11.先輩にも人間関係があって、そんなの当たり前だけど
体育祭の午前の部が終わって、教室でお弁当を食べた。
午後は三年生の応援合戦からで、藤也が応援団長をするから、桔花と蓮乃と一緒に写真を撮りに行かないといけない。
その後すぐに部活対抗リレーがあって、私はそれに出るから結構慌ただしい。
「あ、由紀さん。部長の写真撮りに行くの?」
応援合戦を見に行こうとしたら、校庭の入り口で世菜先輩と鉢合わせた。
「そうです。パパに頼まれてるんですよ。甥の晴れ姿を見たいって」
「俺もその後の部活対抗リレーに出る花菜ちゃんの写真撮るよ」
「いらないでしょ」
「いるんだよ」
先輩はやっぱりふにゃっと笑った。
「ていうか先輩、本当にカタツムリより遅いんですね」
「見ないでって言っただろ」
「見ちゃいました。でもお友達からすごく応援されてましたね」
「からかわれてるだけだよ。由紀さんは早いよね。さっきの短距離走、すごかった。部活対抗リレーも頑張ってね」
「ふふ、任せておいてくださいよ」
先輩はまた一年の席まで私を送って、二年生の席に向かっていった。席につくとこちらを振り返り、目が合うと手を振ってくる。
「彼氏じゃん」
「うわ、びっくりした」
いつの間にか桃が隣に座っていて、耳元で囁いた。
「後でもう一回ツーショット撮りに行こう。そんで花菜は片手でハート作ってよ。絶対にもう半分してくれるから」
「しないから。あ、ほら三年生出てきたよ」
「須藤先輩どこ!?」
「真ん中。応援団長だから」
「学ランやば……ていうか写真撮ってる女子の数もヤバ」
桃に言われて見回すと、席に座っている女子の大半がスマホを向けていた。
自分の従兄がアイドル並みにモテるの、なんだかな……。
顔がいいのはわかるし、背も高いし成績もいい。溺愛してるかわいい年上の彼女もいて……なんだ、あいつ。
そう思っている間にアナウンスが流れて、音楽がかかった。
藤也がマイクに向かって声を張る。
歓声が上がって、応援合戦が始まった。
「ヤバ……ヤバ……それしか言えない……」
「大丈夫?」
「ダメ」
「だめか……」
桃は歓声を上げすぎて、声がカッスカスになっている。
藤也の彼女さんに動画を頼まれたから撮っていたけど、周りの歓声がすごすぎて藤也の声、撮れてるかな。
「私、部活対抗リレー出るから行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい。私は次の出番まで休憩してるわ」
「いや、応援してよ」
「私の応援なんてなくても花菜なら勝てるっしょ」
「勝てるけどさ」
私は手を振って、待機列に向かう。
途中で、学ランを脱いだ藤也と合流した。
「藤也、おつかれ」
「おう。かっこよく撮れた?」
「周りの歓声がすごくて、声聞こえるか微妙」
「マジかよ。メイサに俺の勇姿を見せたかったのに」
これだよ。
どれだけ歓声を上げられても、どれだけちやほやされても、藤也が欲しいのは彼女のメイサちゃんからの「かっこよかったよ」の一言だけだ。
「部活対抗リレー、サッカー部に勝つんでしょ」
「そらそうよ。今年こそ!勝つ!!」
去年はそのメイサちゃんにボロ負けしたから、今年は勝ちたいらしくて、休みの日にメイサちゃんと走っていたけど、どうかな。
ちなみに、私も一緒に走った。桔花と蓮乃は「興味ない」と須藤のおじいちゃんの手伝いに出ていて、家にすらいなかった。
園芸部が集まると、藤也が声を上げた。
「今年は、俺の雪辱戦にお付き合いください!」
「がんばろう!」
「しょうがない部長だなー」
「去年、彼女と彼女の元カレにボロ負けして、俺はめっちゃ悔しいです。この際、サッカーのボールを外に投げ捨ててでも勝ちます」
「かっこ悪い……」
部活対抗リレーはそれぞれ部活にちなんだものを持って走る。
園芸部は今年は小さめのアジサイの鉢、サッカー部は例年ボールを蹴って走るらしい。
そのサッカー部の人たちが近くに集まって、私たちを指さした。
「今年もせいぜい頑張れよ」
「そんなちっさい女の子出すくらい人手不足なわけ?」
「陰キャの集まりだもんな」
おお、先輩たちの顔がいきなり剣呑なものになった。
でも、そうだね。
「先輩たち」
「ん?」
私は先輩たちにニコッと笑いかけた。
「私は父から『舐められっぱなしで終わらすな』って常日頃言われているんです。ぶち殺してきます」
「花菜、俺も行く。誰かスコップ貸して、埋めてくるから」
「待て待て待て、今から走るから! 走りで負かしてきて!!」
先輩たちに止められた。
ええい、離して。このまま「ちっさい女の子」なんて舐められたままでいるわけにはいかない!!
「いいから並べって。由紀さん先頭だから、ぶちかましてきて!」
「鉢で殴っていいですか?」
「ダメ! 須藤もアンカーなんだから、最後に並べ!」
副部長に叱られて、仕方なく鉢を持ってスタート地点に並んだ。
隣に立つサッカー部の先輩が、ニヤッと笑って私を見ていた。
「転ばないようにがんばってね、かわいいお嬢さん」
「そちらこそ、その不細工ヅラがそれ以上歪まないといいですね」
「あ? てめぇ、今なんつった?」
次に走る先輩が、私の腕を引いた。
でも何か言う前に、体育委員が部活対抗リレーを始めるとアナウンスする。
「位置について……よーい、どん!」
勢いよく駆け出す。校庭をぐるっと半周して、先輩に鉢をパスした。
っし、今のところ一位だ。
私を煽った人は、近くで座って息を切らしていた。
どうしよう。走り終わったし、手を出していいのかな。
「由紀さん」
「あ、先輩。どうしたんですか?」
砂をかけてやろうと片足を引いたところで、世菜先輩が寄ってきた。
「お疲れさま。かっこよかったよ」
「そうでしょ。藤也よりかっこよかったでしょ?」
「うん。一番かっこよかった。今のところ園芸部が一番だね」
先輩がタオルを貸してくれたから、ありがたく汗を拭いた。
すると、サッカー部の人が舌打ちしてきた。
「ちっ、ウザ。女のくせに足速いとか、かわいくねえし、イチャイチャしやがって」
「世菜先輩。タオルありがとう。あいつの顔潰してくるね、物理的に」
「待って、待って!」
「やだ! 舐められたままで終わらせたらパパに怒られる!」
「あんな負け惜しみ、放っておけばいいから」
先輩に止められて、ムカつくけど仕方ない……。夜道では気をつけろよ。
「負け惜しみじゃねえし! んだよ、坂木。自分が鈍くせえからってそんな女に尻尾振ってさ」
「は? 先輩になんてことを!」
「ちょっと、花菜ちゃん、俺はいいから」
「よくない!」
「こら、由紀」
先輩に羽交い締めにされて暴れていると、教頭先生がやってきた。
いつの間にか部活対抗リレーは終わっていたみたいで、藤也も呆れた顔で走ってきた。
「何騒いでるんだ」
「こいつが先輩のこと馬鹿にするから!」
「女のくせに先輩に向かって舐めた口叩くからだろうが」
「お前みたいな顔も根性も不細工なやつの何が先輩なんだ! たかが一年早く生まれただけで偉そうに!」
「由紀、止めなさい。それに君も。次の競技の準備をするから、詳しい話は後で聞かせて」
「その前にこいつの口に砂詰めさせてください、すぐ済ませますから」
「ダメです。席に戻りなさい」
教頭先生に促されて、席に向かおうとした。
でも、世菜先輩が次の棒倒しに出るからと入場門に向かうので、ついていった。
「先輩、あいつの頭、棒で潰してきて」
「同じチームなんだよ」
「事故に見せかけて」
「花菜ちゃん、あんなやつのことじゃなくて、俺のこと応援してくれない?」
先輩が困った顔でこちらを見た。
……あんなに『見ないで』って言ってたのに。
「わかった。頑張ってください」
「頑張る」
並びに行く先輩を見送って、席に戻った。
桃にからかわれたけど、まあ、あんなところで喧嘩した私が悪い。
……教頭先生に止められる前に、砂をぶつけておけばよかった。
棒倒しで、先輩はボロボロになりながらも棒を支えていた。
少しだけ写真を撮っておく。
さっきの人に体当たりされてる。
絶対わざとじゃん。本当にムカつく。
見てられなかったけど、応援してって言われたし。
ため息をついて立ち上がった。
「先輩! 勝って! そんなやつ、やっつけて!!」
「花菜、そういう競技じゃないよ」
「そうだけど、ムカつくじゃん! 同じチームなのに、先輩ばっかり狙って、わざとぶつかって……!」
結局先輩のチームは負けちゃって、さっきの人がめっちゃ詰められていた。ざまーみろ。
「先輩……!」
借りっぱなしだったタオルを持って、退場してきた二年生のもとに向かった。
世菜先輩は砂まみれで、髪はボサボサで、あちこちに擦り傷ができている。
「酷い……保健室行こう」
「うん、ねえ、見ててくれた?」
「見てたし応援してた」
「ごめんね、勝てなくて」
「いいよ、勝てなくたって。そんなことより、先輩が怪我しないで戻ってきてくれる方がずっといい」
「泣かないでよ」
「泣いていない! もーいいから保健室! 私もそろそろ次の種目に行かないといけないから」
先輩を保健室まで送ってから、並びに行った。
あとは玉入れとクラス対抗リレーだ。
玉入れは一年女子全員でやるから、わちゃわちゃと玉を投げておしまい。
席に戻る途中で、二年生の席の後ろを通ったら、世菜先輩がクラスの人に慰められていた。
先輩はもう何にも出ないし、そのまま座っていてほしい。心配になるから。
「坂木くん、ぼろぼろじゃん」
「だいじょぶ? 手え貸す?」
「すごい狙われてたもんね。坂木くん、大人しそうだから」
……私が心配しなくても、世菜先輩は女子に囲まれて心配されていた。
ムカつくなあ、こんなに心配したのに。
なんとなくつまらない気持ちで席に戻った。
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