第50話 オンリーワンワールド。その2
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暗い闇の中に、俺は立っていた。
周囲には何もない。
だが、分かる。
ここは、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)だ。
俺はゆっくりと歩き出す。
やがて、二つの椅子が向かい合って置かれているのに気が付く。
エレガントな革張りの英国風ウイングバックチェアだ。
何処かの貴族が座ってそうな、ピカピカの椅子。
おいおい……。
これ、誰得の演出だ?
それでも、格好いい椅子なので、取り敢えず近づいて恐る恐る座る俺。
肘掛けに腕をおき、深く背もたれに身体を預けると、皮が硬そうに見えたが、座り心地はやはりいい。
シャドウらしいと言えば、らしい、か。
俺は、向き合う誰もいない椅子を見る。
……距離が近い、な。
足が当たりそう、だな。
なので、立ち上がってその重い椅子を、5m程遠くに離す。
ふう!
これでよし、と!
俺は、満足して椅子へ戻る。
やがて二つの椅子を中心に、思考の輝きが渦巻き始める。
立ち昇り、広がっていくその思考の粒子の動きを、腰かけたまま俺は見上げる。
相変わらず、綺麗だ。
……怖いくらいに。
俺は、俺の思考が分からない。
誰もが無意識下で、想像以上の思考が動いている。
気持ちという感情だったり、悩みだったり、仕事だったり、会話だったり、本能的なものだったり。
本人が思っている以上に、脳は活動している。
本来はそんなの、放っておけばいい。
だが、こいつは、俺の思考は、異常だ。
俺という意識を、ないがしろにし過ぎだ。
俺の高速思考を上回る、超・高速演算そのものである俺の思考に、俺は、勝てる気がしない。
お前は、俺の味方、だよな?
思考の輝きは、答えない。
ぐんぐん光は強くなり、その流れは激流となる。
「契約、成立だ。Mr.リョウスケ」
うぉっ!!!
俺は、椅子の上でのけ反る。
「本当に久しぶりだ。君はしかし、相変わらず、無茶ばかりだ! 少しは魔力ゼロという自覚を持ちたまえ! くくくっ!」
椅子を離しておいて大正解だったと思う程、不気味な気配を漂わせて現れたシャドウ。
突然の登場に、俺は硬直。
光沢のある黒い背広を優雅に着こなし、長い足を華麗に組み、肘掛けに腕をのせ顎に手を添えている。
久しぶりの再会で痛感する。
そうだった。
こいつは、怪しさ満点のこういう奴だった!
お爺ちゃんの話のせいで、かなり俺の中でいい奴かも補正がかかってしまっていたようだ。
泣き笑いの不気味な仮面。
その奥で光る無表情な眼。
そして演出過剰なボディーランゲージ。
急に帰りたくなってきた俺。
だが、あの牢獄よりは、……ちょっとはましか。
「まさか、契約してくれるとは考えてもいなかったぞ? 少しは私を信用してくれたという事かな?」
やはり契約したから、解放されて、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)も発動したわけか。
「そう言うことだ。契約は絶対だからな」
あの、言いにくいんだが、あの契約、間違いなん……
シャドウが、手をぱちん! と合わせて俺の考えを遮る。
「Mr.リョウスケ。この世界で魔法契約は、厳格、厳峻、厳密、厳明、なものだ。君の元の世界ではそうではなかったのかな?」
うぐっ!
「先に言っておこう。契約成立にあたり、脅迫や偽証等が証明されるならば、魔法契約も無効となる事もなきにしも。だが、Mr.リョウスケ?
私は君の中でずっと囚われていた。契約書はずっと君の手の中にあった。サインしたのは君の判断だし、その内容も精査する時間は潤沢にあったわけだ!」
……。
やはり、こいつは、嫌だ!
いつも俺は、後手になっていまう!
「Mr.リョウスケ! いや、これからはマスター、と呼ばせてもらっても?」
……は? ミスター?
「マスターだ。マスター・リョウスケ!」
……マスター? どういう意味だ?
「君が考えているマスターで正しい。もしかするとだが、契約書の内容は読まれていないのかな?」
契約書の内容?
俺とシャドウの取引内容を書いてあるだけ、だろう?
俺は、字が読めない。
だから、猫に……
猫……!?
俺の背中に悪寒が走る。
まさか、大事な大事なところで、またもや、やらかしたのか!?
“なんか、ごちゃごちゃ色々と書いてあるにゃん。難しいにゃん? 小さくて字が読みにくいにゃん“
……みたいな事、言っていた気がする!!!
シャドウは肩をすくめる。
「やれやれ。マスター、もう少ししっかりしてもらわないと。くくくっ!」
俺の顔から血が引いていく。
マジか!?
もしかして、他にも色々と書いてあったという事か!?
電気屋さんで、冷蔵庫買った時の長期保証契約とはレベルが違うぞ!?
契約時に最もやってはならぬ事を、やってしまったのか!?
目の前で、ふんぞり返って笑っているシャドウ。
「マスター? 大丈夫かな?」
だ、大丈夫じゃねえよ!
その、マスターって呼ぶのは何故だ?
「契約書、第1条。契約成立より、以降両者を下記の通りの関係とする。リョウスケ・パインフィールドを主とし、シャドウ・P・Dを従とする。……そう、書いてあったはずだが?」
……マスターって、やはりそういう事、か。
だったら、これは、俺にとって有利な内容、なのか???
けれど、シャドウを見ていると、嫌な予感しかしないんだが!?
「くっくっ。隙のない綿密な読みをするかと思えば、大胆な事を平気でする。マスターはやはり面白い」
面白くない!
……そうだ、シャドウ。先にお前に確認しておきたい事がある。
俺は、お爺ちゃんの言伝てを思い出す。
ハーマン・ドクトールからの言伝てなんだが、お前も聞いていたよな?
シャドウとは、積もる話も、確認したい事も沢山ある。
契約内容もだが、レベルナインの魔力の行方や、SOMの錦鯉等々。
だが、先ずは!
お爺ちゃんからお前へのメッセージは、たった一言だ。
……私は、シャドウ様をずっとお慕いしております……だ。
「ハーマン。懐かしい名だ。ありがとう、マスター。マスターの思考から、ちゃんとハーマンからの伝言は私に届いている……」
やはり、か。
ならば、俺の言いたい事はわかるな?
この思考世界は俺の都合のいいように変換されるとか言っていたな?
お前の姿や言葉がな。
だが、これだけは確認しておきたい!
シャドウは首をゆるりと傾げる。
「何をかな? マスター?」
お爺ちゃんから聞いたお前の話や、このメッセージ!
シャドウ、仮面をとれ!
お前って、実は女だ……
うぐっ!!!
それは突然だった。
俺の胸の中に、何かが侵入する。
なんだ!???
胸を押さえるが何もない。
たが、じわじわと何かが入ってくる!!!
ぐぁぁぁ!!!
俺の心臓が、見えない手で、鷲掴みされた!!!???
耐えられずに俺は、椅子から転げ落ちる。
なんなんだ!!!?
くっ、苦しい!!!
脂汗が身体中から吹き出し、俺はのたうち回る。
シャドウは、そんな俺を何事もないように見ている。
シャドウゥ!!!
お前の仕業か!?
シャドウは肩をすくめる。
「マスター。契約違反だ」
け、契約、違反!?
「主は従の素性を調べたり確認してはならない。確か、第5条だったかな」
し、知るか!!!
それより、とっととその仮面を外してみろ!
お前は、お、おおおおぐわっ!!!
「魔法契約は守ってもらわねば困る。マスター、これから気を付けるように!」
シャドウは長い足を組み換えて、優雅に頬杖をついた。




