◆5-24 赤毛対エレノア
「しかし…はぁはぁ…、私は…心配ですわ。…アビー」
「ん?何がよ?」
町の外壁上出口へと続く長い石段を、足を引きずりながら登るフレイスティナ。彼女は先頭を進むアビゲイルに声を掛けた。
アビゲイルとリーヴバルドルは立ち止まり、肩で息を切る彼女が自分たちに追い付くのを待った。
「何が…って、お…姉様の…事に…決まってます。はぁ…はぁ……。
見栄えが…良い…のは…理解ります。…お美しい…ですもの…」
「戦場のど真ん中で、エレノアが敵の注意を一手に引き受けるって作戦のこと?」
「…そう…ですわ。…今後の箔付けの…為…、印象操作の…為…とはいえ……危険、過ぎます……!」
「…僕もそう思いますよ。アビー。
この地方に住む者なら、硬毛羆の怖さは小さい頃から何度も繰り返し教え込まれます。
縄張りに近付かない様にする為の教訓的な物語もあります」
ようやく二人に追い付き、フレイスティナは息を深く吐いた。
「はぁはぁ……んく…はぁ、…そうなのです」
息を整えながら、零れる汗を拭った。
「山で迷った騎士団一行が1頭の硬毛羆に全滅させられる事から始まる、遺された恋人と親友が辿る悲恋のお話とか…。
この地方では、灰群狼の一団と硬毛羆1頭は、鍛えられた完全装備の騎士数十人に匹敵すると言われてますの」
「何、その物語…ちょっと読んでみたいわね…」
アビゲイルは小さく笑い、顎に人差し指を当てながら空を見上げた。
「私達の学校の話、教えてあげる」
そう言ってアビゲイルは、フレイスティナの体力が回復する迄の間、エレノアの事を二人に話して聞かせた。
◆
エレノアが私達の学校の大学部で『天才』と言われているのは知ってるでしょ?同時に『変人』とも囁かれてるのよ。本人は気にしてて、隠してるけどね。
彼女は数学、化学、物理学、神学等の基礎学問だけでなく、文官コースの教育、天文、歴史、古文、主計、筆耕や書記から、騎士コースの軍学や軍事教練まで幅広く修めてるのよ。
そして、その全てで第一席を取得してるの。
…ここ迄来ると、変人というか…変態よね?
全てなのよ?軍事教練まで含めてね。
頭を使う学問だけなら私でも出来…無くもない。でも、『軍事教練』は別ね。
軍事教練って何を習うか知ってる?
軍指揮や兵站等の座学は軍学。軍事教練は、それらの実地訓練。男女混合のね。
…あれに必要なのはただ一つ。『筋肉』よ。
エレノア、軍学部の連中からなんて呼ばれてるか知ってる?……『ゴリラ女』よ?
帝国からの留学生は『女グレンデル』とか呼んでたわね。沼地に住む脳筋魔物の事ね。
軍事教練の授業には実技形式の試合があるの。
各々、得意な武器を持って一対一で闘う直接戦闘と、射手を含めた複数人が入り混じる乱戦。騎馬を使った軍戦、そして、魔道銃まで含めた実戦ね。勿論、死なない様にゴムの弾を使うわ。怪我はするけど。
その試合を、アイツは準備運動代わりにやるの。
エレノアが参加すると、半数以上が辞退するのよ。強過ぎて試合にならないから。
アイツ、飛んでくる矢を斧で叩き落とすのよ?涼しい顔で。
突進して来る軍馬を蹴り倒して骨折させたり…、魔道銃なんて、弾道を読めば避けるのは簡単よ…とか、頭のおかしな事言うの。
挙句にのたまう台詞が、『何で出来ないの…?』なのよ!?、ムカつくでしょう!?
人間に出来るわけねーだろーが!一周回って馬鹿なんじゃないの!!?……はぁはぁ……こほん…。
その中でも、エレノアは直接戦闘と乱戦を好むの。何でか解る?
…人が宙に飛んでいくのが、見てて面白いからだって!鬼畜か!?
アイツね、好きな武器は『斧』なのよ。長柄の。
大きく振り回す事で、元々身に付けてる膂力に遠心力を乗せて相手を打ち上げるの。
自分は軽装で防具無し。動き易いからだって。
勿論、相手は全身鎧よ。危険だからね。相手が。
相手の槍をギリギリで躱して、数倍の体重差を無視して、下から上に向けて打ち上げるのが好きなのよ。
今迄、一人も死人が出てないのが不思議なぐらいだわ。
アイツね…人間相手にやる時は本気出してないの。宙に飛ばす程度に手加減してるの。
…何故、手加減だと判るかって…?
だって、学校の試合では『白いドレス』を身に纏わないでやってるからね。
自分の魔術式は封印して闘うの。相手は使うわよ?
試合とはいえ実戦形式の戦闘。勝つためなら何やっても構わないからね。
…あ、でも…一人だけ、彼女が本気で打ち上げた奴いたわ…。
エレノアのルームメイト、下位貴族の女の子。その子を脅迫していた高位貴族の男子生徒。
弱味を握って嫌らしい事を要求してたらしいの。
ソイツね…肋骨が半分砕けた状態で、厩舎の屋根の上で気絶しているところを発見されたわ。
彼の家が特注した合金製全身鎧の胴体部には、エレノア愛用の特徴的な斧の跡。家紋の刻印がクッキリと残っていたそうよ。…けど、犯人不明で処理されたわね…。
男子生徒も、いつの間にか退学処分にされてて……
まぁ…そういう事よ。
魔術式を使わないで、人を屋根の上まで打ち上げるゴリラよ?
『ドレス』を身に纏えば、硬毛羆とも良い勝負になるでしょうね……
◆
硬毛羆の突進。
エレノアは羆の前に飛び出して立ち塞がる。そして白斧を振り被った。
「女神様…どうか…」
「…どうか巫女様をお護り下さい…」
壁上から見ていた門兵達は両手を組み、天を仰ぐ。
枢機卿の側近達ですら、絶望に顔を覆った。
彼女は白斧の長柄を両手で強く握り込み、灰群狼を殴り飛ばした時と同じ様に振り抜いた。
硬毛羆は飛び込んできたエレノアの攻撃を避けようともせずに、真っすぐに突っ込む。当たる直前で額を前に出し、白斧の切っ先に叩き付けた。
ギィィィ………ン……
金属同士がぶつかり、弾けた様な音が広場に響き渡った。
皆が固唾を呑んで見守る。
結果は相打ち。
硬毛羆は数歩押し返されてたたらを踏んだ。
対したエレノアは衝撃で白斧を打ち上げられたが、一歩も引いていない。
「お…?」「おお…!」「「おおおおお!!!」」
周囲の騎士団から、門前の重装騎兵から、壁上の兵士、側近達から一斉に歓声が上がった。
「凄い!凄い!」「あの硬毛羆を?」
「信じられん…」「一体、どうやって?」
「灰群狼を弾き飛ばした時も驚いたが…」
「あの白い斧は特殊な魔導具なのではないか?」
「違い無い!
そうでなければ、灰群狼を弾き飛ばし、硬毛羆の突進を止めるなど…あの細い腕では無理だ」
走るだけで地面を揺らす硬毛羆の重量。
灰群狼を一撃で真っ二つにした、その膂力と鋭い爪。
魔道銃の一斉射撃でも穿ちきれない硬さ。
空気を揺さぶり鋼板を震わす咆哮。
それらを見せつけられた際に芽生えた『恐怖』。
それをエレノアの白斧が打ち払った。
皆は歓喜し、勝利の希望に湧く。
「待て!硬毛羆はまだ健在だぞ!」
「そうだ!彼女が押し留めている間に、一斉突撃させるべきではないか?」
「枢機卿猊下の護りを剥がせというのか!?」
「そうは言っておらん!だが、そうしなければ殺しきれないのではないか!?」
「そもそも、あの硬毛に斧槍の刃が通るのか?」
喧々囂々。
エレノア対硬毛羆の闘いをよそに、壁上では側近達が論を闘わせていた。
重装騎兵隊は、背後に控える枢機卿、壁上で騒ぐ彼の側近達、目の前で一人対峙するエレノアの背中を見比べる。そして、横に立つ総指揮官バルバトスに目を遣り、命令を求めた。
バルバトスは静かに首を振り、手出し無用と伝える。
一瞬ざわつくが、エレノアの背中をじっと見つめる彼の目を見て皆は黙り、防御陣形を維持したまま待機した。
「……!奴が動くぞ!」
一人の声で討論が収まり、壁上は静まり返った。
皆は再び、硬毛羆の一挙手一投足に集中しだした。
◆
硬毛羆が突撃している間、耳目の逸れた硬毛羆はゆっくりと静かに動いていた。
周囲を見回し、散らかった灰群狼の身体を掻き集める。
千切れた身体を咥えて運び、亡骸を一箇所に纏めて積み上げる。
まだ体温の残っている灰群狼の死体を一箇所に集めた事によって熱が篭もり、血液と共に漏れだしている残存魔素が蒸気の様に立ち昇っていた。
黒毛は自分の腰の高さくらいまで死体を積み上げると、硬毛羆とエレノアの戦いを見守った。
ただ静かに、じっと様子を伺っていた。
ゴリラパワー比較
騎士<灰群狼<エレノア<硬毛羆<グレンデル<オマリー
お父ちゃんのパワーはフィジカルギフテッド




