◆5-31 葬送
結局、機械式大型弩を使用して勝利へと導いた者が何処の所属だったのかは判らなかった。塔に踏み込んだ時には既にもぬけの殻だったから。
巨大な矢を、あの速度で巻き上げ・装填作業し、連続して命中させた者達の行方は知れず。
撃ち込まれた矢は一本を除いて全て『黒い木』に命中。
まだ成長途中だったとはいえ、矢で幹をへし折った驚異的な技術力。
そして、『黒い木』から外れた位置に撃ち込まれた一本の矢。こちらも意図的にこの場所を狙ったみたい。
わざわざ軸旋回と射角調整を行った形跡が残っていた。だから判明した。
茂みに隠れていた小動物に命中したらしい。だけども身体が四散していた為、何の動物に当たったのかは判らなかった。
現場に残留していた魔素の濃さから、魔獣が潜んでいた事は明らか。
つまりこの場に居た射手達は、湖から山側へと冷風の渦巻く此の戦場の難しい風の流れを読みきり、放った矢を全て目標に命中させたと言うこと。
…試射もせずに?驚異的だわ。
ガラティアおねえちゃん以外で、こんな事が出来るニンゲンなんて…いるの?
いくら訓練しているとはいえ、門兵達が行えたか…?というと、まず無理だろう。何より誰も手柄を主張しないのが可怪しい。
なら、ホーエンハイム血族の仕事か…?とも、思ったのだけれど…。
エレノアお姉様やアビゲイルに匹敵する頭脳を持つ親族の誰か…なら、可能かもしれない。
でも…バルバトスお父様の驚いた表情を見ると、それも違うみたい。
誰が、どの様にしてこの場に侵入したのか?
どうやって、熟練した機械射手を超える速度と技術で連射出来たのか?
何故、手柄を報告せずに姿を消したのか?
…結局、何も判らなかった。
◆
太陽が傾き、西側山麓の峰の間から差し込む斜陽が町の湖を紅く輝かせる頃になり、ようやくエレノアお姉様達は凱旋した。
騎士達と共に遺体を収容していた為に、遅くなったのだ。
二名は聖教国の重装騎兵。他は全てバルバトスの護衛兵達。
十名強の騎士が犠牲になったけれど、硬毛羆二頭と灰群狼の群れに相対して…と考えれば、上々の戦果。
本来ならば、これっぽっちの犠牲で軍中隊規模の戦力にも匹する敵一群を相手に殲滅出来た…その事自体が奇跡の様なものだから。
単純に喜びを分かち合えれば良かったが、そういう雰囲気にはならなかった。
…回収された騎士達の損壊具合は酷いものだったらしい。
灰群狼の牙や爪に因る遺体の損壊は然程でも無かった。
主に裂傷や咬傷、手脚の切断による出血多量がほとんど。稀に、高濃度魔素に因る心臓麻痺。
だが、黒い幹に巻き込まれて亡くなった聖教国の騎士達は…人の形を留めていなかった。
全身の骨が砕かれ血液は搾り取られ、四肢が千切れていた。
その場で簡単な修復が行われた。
しかし、棺桶の蓋は閉じられたまま運ばれ、最後まで開けられる事は無かった。
空が暗くなり始めた頃、エルフラード叔父様の一行が町に到着した。
北門広場の踏み荒らされた土、飛び散った真新しい血と臓物、焼け焦げて真っ黒になった地面、バリスタの矢が刺さったまま倒れている黒い木を見て、一行は酷く警戒しながら門を潜った。
お父様が事情を説明し、その後、町全体での葬儀が執り行われる事になった。
葬送は町の司祭ではなく、枢機卿が直々に執り行った。少しでも彼等の忠義に報いたい…と、本人の申し出から。
聖教国の騎士だけでなく、バルバトスの騎士達も纏めての葬儀となった。
自国内の共同葬儀を他国の司祭が執り行う。
この国では異例の事であったが、同じ宗教の同じ宗派。しかも枢機卿。誰からの異議も出なかった。
彼等は英霊に叙され、永世騎士爵が与えられた。
亡くなった人に対する聖教国内での最高位の勲位。
葬送舞踏はエレノアお姉様が行い、担ぎ手は、エルフラードとバルバトスを先頭に、側近達一行が直接担った。
遺体は持ち帰らず、荼毘に付される事になった。
遠征中でもあり、聖教国へ持ち帰る為に護衛の数を割くわけにもいかないので、本人証明の所持品だけを回収して火葬にした。
土葬が出来れば良かったが、この辺りで遺体を埋めると近隣の獣を呼び寄せかねない。なので、この町の風習に合わせてもらった。
「神々のおわす所、我等が故き郷の真祖へと申し奉る。
主の母、女神マイア。我は貴女の末子なり。末子の祭詞を上げまする。
我等の子であり友であり、我らが誉れ。英雄と成りし彼等を御身の郷へと送ります。
天上へと続く階段を昇りし彼等の為に、どうかその重き扉を開き、御身の郷へと招き入れ賜え。
そして、彼等に主女神の祝福を授け賜わらんことを、切に願い奉る………」
湖畔に組まれた薪組に火がくべられると、枢機卿お祖父様の祭詞が滔々と述べられた。
彼の祈り声は深く暗い湖面に拡がり、鎮かに響き渡り、天上へと昇って行った。
「……彼等に永劫の安寧と安息を与え賜え……」
厳かな雰囲気の中で祭詞が終わる。
枢機卿お祖父様はゆっくりと片手を挙げ、自分の魔力を薄い霧状の魔素に変質させて放出した。
「おお…あれが…」
民衆がざわつく。そして涙を流しながら祈った。
霧の魔素は空中でその形を変え、半透明の巨大なベールへと姿を変えた。そして暫く宙に漂うと、炎に包まれた棺の上に、フワリと柔らかく被さった。
魔素のベールは棺を優しく包み込み、燃える炎と溶け合う様にしながら空へと消えていった。
バルバトスが号令を発する。
「英霊達に!敬礼!」
騎士達は一斉に儀礼刀を抜き、顔の前に構えた。
それと同時に、教会の鐘が遺体の数だけ打ち鳴らされた。
鎮魂の鐘の音は星空を響き渡り、湖に投げ入れられた花が湖面に薄く拡がっていく。
銀盤の様なスリディム湖に映り込んだ星空。その上を滑る色とりどりの花。
厳かな鎮魂の合唱が山間に木霊し、弾ける火の粉は空高く昇って行った。
「あ…!…あれは…!?」
突然、アビゲイルが草花の揺蕩う湖面を指差した。
騎士達からも、次々と驚きの声が漏れる。
湖面から、いや、湖中から淡い光の粒が浮き上がって来る。まるで、湖中に映る星が解き放たれたかの様に。
それはフワリフワリと湖面上を漂った後、火の粉と共にゆっくりと空へ昇って行った。




