③献花場所化したパビリオン
かつて、子どもたちが仕事を体験していた場所。
日本サイバーサイジング社パビリオン前。
キッザニア東京が公式に追悼声明を発表し、その直後にパビリオン前へ献花台が設置された。
そこは、すでに別の場所になっていた。
笑い声が響いていたはずの空間には、今、別の静けさが満ちている。
花が置かれている。
夫妻がそれぞれ生前好きだった赤とオレンジのバラをはじめ色とりどりの花束が、幾重にも重なり合うように並べられていた。
その隙間に、小さな紙が差し込まれている。
子どもが書いた手紙だった。
折り紙で折られた鶴や花が、その上にそっと添えられている。
お菓子の袋。小さなおもちゃ。
どれも、誰かが「渡したかったもの」だった。
紙には、拙い文字が並んでいる。
「またあいたかった」
「ありがとう」
「ぼくもエンジニアになる」
その一つ一つは短い。
だが、それ以上の言葉は必要なかった。
壁には、絵が貼られていた。
夫妻の似顔絵。
サイバードロイド。
そして、日本サイバーサイジング社限定のマスコットキャラクター、AIサイバーサイジング。
どれも、記憶の中にある姿だった。
「ここ、サイバーサイジング社でしょ?」
子どもが言う。
誰も否定できない。
「死んじゃったの?」
その問いに、誰も答えはない。
親は、わずかに言葉を探す。
だが、見つからない。
日本サイバーサイジング社のバビリオンだった場所は、いつの間にか祈りの場所になっていた。
周囲では、親子連れが足を止める。
何も言わずに手を合わせる者。
静かに頭を下げる者。
スマートフォンを取り出し、記録として残そうとする者。
「ニュースで見て……来ました」
「ここで体験するのの、すごく楽しみにしてたんです」
「どうしても、連れてきたくて……」
言葉は小さい。
だが、その場にいる誰もが同じ理由で立ち止まっていた。
その様子は、報道でも繰り返し伝えられていた。
SNSにも、同じ光景が流れていく。
花。
手紙。
子どもたちの絵。
投稿には、数えきれないほどの反応が寄せられる。
「泣いた」
「子どもが手紙を書いた」
「こんな形で終わるなんて思わなかった」
いいねの数は増え続け、コメントは途切れない。
だがすべての来場者が、その意味を理解していたわけではなかった。
「え……今日、体験できないんですか?」
受付の前で立ち止まる親子。
「普通にやってると思って来たのに……」
子どもは、閉じられた入口を見つめたまま動かない。
シャッターは下りている。
案内表示はある。
だが、その先へは進めない。
「やりたかった……」
その声は、小さく、しかしはっきりと響いた。
中にはその場で泣き出してしまう子どももいた。
親が肩に手を置く。
何かを説明しようとする。
だが、その言葉は途中で止まる。
ここで何が起きたのか。
何が終わってしまったのか。
大人ですら、完全には理解できていなかった。
それでも。
花は増え続ける。
手紙も、絵も、途切れることはない。
そして。
一人の男の子が、そっと前に出る。
何も持っていない。
ただ、しばらくその場に立ち尽くす。
やがて、小さく手を振った。
「また来るね」
その言葉は、約束だったのか。
それとも、願いだったのか。
シャッターの向こうには、何もない。
それでも。
まるで——
そこに、誰かがいるかのように。
だが、その「誰か」は、もう存在していなかった。




