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10.先輩と私の写真を見て、パパは何て言うんだろうか

 体育祭当日、隣の席の桃は黄色い歓声を上げていた。


「ちょ、マジ、ひゃー……」


 藤也が走るたびにこんな調子で、スマホを構えて、大騒ぎしていた。

 他の一、二年の女子も似たような感じだけど。

 三年生の女子は「たしかにかっこいいけど、彼女に引くほどデレデレだから」と言って、そこまで盛り上がらないらしい。園芸部の先輩もそう言っていた。わかる。


 藤也の出番が終わると、桃は息を切らしていた。


「おつかれ」

「いやー……アイドルを推す気持ちって、こういうことなんだね。理解した」

「あはは、そうかも。私も後で写真撮らなきゃ」

「送ろうか?」

「じゃあ一、二枚ちょうだい。パパが欲しがってるからさ」


 パパにとって藤也は、生まれて初めて抱っこした赤ん坊だから、思い入れがあるらしい。

 たしかにすごくかわいがっている。その分厳しいときもあるけど、藤也も、うちのパパが大好きだし。


「あ、あとで花菜と王子の写真も撮ってあげるね」

「王子? あ、世菜先輩? いらないけど」

「いるんだよ」

「なんで?」


 いらないでしょ。

 桃はニコッと笑うだけで答えず、スマホで体育祭のプログラムを確認していた。


「次の須藤先輩の出番って、いつだっけ」

「午前最後の騎馬戦じゃないかな。私も動画撮ろうかな」

「パパに送るの?」

「うん。あと藤也の彼女さんにも送る」


 何気なく言ったら、桃が目を丸くした。

 余計なこと言っちゃった。


「え、知り合い?」

「……うん。ていうか、桃、そろそろ私たちも行かなきゃ。次の次、一年の短距離走だよ」


 話を逸らして立ち上がった。

 もうすぐ二年生の短距離走で、その後は一年生だ。……世菜先輩も出るって聞いたけど、どうなのかな。

 結局、先輩は部活中は断固として走らなかったから、足の速さがわからないんだけど、まあたぶんそんなに速くはないんだろう。


「……本当に、カタツムリより遅い」


 並びながら二年生男子の短距離走を見ていたけど、本当に世菜先輩は遅かった。ほんっとーーに遅かった。

 人間って、こんなにゆっくり走れるんだな……。


「世菜ーあとちょっと!」

「坂木くん、がんばれー」


 それはそれとして、先輩の友達らしき人たちは、世菜先輩のことを結構応援していた。

 ……当たり前だけど、先輩にも友達がいた。

 そりゃそうだ。私だって桃や桔花、蓮乃や、他にも同世代の友達がいる。


「あ、由紀さん今から?」

「っ、う、うん」


 ぼんやりしていたら、走り終えた世菜先輩が待機列の横を通り、私に気がついた。


「今から? 応援してるね。あ、写真撮ってもいい?」

「いらないでしょ。先輩はこのあと何に出るんですか?」

「いります。いるんです。俺は午後の棒倒しだけだよ。見ないでね」

「なんで。見るよ」

「やだよ。かっこ悪いからさ」


 先輩は顔をしかめた。

 そんなの、今さらなのになあ。


「由紀さんは?」

「私はいまから走る短距離走と障害物走と、部活対抗リレーと玉入れとクラス対抗リレー」

「全部見る」

「別にいいのに」

「見るよ、ちゃんと。頑張ってね。じゃあまた」

「……はい」


 先輩は友達と合流して、行ってしまった。

 別に言われなくたって頑張るけどさ。

 でもまあ、この前先輩に見ててって言ったし、それでかっこ悪いところは見せられないかな。


 振り返ると、桃が満面の笑みで私を見ていた。


「花菜、嬉しそうじゃん」

「そんなことはないよ」

「後で何位になったか報告に行こうね。写真撮るから」

「いらないって。それに、報告なんかしなくたって、先輩は見てるもん」


 桃はニヤッと笑って、二年生の席の方を見た。

 つられて見たら、先輩が隣の席の女の人としゃべってる……今は私の番じゃないんだから、別に同じクラスの人と話してたっていいじゃん。何の問題もない。


 そうこうしているうちに一年生の男子が終わって、次はいよいよ一年生女子だ。

 最初は蓮乃が走るけど、待機列からじゃ写真は撮れないな。……と思ったら、ゴールの近くで藤也がスマホを構えていた。


 ピストルが鳴って、蓮乃が走り出す。相変わらず遅くて、世菜先輩ほどじゃないけど、下から二番目だ。

 その後の桔花もそんな感じ。

 あとで藤也に写真見せてもらおう。

 桃も走っていって、私は一年生女子の最後だ。

 二年生の席を見ると世菜先輩はいない。あれ?と思ったら、ゴール近くで藤也とスマホを構えていた。


「え、なんで……」

「位置について」


 先輩と藤也が手を振っていた。

 行かなきゃ、二人のところへ。

 ピストルが鳴る。

 脚が勝手に動いた。

 気付いたらゴールしていて、藤也と先輩が笑顔で拍手していた。


「さすが」

「由紀さん、早いねえ」


 藤也がどや顔で私の腕を引き、世菜先輩が笑顔で私を覗き込んだ。


「……ふふ、そうでしょ」

「花菜、世菜と並べよ」

「えっ、何で?」

「由紀さん、こっち」


 世菜先輩に肩を寄せられた。

 藤也がスマホを構えて、一瞬で写真を撮った。

 すぐに私と世菜先輩のスマホが震えて、笑顔の先輩と、ポカンとした私が並んだ写真が送られてきた。


「えー、なにいきなり」

「瑞希さんに送っていい?」

「パパ泣いちゃうからダメ」

「はは、たしかに」


 世菜先輩を見ると、スマホをぼーっと見つめていた。


「先輩? ごめんね、藤也が」

「ううん、嬉しい。部長、ありがとうございます」

「いーえ。じゃあ俺、この後借り物競争あるから」

「がんばってね。あ、写真撮っておくから」

「おう、よろしく!」


 藤也は笑って走っていった。

 私は先輩と観覧席に戻る。


「……花菜ちゃんも、部長の写真撮るんだ?」

「うん。パパに送る」

「部長の伯父さん?」

「そうそう。本当は来たがってたけど、保護者は見学不可でしょ。あと、藤也の彼女さんにも」

「そっか。たぶん園芸部のグループトークで部長の写真募集したら、一瞬でアルバムができるし、山ほど写真が集まるよ」

「あはは、想像つく」


 先輩は笑って、一年生の席まで一緒に来てくれた。


「さっき一緒に撮った写真、待ち受けにしていい?」

「恥ずかしいからダメです」

「残念。花菜ちゃんは次は障害物走だっけ。頑張ってね」

「うん。先輩、見ててね」


 世菜先輩はニコッと笑ってから、二年生の席に戻っていった。

 席に戻ると、また桃がニヤーっと笑って見ていた。


「な、なにさ……」

「送ってくれたんだ?」

「そんなんじゃ……そうなのかなあ?」


 二年生の席を通り過ぎたなとは思ったけど……!

 ナンパされてから、ほぼ毎日、授業のあとには迎えに来るし、帰りも送ってくれる。彼氏か……?


「あの人、構ってほしがりだよね? クラスの友達とか彼女とか、いるっしょ」

「それ、先輩に言ったら泣くんじゃないかな」

「なんで?」

「花菜は彼氏いたことある?」

「ない。藤也のお父さんと私のパパよりかっこよくて頼りがいがあって、たくましい男に会えたことがない」


 そう言うと、桃が呆れた顔になった。


「あのさ、理想は理想でいいと思うけど、それで目の前にいる先輩を見ないのは、違うと思うんだよね」

「うん?」

「おこちゃまの花菜には難しいかなー。先輩、こんなに嬉しそうにしてるのに」


 桃は私の手元のスマホを覗き込んだ。

 ポカンとした私と満面の笑みの先輩。

 いつものふにゃっとした笑顔と似てるけど、それよりちょっと楽しそうだ。


「よくわかんないな」

「ま、先輩は好きで花菜にかまってるんだし、花菜が嫌じゃないなら、受け入れてあげればいいと思います」

「なるほど……?」


 校庭を見ると、そろそろ三年生男子の騎馬戦が始まる。スマホを見ると、桔花から


『私たちで写真撮るから、動画ヨロ』


 と連絡が来ていた。


「藤也の動画、撮らなきゃ」

「それもパパに送るの?」

「ううん、これは桔花と蓮乃に頼まれたの。親に送るんじゃないかな」

「わたくしめにも、恵んでくだせえ……!」

「自分で撮りなよ。たしか藤也は総大将でしょ」


 スマホを構えて、藤也を探した。

 藤也の乗った騎馬が出てくると、女子がキャアキャア言い出した。

 でも、藤也が笑顔で手を振ったのは桔花と蓮乃で、なんていうか、らしいと思う。


 スマホを構えたまま、ふとキョロキョロすると、二年生の席に座る世菜先輩と目が合った。

 藤也の真似をして手を振ると、先輩がふにゃっとした顔で手を振り返してくれた。

 すぐそばでシャッター音がした。

 耳元で桃がささやく。


「先輩に手を振ってる花菜は、私が知ってる中で一番かわいいと思う」


 桃のスマホに、先輩と同じようなふにゃっとした顔で写っている私が写っていて、言い返したいのに、藤也を撮っている途中だったから何も言い返せなかった。

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