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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
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◆5-32 導きの使者




 「何だ…あれは…?」

 静粛な葬儀中。なのだが、参列している騎士達の間からも驚きの声が漏れ聞こえてきた。

 知らない現象を前にして、警戒する様子が見て取れる。



 夜の星空を映し取った銀盤の湖、スリディム。

 透き通る雪解け水を豊富に蓄える椀の底。滑らかな鏡の如く銀色広がる湖底から、複数の淡い光の粒が次々と現れた。

 それはまるで、天上の星々がスリディムの湖から産まれ直すかの様な、不思議な光景だった。


 生まれ出る数多の水中光粒は、ゆっくりと水面(みなも)を目指して浮上する。

 湖面に投影されていた平面的な光粒は、水と空の境界面を通り抜けて変質し、立体的な蛍火と成って宙を舞った。

 湖面から離れた幻想的な光は、水中光芒(すいちゅうこうぼう)ならぬ空中光芒と成り湖上を漂う。

 淡い光が広大な湖の水面と乱反射して周囲を照らし、湖畔の町の夜空に幻想的な色彩を映し出していた。


 「はぁ…今年も変わらず美しいわね…」

 「ママー、ボク、今年は『お魚』がいい…」

 「なにいってるの?先ずは『お花』でしょ…」

 参列していた姉弟がボソボソと呟いた。すると親子の近くに飛んでいた光粒が(かすみ)の様に薄くなり、淡く光る『小魚』や『花束』に形を変えた。


 「こ…こら…、まだ葬儀中……!」

 「…空を漂うなら『雪』でしょう?」

 「…飛んでいるのだから『鳥』だろう?」

 大人の制止を無視し、別の子達がコソコソと話しだした。すると今度は半透明の『雪の結晶』や、おぼろげな『小鳥』へと姿を変えた。

 それらはフワフワと漂いながら空へと昇り、星々の中に消えていった。


 「な…何が起きておるのだ…?」

 「魔性の仕業か…?」

 枢機卿(イリアス)の側近達でさえも、葬儀中である事を忘れてざわつき始めた。


 「静粛に!今はまだ葬儀中である」

 枢機卿(イリアス)が声を上げるが、ざわつきは止まない。

 「…まさか『精霊送り』と被るとは…如何にしたものか…」

 彼はそう呟きながら、バルバトスを一瞥(いちべつ)した。

 「バルバトス卿、貴殿の領地での事象。

 何とか収めて貰えないだろうか?」


 困った様な顔をして少し考えた後、バルバトスは顔を上げて頷いた。

 「慣例から逸れますが、仕方ありますまい」

 そう言いながら葬列を離れ、湖に向けて歩き出した。

 「(いにしえ)の祭葬を再現致しましょう。

 …使()()殿()に葬儀を締め括って頂きます」

 彼はほとりに近付いて片膝を突き、水に右手を浸した。


 湖中を漂っていた光粒は引き寄せられるかの様にして彼の周りに集まり、先程と同じ様に光る霞となって湖面を光らせた。

 水中の霞光(かこう)が少しずつ形を変える。(つい)にそれはハッキリとした人の形を成し、水中から現れ出でた。


 「凄い…巫女様だ…」

 「聖典にある『導きの使者』様を、これ程まで完璧に再現なさるとは…流石は領主様」

 「みこさまだー」「きれいねー」「シッ…静かに…」


 現れたのは、マントのフードを目深に被る女性。

 マントの下には葬礼を司る巫女の衣装。枢機卿(イリアス)の纏う礼服よりも旧い時代のもの。

 手に持つのは、迷える民衆を導く際に用いた黒紫色の短杖(たんじょう)。聖典の挿絵通り、持ち手の部分に八染躑躅(やしおつつじ)の花の絵が彫り込まれている。

 フードから覗く顔の造形、彼女のその立ち姿は、聖典の挿絵にある『導きの使者』そのもの。


 皆、彼女に見惚れた。

 厳かな雰囲気を纏う彼女を見て、喋る事を忘れた。


 バルバトスが片膝をつき、『導きの使者(彼女)』に頭を下げた。

 「導きの巫女様に願い奉ります。

 我が盟友にして英雄。勇敢なる者達をそちらにお送り致します。

 どうか彼等が道に迷わぬ様、天上までの道中をお導き下さい…」

 バルバトスが口上を述べると、その『使者』は軽く頷き、彼の前から離れてゆったりと歩き出した。そして、無言のまま燃え盛る棺に近付いた。

 彼女は棺に片手を置き、持っていた杖を高く掲げる。すると突然彼女は霧散し、光るベールとなった。


 光るベールは、枢機卿(イリアス)の行った儀式と同じ様に棺を覆う。そして、その中へと消えていった。

 「………」

 形容し難い光景を前に、言葉を発する者はいない。

 暫くすると、棺から光る霞に覆われた無数の光粒が現れ、薪組の上空を漂い始めた。


 パチンッ!

 その時、薪が弾けた。

 火の粉が飛び散り、炭と共に宙に舞う。

 光る霞に覆われた光粒は、舞う火の粉を伴いながら星空へ向けてゆっくりと昇って行った。


 「…葬礼は滞りなく終わった。

 彼等の道行きは、導きの巫女殿の手に委ねられた」

 枢機卿(イリアス)が宣言し、葬儀は終わった。


 だが、誰も口をきかない。

 幻想的な雰囲気にのまれ、皆、宙を舞う火の粉を呆然としながら見つめていた。

 炭となった薪組が潰れて崩れる音が聞こえ、ようやく皆は我に返り、顔を上げた。


 「あ…!あれは一体何だったのだ?」

 「バルバトス殿が…聖典の巫女を召喚した!」

 「具現化する魔術式か?しかし生物を造るなど…」

 そこかしこから驚きの声が上がる。


 「落ち着いて下さいませ、皆様」

 ざわつく彼等に声を掛けたのは、フレイスティナの侍女頭であるカーラだった。

 「これは『精霊送り』と呼ばれる自然現象で御座います。

 決して危険なモノでも、特殊な魔術式でもございません。ご安心下さいませ」

 彼女は狼狽える側近達を落ち着かせようと、優しく語り掛けた。


 「精霊送り…?

 先程の光景は、とても自然現象であるとは思えないのですが……」

 夢幻の様な光景を目にして、エレノアは怪訝な表情で空中を漂う光の粒を睨みつけている。


 「エレノア様の御懸念はごもっとも。

 先ず、この湖について…ご説明致します」

 カーラは一呼吸おいた後、静かに語り始めた。




 

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