバスで帰ることにした。先輩も一緒にバス停に並んだ。
「先輩、夏休みどこか行きましたか?」
「後輩の女の子と図書館デートした。そっちは?」
「私も部活の先輩と図書館で宿題したくらいですね。いつもならおばあちゃんと出かけたりするんですけど、今年はいなかったので」
「今年は?」
先輩が神妙な顔で首を傾げたから、つい思い出して笑ってしまった。
「母方の祖母なんですが、今年に入ってから体調を崩して……」
「それは……」
不安そうな顔をされたけど、そんな深刻な話じゃない。むしろ笑い話だと思う。
「足腰が元気なうちに、おじいちゃんとの思い出の場所に行くって言って、マチュピチュに行きました」
「マチュピチュ!?」
「はい。そろそろ帰ってきます」
「……おばあさん、元気だね?」
「ほんとですよ」
次はピラミッドを見たいと言っていたから、あわよくば私も行きたい。
そんな話をしているうちに、バスが来た。
「じゃあ、先輩、また明日」
「うん、また明日」
先輩の手が伸びてきて、振っていた私の手に重なった。
指が絡んでそっと握られたけど、私が握り返す前に離れていく。
先輩はふにゃっと笑って自転車に乗り、帰っていった。
花菜の祖母、澪の母親がなんやかんや澪と花菜と交流する話を別の場所で書いたので、そのうちこちらにも投稿します。
ピラミッドの話も出てきます。
あと数学の宿題の「先輩の彼氏」は先輩が柊莉子、彼氏が一ノ瀬颯(共に「100日後、クラスの王子に告白されるらしい」より)です。
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