⑤消滅したパビリオン
だが——
その流れにも、終わりが訪れる。
サイバーサイジング社の国際破産手続きが世界中に濡れ衣を着せられたアダソン兄弟によって正式に発表された後、キッザニア東京は、公式サイト上に一つの告知を掲載した。
「日本サイバーサイジング社パビリオン前に設置しておりました献花台につきまして、多くの皆様にご来場いただき、心より御礼申し上げます。
また、このたびサイバーサイジング社様において国際破産手続きが開始されたことを受け、当パビリオンは、〇月〇日をもちまして営業を終了させていただきました。
2019年の開業以来、サイバーサイジング社様と共に、多くのお客様に体験をお届けできましたことを、心より感謝申し上げます。
これまで本パビリオンの運営にご尽力いただきましたサイバーサイジング社様に対し、改めて深く御礼申し上げます。
ご来場のお客様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
東京キッザニア代表取締役社長 橘 恒一」
短い文章だった。
だが、それは終わりを正式に告げるものだった。
その報道は、すぐに各メディアで取り上げられる。
「キッザニア東京、日本サイバーサイジング社パビリオンの終了を発表」
「サイバーサイジングショックの影響、教育施設にも波及」
画面には、かつてのパビリオンの映像が映し出される。
子どもたちが笑いながら端末を操作していた光景。
そして——
今は閉ざされたままの入口。
現地にも、人が訪れていた。
すでに献花台は撤去されている。
花もない。手紙もない。
ただ、何もない空間があるだけだった。
「ここだよね……」
母親が、小さく言う。
隣に立つ子どもは、何も答えない。
「もう、ないの?」
その問いに、母親は少しだけ間を置く。
「……終わっちゃったんだって」
子どもは、しばらく動かなかった。
「やりたかったな」
その声は、前にここで泣いていた子どもと同じだった。
だが今回は、涙は出なかった。
別の親子も、少し離れた場所に立っている。
「ニュースで見て、最後に見ておこうと思って」
「ここ、すごかったらしいね」
「うん……来たかった」
言葉は短い。
だが、その場に残っているものは『失われたものの大きさ』だった。
中には、静かに写真を撮る人もいる。
何もない壁。
何もない入口。
それでも、そこに何かがあったことを、記録しようとしていた。
一人の子どもが、ぽつりと言う。
「ここで、仕事を体験してたんでしょ?」
親は、ゆっくりと頷く。
「うん。してたんだよ」
それは、もう過去の話だった。
あの場所で、子どもたちが体験していた『仕事』
あの場で交わされた判断。
あの空間に存在していた構造。
すべては—存在していたはずのものとして、記憶の中にのみ残された。
キッザニアの追悼声明に記された言葉。
「その意思は、この場所に刻まれ続けていく」
だが。
その『場所』が消えたあと、その意思はどこに残るのか。
その問いに、答えはなかった。
****************
こうして第7章は終わる。
構造は、すでに存在しない。
接続も、制度も、それを支えていた場所も、もいあすべて失われている。
だがそれは本当に、消えたと言えるのだろうか。
あの場所で交わされた判断。
あの場で選ばれた基準。
あの空間に存在していた構造。
それらは、確かに一度、成立していた。
そしてその痕跡は、いまもなお、個々の中に残り続けている。
それは共有されない。
確認することもできない。
だが確かに、存在している。
外部の構造が失われたあと、その内部に残されたものは、どこへ向かうのか。
それは、次の構造へと接続されるのか。
それとも、ただ個々の中で消えていくのか。
この時点では、まだ分からない。
だがその問いは、すでに別の形で現れている。
それは、どこかで発せられたものではない。
気づいたときには、すでにそこにある。
これは、誰の判断なのか。
その判断は、どこで行われているのか。
それは、自分のものなのか。
そう思った時点で、その判断は、すでに自分の外にあるのではないか。
判断を、委ねているのか。
それとも——
すでに委ねられているのか。
どこまでが自分で、どこからがそうでないのか。
その境界は、いつ決められたのか。
気づかなかっただけなのか。
あるいは最初から、存在していなかったのか。
そしてその構造は、判断を支えているのか。
それとも、静かに置き換えているのか。
それが何であったのか、この時点では、まだ確定していない。
だがひとつだけ確かなのは、その意思は、すでに人間の内部に残されているということだった。
そしてそれは、もはや特定の誰かに属するものではない。
それは、どこにも存在せず、同時に、すべての中に存在している。
それは、誰のものなのか。
その問いは、ここで終わらない。
読むことによって、その判断は引き受けられる。
あるいは気づかないまま、どこかへ委ねられていく。
そのどちらを選んでいるのか、この時点では、まだ分からない。
****************
終わり




