表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
300/301

◆5-33 スリディム湖の秘密





 銀盤の湖『スリディム』。

 この季節の『銀』は特に濃い。


 「今の時期は澄んだ雪解け水が流れ込み、湖水は美しく透き通ります」

 カーラは星空を見あげた後、湖底を指差した。

 「ご覧下さいませ。

 夜空に舞う火の粉(ともしび)が、スリディムの湖底にも映し出されております」


 パチパチと爆ぜる薪。そこから巻き上がる火の粉。

 それはユラユラと揺れながら風に乗り、拡がる星空を書割(カキワリ)にして跳ね回る。

 そしてそれは、足下の湖底でも同じ姿で舞っていた。

 僅かな歪みや不鮮明さはあるものの、上質な鏡と比べて然程遜色の無い、巨大な水鏡。


 「更に年に一度、数日の間、夜間のみですが。

 湖底より淡い光の粒が出現し、空へと昇って参ります。

 私達はこれを『精霊送り』と呼んで楽しんでおります」

 カーラは目を細めて、光粒漂う夜空を見上げた。

 「しかし昔は逆でした。

 これは『精霊の葬列』と呼ばれ、人々に忌み嫌われておりました」


 此の場所に町が出来る遥か昔より続いていた、この現象。

 当時の人々は、神の御業(みわざ)か悪魔の(わざ)かと、酷く恐れた。


 「昔の人は、光の粒が空へ昇る現象を魂の終焉の(あらわ)れであると言って、この地に寄り付きませんでした。

 近付けば、その者の魂も一緒に天上へと導かれる…と、言われていたそうです」


 更に、湖の中心にある小島も、人々に畏敬の念を抱かせる原因だった。

 小島に在る、設立年不詳・目的不明の廃墟。

 かなり旧い時代の聖堂遺跡だろう…という事しか判っていない。

 伝承も残っていないし、詳しい調査も行われていない。


 神のモノか悪魔のモノか。理解しかねる謎の現象。

 その中心には、何を祀っているのかすらも判らない聖堂跡。


 知らない事には関わらない。近付かない。

 長い間、人々はこの地を避けて暮らしてきた。

 だから銀湖の光粒現象の答えを見つけ、人々が安心して暮らせるようになるまで、随分と時間を要した。


 「ある時その理由が判明し、人々は安心してこの地に移住を始めたのです」

 湖底に銀盤が拡がっている理由。

 毎年、光の粒が顕現する事象。

 「…更に、その光粒が姿形を変える、先程皆様がご覧になった現象。

 全て、皆様の周りに、ごく普通に存在する()が原因でした」


 結果的にだが、ある一人の若い漁師の行いのお陰で、この現象の正体が明らかになった。



 この地より下流にある、川沿いの町に住んでいた若い漁師は、ある時、漁師組合と揉め事を起こして禁漁の罰を受けていた。

 組合の裁定に納得できず、憤っていた若者。

 何としても漁に出てやろう。漁師のプライドに賭けて、魚を獲って生活してやろう…と、躍起になっていた。


 だが、(くだん)の組合が管理する漁場には立ち入れない。

 他の漁場は別の組合が管理していて、横入りは赦されない。許可なく獲れば殺される。

 若者は、組合とは関係の無い漁場を求めて歩いた。

 上流へ上流へ……

 何日も歩き続け、終にスリディム湖にまで辿り着いた。


 銀色に輝く異様な姿。その美しさに恐怖した。

 幼い頃から聞かされていたこの湖の寓話。

 幾つもあるその話は、どれもこれも、此処には近付くな…と締め括られていた事を思い出した。


 一時(いっとき)躊躇した若者だったが、自分が漁に出られる場は此処しかないと決心した。

 簡易的な小屋を建て、小舟を造り、漁を始めた。


 寝泊まりしながら、何日も魚を獲り続けた。

 そして、ある事を発見した。

 この湖で漁をすると、全く違う二種類の魚が獲れたのだ。


 小型だが淡白で美味。何処の湖川にも存在する(いる)、普通の淡水魚。

 そして、熟柿臭(じゅくししゅう)漂う異形と成り果てた、派手な色彩の大型魚。


 銀盤の、更に底を網で(さら)うと異形が獲れ、銀盤面より上で糸を垂らして釣ると、形の美しい淡水魚が獲れた。逆は一度も無かった。


 近縁種が、餌や水温の違いなどで棲み分ける生息様式の違い…その程度では説明のつかないくらいの形態の差。

 遠縁よりも離れた種である生物同士が、同じ湖の中で棲み分けている。

 生息様式どころか、生物分布すら違う。それが銀盤の上と下。

 直ぐ近く、銀盤一枚挟んだ距離。なのに、異形の大型魚は淡水の小魚を餌にしない。

 異形は異形同士、淡水魚は淡水魚同士でしか食い合わない事も判った。


 若者は人々が漁に出ない時間帯を見計らって一気に川を下り、もと居た町より更に下流の大きな街まで辿り着き、其処で獲れた魚を片端から売り捌いた。

 当然だが、異形の魚は売れなかった。見た目が悪過ぎたし、匂いも独特過ぎた。


 「異形の魚は大きくて身も厚い。捨てるのは勿体無い。

 若者は異形(それ)を切り身にして売りました。見た目だけでも誤魔化そうと考えたのです。

 そうしたら、通りがかった富豪と、一緒に居た貴族の目に留まり…」


 切り身で売ると、熟柿臭漂う切り身の方が、貴族や富豪達には好まれた。

 甘露の様な味のする魚だとして、その場で絶賛した。

 その様子を見ていた平民達が我も我も…と、購入したのだが…。

 彼等には非常に不評だった。昏倒する者や嘔吐する者まで出て、大騒ぎとなった。


 官憲が仲裁に入って双方に聴き取りをすると、貴族達は若者を庇い、平民達は若者を罵った。

 困った官憲は、問題の切り身を回収して調査した。


 「調べてみた所、熟柿臭の原因は高濃度の魔素に因るものと判明致しました」


 魔力の少ない平民達は、魔素の塊の様になっている魚を食べるれば体調を崩す。

 しかし魔力の高い貴族達にとっては、失った魔力を回復させてくれる栄養剤として、非常に高い効能があった。


 異形の大魚は、濃い魔素を蓄えた藻や小魚を食べて育ち、姿形の良い淡水魚は、魔素の全く無い環境で育った。

 魔素に慣れた魚は魔素の無い環境を嫌う。逆も同じ。

 「…つまり、銀盤の面は魔素濃度の境だったのです」


 濃密な魔素が水の濃度や粘度を変化させて湖底に溜まり、光を屈折・反射させる。それが銀盤の正体だった。


 この世界には、目には見えないが当たり前にある『魔素』。

 酸素や窒素と同じ様に、空気中に存在している。

 銀盤の正体が、ただの濃い魔素溜まりだと判ったら、人々の恐怖は薄らいだ。


 「それが年に一度、この時期の夜間のみですが…」

 湖底に堆積し過ぎた魔素が、塊と成って浮上する。それが光粒の正体。

 飽和し、溢れ出す様にして宙へ昇って行く。

 全て、ただの魔素。目視出来るくらいに濃くなっただけの魔素の塊。

 「だから、物質化魔術式の心得が無い子供達でさえ、念じるだけで思い通りの形に変える事が出来るのです」

 それが、先程の『魚』や『花束』に変化した現象の正体だった。


 気温、湿度、水質…どの様な条件が揃ったら、水底の魔素が浮上するのか?

 魔素の存在自体に不明な点が多々あるので、何故、『精霊送り』が起こるのか等、まだまだ謎は多い。


 ただ、人体に悪い影響が無い事は既に証明されて(わかって)いる。異形の魚を魔力の少ない者が食べない限りは。

 なので人々はこれを純粋に楽しみ、この現象を観光の目玉として、周辺の町から客を集めている。


 「この現象は数日続きます。

 明日辺りから、『精霊送り』を観に来るお客様も増えますわ」

 そう言って、カーラはニコリと微笑んだ。



 「興味深い現象だけれども…」

 アビゲイルが口を挟んだ。

 「湖底に魔素が溜まると言うことは、それを目当てに魔獣も集まるのではなくて?…昼の硬毛羆の様な……」

 当然の疑問だった。


 魔獣は、濃い魔素溜まりで生き延びた獣が変質して誕生する。

 そして、常に濃い魔素溜まりを欲している。

 なので魔獣は、魔素の濃い山奥や森等に生息し、滅多に縄張りからは離れない。

 しかし此処の湖底には、彼等の望む濃い魔素溜まりが存在している。魚が変質する程のモノが。


 「この湖周辺に魔獣が近寄る事は無いのです。

 …いつもなら、ですが…」

 少し困った顔をしながら、カーラは口を開いた。


 魔素の濃い銀盤面下に比べ、銀盤面上の湖中や、町を含む湖周辺は極端に魔素が薄い。

 本来ならば、魔獣が嫌がる様な環境なのだ。


 「なので、飢えて見境のなくなった大型獣や飛獣が迷い込む事はあっても、魔獣がこの湖周辺に近付くなんて…滅多に無い事なのですよ…」

 魔獣である硬毛羆と灰群狼が、共に群れて山を降りてくる。こんな事は初めてです…と、カーラは戸惑いながら呟いた。


 「ああ…だから城壁塔の装備が対人・飛獣用ばかりだったのね」

 塔の中に入った時に確認した兵器が、投石機械(スリング)機械式弩弓(バリスタ)、投下用の毒ばかりだったのを、アビゲイルは思い出していた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ