18.陽だまりのような人
無事、期末試験が終わった。
結果はまだ戻ってきていないけど、試験後最初の部活で新しい部長と副部長の発表があった。
予想通り、二年生の副部長が部長に昇格して、一年生と二年生からそれぞれ新しい副部長が選ばれた。
「花菜ちゃんは副部長にならなかったんだね」
裏門で水を撒きながら世菜先輩が言った。
「うん。一応聞かれたけど断った。私はそういうのより、こうやって手を動かす方が好きだし」
「俺も」
とはいえ、今までとまったく同じようにはいかない。
これから夏休みに向けて花壇の世話はやることが山ほどあるし、三年生がいなくなる分、それぞれの負担も増える。
私と世菜先輩も、あちこちの応援に行かないといけない。
「その辺りの担当や分担は夏休み前に決めちゃおう」
「はい、わかりました」
まあ、藤也はそれを見越して、桔花と蓮乃に決まった担当をつけなかったみたいなんだけど。相変わらず抜け目がないんだ、私の従兄は。
その後、ホースを片付けに倉庫に戻ったら、藤也に捕まった。
そして、一年生の副部長は桔花だけど、蓮乃は遊撃だと言う。
「桔花の方が事務作業が得意だし、蓮乃の方が目端が利くからな」
「なるほど」
「でもって、三人の中で実務が一番得意なのは花菜だから、蓮乃が困ってる連中を見つけたら、花菜が助けてあげてくれ」
「それ、けっこう大事な役割じゃない?」
「そうだよ。だからお前に頼むんだ。瑞希さんの娘で、世菜の弟子であるお前にさ」
私が何も言えないでいたら、一緒に聞いていた世菜先輩がやけに嬉しそうに私をのぞき込んだ。
「弟子だって。俺、むしろ由紀さんに教わってばかりだけど」
「んなことねえよ」
藤也は世菜先輩をまっすぐ見た。
「言っただろ? 裏門は世菜に任せてる。俺の目の届きにくいところだけど、世菜なら任せられると思ったし、花壇も街路樹も、おまけにそこの跳ねっ返りの面倒まで見てくれてる。頼りにしてるよ」
「藤也は人たらしだなあ」
つい笑ったら、藤也も笑って私の頭をぐしゃぐしゃにした。
自分でも恥ずかしかったらしい。
世菜先輩は嬉しそうな、困ったような顔で黙っていた。
ボサボサになった髪を、プルメリアのゴムで結び直した。
「じゃあ、行きましょうか先輩」
「う、うん」
ゴミ袋と脚立、剪定用の鋏を持って裏門に戻った。
今日は裏門を出たところの桜が生い茂って道路に飛び出しているから、大まかに私と世菜先輩で切り落とす予定だ。
ちゃんとした剪定は秋になったら藤乃くんか須藤のおじいちゃんがやりに来るらしいけど、それまで道路を塞ぐわけにもいかない。
「脚立に登るのは俺がやるから、花菜ちゃんは下の方と草むしりよろしく」
「了解です。足元気をつけてくださいね」
「うん、気をつける。その前に、一ついい?」
先輩は脚立を片手に、困った顔で私を見つめた。
「なんですか?」
「……俺も、花菜ちゃんの頭を撫でていい?」
「いいですけど」
なんで?
でも、そう聞く前に、先輩がやけに安心したような顔になったから、聞けなかった。
「よかった……えっと、失礼します」
世菜先輩はそっと私の頭に手を伸ばした。
藤也とは違って、ゆっくりと丁寧に撫でている。
――今度こそ、キスされるのかな。
ふと思ったけど、先輩の手はすぐに離れた。
「ありがと。じゃあ、さっさと終わらせようか」
「……はい」
脚立を設置して、先輩の体勢が安定するまで見守った。
それでも心配だから、私は先輩の足元で作業に取りかかった。
落とした枝も拾わないといけないし。
「そろそろ夏休みの予定も立てないと」
脚立の上から、先輩の声がした。
「さっき藤也が予定表印刷してました」
「じゃあ、戻ったら記入しなきゃな。花菜ちゃん、予定ある?」
「ずっと家の手伝いだから、部活には毎日来ます」
「俺も用事ないし毎日来ると思う」
***
私はわりと油断していた。
ゴールデンウィークは世菜先輩とのんびり裏門の世話だけをしていればよかったから、夏休みもそうなんだろうなと思っていた。
全然、そんなことはなかった。
数日後、試験結果が全部返されて、学年で十五位だった。
藤也に言われた順位よりは低いけど、入学時点より二十位以上順位が上がってるなら十分でしょ。
なんて満足していたら、担任の先生がパシパシと手を叩いた。
「続いて夏休み中の課題の説明をする。まず一覧を配るから回して」
前の席から回ってきたプリントを見て、私は固まった。
なに、これ。
桃も目を見開いて固まっているし、他のクラスメイトも押し黙るか、小さく悲鳴を上げるかしていた。
担任の先生はいい笑顔でプリントの説明を始めた。
「毎年一年生はほぼ全員同じ反応をしてくれるので、先生は満足です。見ての通り、山のように、山のごとく宿題があるから、各自計画的に進めるように。それぞれの細かい内容は、各教科の先生から説明があるから」
マジか。
え、マジか?
座学は全科目ワークかプリントがあって、さらに実技も含めて、全科目レポートがある。
私、夏の間は家の手伝いと部活で手一杯なんだけど、これいつやるの……?
部活の方も大変だった。
毎日、担当箇所の水やりと、人手が薄くなる箇所の水やりの手伝いと、週一で草むしりがあって、お盆明けからは秋の植え替えに向けて花壇の手入れもある。
「頑張ってくれ。俺も基本的には毎日来るから。あー、お盆前後は無理だから、かわりに桔花と蓮乃寄越すから」
と、藤也は言った。
藤也がお盆前後に来られないのは、仕方がない。
花屋は仏花の用意で、七月の時点でとても忙しい。
パパが毎日汗だくで、菊やスターチス、カスミソウを出荷していた。
私と柚希も休みに入ったら手伝いをする予定だけど、それでも人手が足りないから、夏期の短期バイトを雇って対応しているくらいだ。
「……いつ、宿題すればいいの?」
思わずつぶやいたら、世菜先輩が吹き出した。
「うちの学校、長期休みの宿題多いよな。一緒にやろうか」
「お願いします……!」
「じゃあ、あとで予定立てよう。一日二日じゃ終わらないだろ」
「初めて、世菜先輩がすごーく頼もしく見えます」
「頼ってくれていいよ。一緒に頑張ろう」
柔らかく笑う先輩と並んで、裏門に向かった。
今日は水やりをしたら、それぞれ違う場所へ応援に行かないといけない。
だから宿題の予定を立てるのは帰るときかな。
夕方、先輩は校門の花壇の草むしりを、私は校庭で干からびた花に日よけを立てる作業を終えて、中庭で再会した。
「宿題の一覧ある? ……去年とほとんど同じだね。一見たくさんだけど、実際はそれぞれ一日一ページくらいやれば終わるから、大丈夫」
「そうなんですか?」
「うん。レポートは、お題がわかったら内容を考えればいいよ。今度、俺の去年書いたやつ持ってくるし……翠ー」
世菜先輩は近くにいた他の二年生に声をかけて、去年のレポートを見せてもらえるよう頼んでくれた。
話を聞いていた三年生も、過去のレポートや課題を持ち寄って教えてくれるという。
誰も助けてくれなかったら、桔花と蓮乃と一緒に藤也に泣きついていたところだった。
「大丈夫、ちゃんと終わるよ」
「ありがとうございます。助かります」
「いいよ。俺はこれくらいしかできないから」
「そんなことないですけど、先輩もレポートあるんですか?」
「ある。あとたぶんワークが一年生のよりも厚い」
世菜先輩は、うんざりした顔で肩をすくめた。
「二年のレポートが結構面倒なんだよな。去年、先輩に見せてもらったんだけどさ」
「ふうん。じゃあ、どっかで一緒に図書館とか行きます?」
「えっ」
「私もいっぱいありますし。ていうか、なんで保健と体育がそれぞれレポート必須なんですか。意味分かんないです」
「そうだね。えっと、由紀さんが嫌じゃなければ」
「嫌なら誘いませんけど」
読書感想文もあるし、学校の近くの図書館には自習室があったはずだ。
たぶん家にいたら勉強なんてしない。
だって、窓からパパが畑にいるのが見えたら、そっちに行っちゃう。
「……お願いします」
「お願いしてるのは私ですよ。頼りにしてます」
見上げた世菜先輩は、いつものようにふにゃっと笑っていて、すごくかわいくて、私より陽だまりに咲くプルメリアの髪飾りが似合いそうだった。
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