◆5-30 見定める者達
カーーン………
硬木に硬木を叩き付ける様な音。
喧騒激しい広場に、乾いた音が水を差す。
混乱の最中に居る者達は皆、周章狼狽する空気を切り裂いたその音に気を取られ、一時沈黙した。
「お…おい、あれ…!」
一人が音の源を指差し、皆がそちらを振り返る。
この騒ぎの元凶、硬く太く黒い幹の真ん中。丁度、人の頭より一つ上。
そこに太い矢が突き刺さっていた。
矢は未だ、突き立った時の衝撃を逃がす為、上下に激しく震えている。
普通の矢ではない。人の腕よりも太い矢。
それが見事に貫通していた。
「あれは…城壁塔に設置してある機械式大型弩弓の矢ではないか?」
門兵の誰かが呟いた。
その問に答えるかの様に、再度、高い音が響き渡った。
ヒュン……カーーーン………
それは間違い無く外壁の端から。
湖にせり出した城壁塔の射出口から発射されていた。
二射目は一射目の少し上。
そこに同じ太さの矢が貫通し、激しく振動している。
黒い幹を二本の太い矢が貫いた。
ビキビギビキキ………乾いた音が響き渡る。
余分な力を逃す為の残留振動が、貫通孔を押し拡げていく。
裂け目は縦に伸び、硬質化した黒い幹に白く歪な縦線が走った。
カーーーーン………
高い音が三度。
前二つの貫通孔の更に上。
三本目の巨大な矢が、ヒビの拡がった跡に沿うかの様に幹を穿った。
バキバキバキ………
完全に硬質化していた幹は、貫通孔を押し拡げようとする力を逃す術がない。
騎士を取り込み、臓物を喰らい、エレノア迄も糧にしようとした黒い触手の中心は、縦線に沿って二つに裂けていった。
ミシミシ…バキバキバキ……
幹となっていた部分には大きな亀裂が走る。
周囲で猛威を振るっていた黒い触手は動きを止め、痙攣するかの様に、小刻みに震えだした。
捻じれ絡み合った黒い幹の根本は二つに割れ、その狭間に取り込まれた騎士の遺体が顔を覗かせる。
割れた幹の間から飛び出したそれらは、原型を留めず、絞り切られた雑巾の様になっていた。
エレノアに絡みついていた触手も剥がれ落ち、急速に萎んでいった。
◆
「アレは…バリスタの矢よね…?」
アビゲイルは、黒い幹に突き立った矢を見ながら呟いた。
突き立ったモノを凝視する。
軌道を安定させる為の螺旋状の切り込み。
大人の腕よりも太い軸。二股に分かれた矢筈。
間違い無く機械式大型弩弓の矢。
射線から割り出した発射位置は、私達の足下の斜め下。
水素の気球を作っていた時に見上げた塔の開口部。今は見下ろす位置。
城壁塔の中から発射されたみたい。
カーーーーン!!
四発目が命中。
拡がっていくヒビに駄目押しの一撃。
黒い幹は綺麗に割れ、倒れた。
痙攣していた触手も急速に枯死し、静寂が訪れた。
「こんな簡単な方法で…」
「バリスタの使用は最初に除外した戦術だったね」
「しょうがないじゃない。だって……」
城壁塔のバリスタは、空飛ぶ大型魔獣や近付く騎馬戦車を迎撃する為の物。
魔獣達が陣取っていた丘の上までは射程外。
たとえ射程圏内に入ったとしても、地を駆け回る魔獣に当てるのは至難。戦力としては不確定。故に、元から作戦には組み込まなかった。
当然の判断。たとえ立案者が私でもそうしただろう。
私はハッとして壁から身を乗り出し、塔の発射口を覗き込んだ。
「お姉様…?」
「…誰が撃ったの?」
射出口からは、迫り出した機械式大型弩弓先端部と矢が、ほんの僅かに見えるだけ。
観測手も見えない。誰が射出したのか判らない。
「く…見えない…!」
「どうしたの?当然、門兵が撃ったのでしょう?」
「違う…門兵じゃない!」
バリスタは発射準備と射角をとる作業だけで複数人の力が要る。時間も取られる。簡単に発射出来るものではない。
それなのに、『黒い木』の発生直後に動作させて、ピタリ真ん中に撃ち込んでいる。しかも連続四射。それはつまり…
「予め、こうなる事を知っていないと撃てないでしょ!準備に時間の掛かる兵器なのに…」
射った奴は、ガラティアの計算予測以上の事が出来るか、『黒い木』を発生させた張本人か……。どちらにしろ、普通の人間ではない。
アビーと弟もそれに気付き、急いで壁上から顔を出して下を覗き込んだ。
ヒュン……ドス……
その直後、五発目が発射された。しかしそれは、それまでの軌道を大きく逸れた。
少し奥まった位置に。何もない草むらの中に突き立った。
正確に四発も当てたのに、五発目を外した…?
いえ、そんなはず無い。『黒い木』は既に倒れている。もう射つ必要が無い。
それに、あそこまで射線が逸れる…つまり、意図的に射角を動かした…。
私は『眼』を発動させ、矢の突き立った場所に意識を集中させた。
「…何?あれは……」
大勢の騎士や魔獣達の魔素に紛れていた『モノ』が視えた。
物凄くドス黒くて濃い魔素の塊。なのに薄い。正確には、先程までは薄かった。
矢が突き立って暫くした後、掘り当てた泉が噴き出すかの様に、何も無かった場所から魔素が噴き出した。
「あれ?景色が…歪んで見えるわ…?」
「矢の突き刺さった場所から、湯気みたいなものが立ち昇ってるよ。お姉様」
『眼』の無い彼等にも見える位に濃い魔素の対流。
草陰に隠れていた。それが何かは判らない。が、恐らく『元凶』が居たのだろう。
異常な程に濃い魔素と、そこに含まれる悪意を感じ、私は思わず身震いした。
◆
こんな所にまで根を延ばすなんて、相変わらず節操がありませんね。
聖教国経由は不可能ですから、帝国を大回りして来ましたね。
帝国の魔女には、ちゃんと監視しておく様にと言わないといけませんねぇ…。
祝福を観覧に来て、まさかあのBBAに…おっと、汚い言葉はいけませんね…。まさか、あの下衆醜女に遭遇するとは。
しかし運が良かった。間に合いました。
危うく大切な駒を壊されるところでした。
黒の森の魔女が動けない今、この地の護りはガラティアだけ。その隙を狙いましたか。
バルバトスは良くやってくれていますが、少々心許ないですね。
未知の技術は禁止事項に抵触します故、私の防衛手段を授ける訳にもいきません。…とはいえ、放置すると次は彼女が壊されかねません。
今回は、丁度良い兵器があって助かりました。
…しかし、困りましたね。
常にこちらを観ている事も出来ませんし。…どうしましょうか?
取り敢えず、出来る範囲で保険だけでも掛けておきましょう……この程度なら、禁止事項に触れないでしょうし。
◆
ああ…!くそっ!
苦労して延ばしたのに!
フィクス・ベネナータを発芽させた時の魔力から、位置を特定されたのかしらねぇ…?
あの嫌味野郎…まさか、あの場にアイツも居たなんて…。
しかし、アイツが直接手を貸してまで護ったニンゲン…。『エレノア』といったかしらね。面白いわぁ…。
手の空いてる子供達に監視させましょうか…。
幸い、帝国にも聖教国にも子供は居るし。監視は容易よね。
機を見て取り込むか、無理なら殺してしまいましょう。
先ず、今は北方に集中しなければね…。
聖教国との戦争に持っていければ一番自然。容易だったのだけれど…。もしそうなれば、ヤツの悔しがる顔も拝めて一石二鳥だったのに。
でもまぁ…次善の策が無いわけではないけどね。少し無理矢理だし、不自然なのは否めないけれど。
そろそろ帝国の浸透も満ちるでしょう。
あの子は実に良くやってくれているわ。流石、私の傑作。
帝国の魔女の子供達が少ぅし厄介だけど…少数だし。どうせ流れは止められないでしょ。
王帝のヤツが覚った様子は無いけれど、気付いたとしてもどうしようもないわね。
内乱を起こす訳にもいかないでしょうし。
たとえ先回りしようと動いたとしても、こちらの手の方が長くて速いからね。
…聖教国に潜ませている子供達…あの子達にも手伝わせましょうか。暇を持て余してるでしょうし。
それに、何やら面白い玩具を隠し持ってるみたい…。
実際に試用してみたいでしょうからね。
新たに世界、回しましょう。
サイコロを振って、駒を進めましょう。
このゲーム、次こそ勝たせてもらうわ。
観てなさい…キロン。
そのニヤけたクソ面、歪ませてやるわ。
ちょっと小休止。
一週間程お休み頂きます。
次回はジェシカのお話の更新から。




