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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
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◆5-26 アドバルーン




 酩酊して(ひざまず)いたエレノアと、息を切らしている仲間(赤毛)。それを無視して、硬毛羆(黒毛)は戦場を駆けた。最短経路で目標(イリアス)を目指す。


 「動ける者達で防御陣形を組み直せ!」

 バルバトスの激が飛ぶ。

 気絶している仲間達を諦め、一斉に門前まで下がる重装騎兵隊。迫りくる硬毛羆(黒毛)に対する防御陣形を組み、隊列を立て直した。


 壁上の人々は下の様子に釘付けとなり、自分達の頭上を通り抜けるモノに気が付かなかった。

 目下の広場を駆ける硬毛羆、それの上に大きな影が落ちたのを見て、初めて空を見上げた。


 そこには大量の革袋。それらが陽の光を遮っていた。

 全てパンパンに膨らんでいて、今にもはち切れそう。

 それが巨大な漁網に覆われ、一つの巨大な風船(アドバルーン)となって宙に浮いていた。


 「やはり魔道銃だけじゃ硬毛羆(やつら)は殺しきれなかったか。

 次善の策を用意しておいて良かった。ギリギリ間に合ったわ」

 「間に合って無いわ!アビー!早く早く!!」

 「急かさないで。意外と難しいのよ…コレ」

 圧縮魔術式と物質化魔術式の混合技術でアドバルーンを操作するアビゲイル。固化した空気を熱対流で動かしながら、革袋を戦場の上空まで運ぶ。


 「この位置だと、エレノアお姉様を巻き込みますよ…アビー?」

 「大丈夫よ。あれ、ゴリラ女(エレノア)だもん」

 下を覗き込みながら呟くリーヴバルドルに対して、アビゲイルはあっけらかんと答えた。


 絶望した周りの人々とは違う雰囲気で壁上から広場を見下ろす三人。


 「合図したらぶっ放しなさい、リーヴ。

 勿論、エレノアごとで構わないわ」

 「わかった…」「え?ちょっ!おまっ!?」

 「何でも出来るアビゲイル様の一芸、ご覧あそばせ!」

 そう言いつつ、空中に三種類の魔術式を同時に描き始めた。


 圧縮魔術式の熱対流によって生み出された風を、波形魔術式の精密振動で方向(ベクトル)操作する。物質化魔術式で固めた空気塊に下方向の力を乗せて、指定位置に撃ち落とす。


 鍵盤を奏でる様な指さばきで描き上げた魔術式に、端から魔力を充填して発動していく。

 「天才アビーちゃんの三種合成魔術式(強制ダウンバースト)ぉ!」


 アビゲイルの合成魔術式が発動。

 見えない空気塊に圧され、巨大風船がひしゃげた。

 中央一箇所だけに急激な下降気流が起こり、見えない拳に圧し潰される様な形に変型しながら落下して行った。

 唖然とした顔で見上げていたのは、騎士達だけでなく硬毛羆達も同じだった。


 「馬を守れ!衝撃に備えろ!!」

 バルバトスの悲鳴にも似た命令が広場いっぱいに響き渡る。

 騎士達は直ぐに下馬し、怯える馬の顔を覆いながら跪かせて鋼板の陰に身を隠した。

 落下した巨大風船が硬毛羆二頭と跪くエレノアの身体を包み込む。


 「リーヴ!!今よ!」

 アビゲイルの合図とともにリーヴは魔道銃を発射した。

 それは普通の弾丸とは違う、小さな火花を振り撒く軍用火薬玉(フレア)

 地面で潰れている巨大風船の真ん中に小さな穴を穿った。

 その瞬間…巨大な火球が誕生した。



 巨大風船は一瞬で業火に包まれた。強烈な爆音を伴って。

 「なっ!!」「きゃあ!!」

 広場の真ん中に巨大な火球が出現する。

 火球は硬毛羆二頭とエレノアを巻き込み、一気に燃え広がった。


 「おっしゃあ!想定通りの威力!

 邸宅の噴水を吹き飛ばしたかいがあったってもんよぉ!」

 「ちょっと!!エレノアお姉様を巻き込んでるじゃないの!!」

 「え…?アビーが大丈夫だから、やれって…」

 「いくらお姉様が強くっても、あんな威力じゃ…」

 壁上で騒ぐのは三人だけ。

 他の人々は突然現れた巨大な火球を見て、言葉を失っていた。


 長い冬が明けたばかりで乾燥しきった空気と、含水量の少ない(くるぶし)丈の多年草で覆われた広場。

 風船の素材となった革袋は元々、釣った魚を水ごと入れる魚籠(びく)。防水の為にたっぷりと松脂(まつやに)が塗られている。

 更にアビゲイルは、風船の中に入れる混合気体の割合を最適に調整していた。

 結果、千度を超える火球が生み出された。


 一つの革袋に火薬玉が命中、松脂に着火。松脂は激しく燃える。その熱は直ぐ、水素と酸素の混合気体に引火して爆発。そして、隣り合う革袋に……

 連鎖的に発した熱は、油分を含んだ革や樹皮繊維で織り込まれた網を燃やす。全ての素材が良く燃える。

 空中から空中へと横に燃え広がりながら巨大な火球を形成し、火の雨となって広場に降り注いだ。


 更に一瞬で発した高熱が突風を生んだ。

 すぐ横の湖面上に漂う冷たい空気が、火球に吸い込まれる様に引っ張られる。


 「あっ…やば…」

 アビゲイルは思わず言葉をこぼした。


 新鮮な空気は一瞬で火球に巻き込まれ、炎に燃料を与えながら螺旋状に駆け上った。

 球体状だった炎は柱状に変化し、身体を捻りながら広場の中央で荒れ狂った。


 「み……巫女様ぁああ!!」「なんて…なんて…」

 「巫女様が炎の中に!」「お助けしろぉぉお!!」

 我に返った門兵達が叫び出した。

 エレノアの事を『巫女』と呼び、壁上から身を乗り出しながら悲嘆する。

 だが、誰にも何も出来ない。

 火力が強過ぎて近寄れないのだ。

 皆、絶望した顔のまま広場を眺めていた。


 長い時間が経った様に感じたが、実質は数分しか経って居ない。

 一瞬で発生した火球は十数秒後には竜巻となり、数分後には鎮火していた。

 真っ黒に焦げた広場の中央、そこには真っ黒に焦げた二頭の硬毛羆と、変わらぬ純白のドレスを纏ったままのエレノアが鎮座していた。


 エレノアはゆっくりと立ち上がり、門の方を振り返って手を振った。

 「お…?」「おお……!?」

 「巫女様はご無事だー!!」

 「「おおおお!!!」」

 壁上最前列でズラリと並んだ門兵達は、一斉に歓声を上げる。皆感極まり、涙を流しながら抱き合って喜んでいた。


 「……ふっ…。計算通り!流石アタシね!」

 胸をそらすアビゲイルを、フレイスティナはじっとりとした瞳で睨みつけていた。



 「話が違うじゃないの…

 アビーのヤツ…後で絞める…絞め殺す…」

 焦げひとつ無い純白のドレスを翻し、爽やかな笑顔で壁上の人々に手を振りながら、エレノアは呟いた。


 …死ぬかと思った。


 エレノアの神織布(プロテウス)は絶対防御。

 物理的な衝撃は同ベクトル同熱量を逆位相反射で相殺し、原子振動の熱は伝達を位相反射する事で拡散を防ぐ。つまり、激しいエネルギーと密度の移動を許さない『選択的濾過織布(ラプラシアンフィルタ)』。

 ただ、自動的に選別して防げるのは極差の動きだけで、振動に大差の無い同物質は素通りしてしまう。しかし、そのお陰でプロテウスの内外での空気密度差は一定に保てる為、呼吸に支障が出ない。


 プロテウスは高密度部位が白く光輝く。『白光』部位程、位相反射が正確。なので、エレノアが纏う純白ドレスや白斧には、あらゆる攻撃が効かない。

 究極の防御特化型波形魔術式。

 運動ベクトルを相殺する為、飛び掛かる灰群狼も、突撃して来る硬毛羆も、静止している重りと同じ。

 本人の膂力(ゴリラパワー)と斧の重量、そして遠心力で弾き飛ばしていただけ。


 その事を見抜いたかどうかは不明だが、硬毛羆(黒毛)は彼女の周囲の空気中に高濃度魔素を混ぜ込む事で、エレノア(ニンゲン)を行動不能にしようとした。

 しかしそれも、アビゲイルの用意した火球と火炎竜巻のお陰で遥か上空に吹き飛んでいった。お陰で、魔素酔いで昏倒する事は無かった。

 でも…


 …はぁはぁ……窒息死…するかと…思ったわよ……!


 火炎竜巻によって吹き飛ばされたのは魔素だけではない。当然、酸素も吹き飛んだ。

 竜巻の内側は真空状態になっていた。

 数分間、魔素酔いに耐えながら呼吸を止め、純白ドレス(プロテウス)の内側に残っていた僅かな酸素を吸いながら耐えた。

 真っ赤に燃え滾る周囲は1メートル先も見えない。

 早く消えろ…と、何度も念じながら耐え続け…そして、勝った。


 エレノアは倒れている硬毛羆達を見下ろした。

 千度を超える熱の中心に居た()()()()()()()は、全身の硬毛が燃え尽き、体表面は炭化していた。

 まだ生きてはいる様だが、もう動く事は出来ないだろう。


 「やはり、火が弱点だったわね」

 硬毛羆の体毛は非常に硬い鎧ではあるが、組成は普通の毛と変わり無い。しかも保温と防水、耐刃耐衝撃を兼ねる獣皮脂で覆われ、常に濡れている。

 つまり、火が着きやすい。

 「硬毛羆対策に、火薬と油の常備を提案しましょうかしら…」

 白斧を肩に掛け、倒れている硬毛羆に近付く。 


 斧を振り上げ、とどめを刺そうとするエレノアの視界の端で、突然何かが動いた。




 

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