④失われたサイバーサイジング社の未来とサイバーサイジングショックの影響
サイバーサイジング社は、本来次の段階へ移行するはずだった。
創業者であるアダソン夫妻のもとで構築されてきたこの企業は、その最終段階として、『制度を上に置く構造』へと移行する準備が進められていた。
後継として想定されていたのは、夫妻の息子であるアダソン兄弟。
個人ではなく、制度によって運営される体制。
その構造は、単純な世襲ではなかった。
代表取締役会。
創業者である会長夫妻。
そして、倫理委員会。
それらが横並びに配置され、意思決定を支える複層的な構造として設計されていた。
アダソン兄弟は、その中核に立ちながらも、同時にそれらの組織から助言を受ける立場に置かれるはずだった。
だが最終判断そのものは、変わらない。
創業者夫妻と同様に、最終的な意思決定は、あくまでアダソン兄弟に帰属する。
つまりそれは——
「制度によって補助された個人の判断」
という、新しい形の統治構造だった。
判断そのものを構造化し、それでもなお、人の意思を中核に残す仕組み。
だがそれは、未完成だった。
夫妻の死は、その移行の途中で起きた。
中核を担っていた意思は失われ、制度は完成しないまま、宙に浮いた。
中核を担っていた意思は失われ、制度は完成しないまま、宙に浮いた。
横並びに設計されるはずだった各組織も、まだ完全には接続されていなかった。
それぞれは存在していた。
だが、ひとつの判断系として統合される前だった。
誰も、その続きを引き継ぐことができなかった。
世界中の拠点。
顧客企業。
接続されていたすべての構造。
その中心が、消えた。
やがて、後継者だったはずのアダソン兄弟は、世界中から責任を問われることになる。
本来であれば、継承されるはずだった構造。
だが、それは成立していなかった。
制度は完成していなかった。
そのわずかな差がすべてを分けた。
事実と責任の境界は曖昧になり、彼らは次第に『原因』として扱われていく。
助言するはずだった組織は、判断を持たない。
判断を持つはずだった者は、支えを失っている。
構造はあった。
だが、機能しなかった。
濡れ衣と、現実の崩壊が重なっていく中で——
最終的に、サイバーサイジング社は国際的な破産手続きを選択することとなった。
その影響は、企業一社の範囲には収まらなかった。
世界各地で、システムが停止する。
物流が止まる。
金融が混乱する。
医療が機能不全に陥る。
それは、単なる企業の消失ではなかった。
『接続されていた世界』そのものの断絶だった。
後にそれは、こう呼ばれることになる。
サイバーサイジングショック。
リーマンショックを超えるとも言われた、世界規模の混乱。
その波は、キッザニアにも及んだ。
日本サイバーサイジング社パビリオン。
一度は、祈りの場所となったその空間は——
やがて、完全に姿を消すこととなる。
痕跡だけが残る。
あの場所で、子どもたちが体験していた『仕事』。
あの場で交わされた判断。
あの空間に存在していた構造。
すべては、存在していたはずのものとして、記憶の中にのみ残された。
キッザニアの追悼声明に記された言葉。
「その意思は、この場所に刻まれ続けていく」
だが、その『場所』そのものは、やがて終わりを迎えることとなる。
献花は、しばらくの間続いた。
花は絶えることなく供えられ、手紙も、絵も、毎日のように増えていった。




