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ハイスピード・アナリシス ~異世界で解析しまくる男。  作者: 愛野万之介
第二部 ヴァニッシング・ピーチ
32/162

第32話 眠りの森。~5日前①



( ― 5日前 ― )




目の前に、巨大な化け物がいる。



訓練所の所長室は、そう狭くないはずだが、こいつのせいで圧迫感が半端ない。


時刻は夜が明けかかった早朝。


バリア三から戻ってから、夜中ずっとここにいた俺であったが、眠気なんて感じるゆとりはない。


木製のテーブルを中央にし、俺の向かいに、まだ若そうな所長と、高齢のお爺ちゃんと、その化け物が並ぶ。



原料調達部統括部長『ハングリー・マン』。


通称マンイーター、人食いと呼ばれる化け物。



いつかは、こういう人外な奴と出会うとは思っていたが、とうとうよりによってこんなタイミングで、出会ってしまった。



この世界の『人』認定……。

化け物でも知性があれば人間なのだと、認識させられるいい手本みたいな奴だ。


モン◯ンなら、狩られてるぞ、お前!



天井に頭が当たるほどに巨大な身体は、気持ち悪い茶色と黒の斑模様の皮に覆われていて、滑りを帯びたテカりがグロい。


顔というか口は、俺が三人分入れそうな、ワニ型のモンスターだ。



そのでかい危険すぎる口が、俺の恐怖心を煽って止まない。



剥き出しの、無数に並ぶ黄色い拳大の牙。

それが、口を開く度にガチンという金属音をたてる。


分厚く横に長すぎる唇のあちこちから、ヨダレが溢れて、ボタボタとテーブルに落ちてくる。



「納得できん!」



言葉を発する度に、俺の身体に飛んでくる魔力風と唾スプラッシュ!



俺は金縛りにあったように緊張する。



「落ちつくんじや、ハングリー部長。リョウスケ殿は、魔石教徒から仲間を救うためにバリアポイントへ向かったんじゃ」



お爺ちゃんが、そう言うと、マンイーターのは虫類の目が、大きく見開かれる。



「黙れい! この状況! 最初からきちんと説明してもらおう!」



簡単ではあるが、所長やお爺ちゃんには、起きた事は全て説明済みだ。


こんな時間になってしまったのは、バリア三からマンイーターがここに戻ってくるのを待っていたせいだ。


色々と現場で確認していたのだろう。

夜が明けるまで、何時間もずっとここで俺達は待たされた。



既に報告は聞いているはずなのに、直接、俺から説明を聞きたいと言う事だが、マンイーター、こ、怖すぎる!



俺は激しくビビっていて、声が出せない。


目と鼻の先に、巨大な化け物の牙があるのだ!


こんな狭い室内で、化け物を相手にしなくてはならないという恐怖!


マンイーターと呼ばれてるのではあれば──食べた事があるのか?

人間……。


俺の身体が凍りつく。


嫌だ!

この部屋から出たい!

生臭いし、どう考えても人間ではないだろ!

マンイーターが、言葉を発する度に、三途の川が見える気がする!



「だ、だが、ハングリー部長もバリア三を確認して見てきたのですよね? 訓練生達からも話を聞いたのなら、そんなに興奮しなくても…… 」



ずっと黙っていた所長が口を開く。


所長は、見た目、俺より少し年上くらいの短髪の好青年だ。

色白の顔を更に青くさせて、マンイーターを宥めようとしてくれる。



「分かっておるわ! だが、森に入った調達部隊が半分帰ってこれなくなったのだぞ!? 私の部下達がまだ危険に晒されているのだ! この男のせいで!」



所長、終了。

言葉を続けられず、もう泣きそうな顔になってる。


この人、事務仕事が得意な感じの人っぽいな。

いや、普通の企業はそれで良いと思うんだが……。



ギロリと俺を見据えるマンイーター。

き、きたっ!



「さて! リョウスケとやら! 工場長代理から、本日よりバリア三の全権限を任されておるこのハングリー・ハンに、すべて説明してもらおう! 一体何があった!?」



俺は、怯みきった心に鞭を打つ。

正直、こんな奴に構っている場合ではないのだ。



「……言える事と言えない事がある」



「ぐるぅあ!!!?」



マンイーターの魔圧風が吹き荒れる。


心臓が止まりそうになるが、それは表情には出さない。

もう、やるしかない。

それに……。今は、それどころではない!



「眠りの(スリーピングフォレスト)。それが現在、バリア三で発動中の、俺の無限魔法の名前だ」



マンイーターが息を吸う度に揺れていた、巨大な顎の動きが止まる。



「無限魔法じゃと? は、初めて聞く名じゃ!」



お爺ちゃんが、真っ先に反応する。



今考えたんだよ!

なるべくハッタリを大きくしなければ、マンイーターの威圧に勝てそうもないんでな!



俺は恐怖で強ばった首をぐるぐる回す。

ゆっくりと余裕を見せつけるように。



「……俺の編み出した固有魔法だ」



俺は、魔法については、これ以上は言えないとばかりに腕を組む。

魔法誌にはない魔法が、この世界には無数にあるらしいので、多分セーフだと思うが。



ぐるるるる……。



獰猛な唸り声と、牙と牙が擦れる不快な音。


黙ってこちらの言葉を待つようだ。

俺は、今度は肩を鳴らし、続ける。



「順を追って話そう。既に俺が到着した時には、ニキビー……いや、ニビー副隊長はバリア三の森深くに入った後だった」



「確かにそのようだな!」



マンイーターが牙を鳴らす!



「俺は、隊長として訓練生に収集をかけた。万が一に備え……班を十に分けて編成をさせた。そして、必要箇所に配置し防衛指示を出した」



ぐるるるるるる!


今度は甲高い威嚇音を鳴らすマンイーター。


覚悟を決めて、絶対にマンイーターから視線を揺るがないようにする。



なるほどな。

分かってきた。


こいつは、周囲を威圧し、お山のてっぺんを気取るムカつく奴だ。

部下や兵士達が、こいつを恐れていたのは、レベルセブンだから、という理由だけではない。


人を脅かして、我を押し通す手口。

そういう奴なのだ。

俺が怯えれば、必ずその弱い心を見抜き、調子づく。



「バリア三には先ずは俺一人で入った。だが、すぐに森の奥で、ニキビー……じゃなくてニビー副隊長と魔石教徒が戦っている気配を感じ、現場に直行したが……」



巨大な口が動く。



「直行したが、なんだ!」



俺は骨が砕けそうな魔風に、グッと歯を食い縛る。


こんな奴に構っている場合ではない!



「当然、その気配からは戦力差は歴然。そして周囲の魔物の集まり具合。このままでは、ニキビー……副隊長の命も、そして魔石教徒の逃走も、……俺は最悪な結果を予感した」



俺は話しながら、立ち上がる。


立ったところで、マンイーターとの体格差は埋まらない。


座っているマンイーターの胸元位に、丁度俺の頭ぐらい。

むしろ、食べやすい位置になった感がある。


だが、不思議な事に、マンイーターが、徐々に俺に圧されているように感じた。



……よく考えれば、俺はもっと恐ろしい連中と渡り合ってきたのでは?



この魔圧レベルでは、シャドウと比べて明らかに弱い。


このだらしない口も、タコ蠍に比べたら可愛いものだ。


この見た目と横柄な態度、威嚇する横暴な手口に、ただ飲まれていた、かもな。



俺は、マンイーターの巨大な口に、自分の顔をグッと近づける。



そうだ。


俺は、このカンパニーで有数のレベルナイン。


怖いが、ハッタリが効かない相手ではない。



「他にも理由はあるが、あの時の俺は、……眠りの(スリーピングフォレスト)を発動させるしか、方法がなかった」



マンイーターが、近づいた俺から口を離す。


ふっ、やはり……か。

こんな、ちっぽけな俺なのに、やはり、怖いか?

魔力が全ての世界だからな。



マンイーターは、ギロリと目を光らせて吠える。



「他にどんな理由が!?」



唾を飛ばすな。

テーブルが、もうびちょびちょだぞ。



「理由か? 俺はまだ、カンパニーのルールに慣れていないんだが……森を傷つけてはいけないんだろう?」



今度こそ、マンイーターが息を飲んだのが分かった。



「攻撃魔法を唱えるのは躊躇われたんだよ。それに、俺はある方針の元に生きている」



俺は自分の右腕の腕時計をさする。



「無暴力……だ」



お爺ちゃんも、所長も、俺を身じろぎせずに見つめる。


こらこら、二人とも、マンイーター来る前に簡単だけど説明しているはずだぞ?



「魔物にも、命があるだろう? あまり殺しはしたくない。砂漠でサンドワームに出くわしたときは、加減できなかったが、な……」



ちょっと悲しそうに目を伏せる俺。


砂漠でのタコ蠍は、本当に怖かったな……。



「無限魔法、眠りの(スリーピングフォレスト)は、俺なりの、バリア三の全方位的制圧手段だ。勘弁して欲しい。他に良い方法がなかった」



「そ、その結果が、私の部下までをも巻き込む事になっているのだぞ!」



マンイーターが、吠える。

俺は不遜に答える。



「巻き込む? あの森は、俺の魔法で制圧したと言った筈だ」



自分の部下が、森から出られなくなった事を怒っている?


いや、違うな。


自分が訓練生の俺に何も出来ず、部下を半分失うという失態が許せないのか……。



「じゃが、現時点では魔石教徒は、リョウスケ殿のお陰でバリア三から脱出できていない、という事でよいのじゃな?」



俺はお爺ちゃんに頷いて答える。



……だが、同時に森の中には、猫とニキビーも残されたままなのだ。


胸が一気に苦しくなる。



俺は失敗したのだ。


『両方ゲット作戦』は、失敗した。


それ故に、こんな情けない説明に追われている始末。



俺は、早く救出の手だてを考えなくてはならない。

こんなところで、こんな口のでかいだけの化け物に付き合っている場合ではない!



俺は、マンイーターを睨む。



「ハングリー部長、一応聞くが、俺の部下である訓練生達は、今も森の周囲を取り囲み、そしてそこからの立ち入りを禁じていたはずだ。それを破って貴方の部隊は中へと入った。だからこそ、森から帰ってこれなくなったのでは?」



「ぐるああああああ!!!」



俺の言葉に、突然、マンイーターは歯を剥き出しにして、叫んだ。


俺は、吹き飛びそうな魔圧の中で、腰を抜かしそうになる。


顔の前に、アイツの口がバックリと開いたのだ!

そして、完全な威嚇音!



食べられる、という本能的な恐怖に、俺の身体は逆らえない。

下半身から、力が抜けて、ストンと椅子に座ってしまう。


だが、その様子は口に隠れて、向こうからは見えなかったようだ。



「話は終わりだ! お前がした事は幾つもの命令違反! 訓練施設から出てバリア三に行った事! 訓練生を率いて誤った指示を出した事! 神聖な森を汚した事! 俺の部隊を妨害した事!」



こいつ、よく口が回るが意外と知恵があるのか?

まあ、化け物にしては、という但し書き付きでだが。



お爺ちゃんが、反論してくれる。



「ま、待つんじゃ! リョウスケ殿が、ここからバリア三に向かった時は、わしから許可を得ておる!

それに、ハングリー部長の言っているのは、全て事情があることばかりじゃ! そんな一方的な……」



「黙れい! バリア三の全権限は今、この私にあるのだ!」



ああ、やはりこういう奴だ。


自分に都合が悪いと、全部他人に押し付ける。

そして基本、感情が全て。



「当面、お前は監禁処分とする! 次の聞き取り調査まで、大人しくしていろ!」



監禁処分?

おいおい、犯罪者扱いか?


……いや。

正解だ。それも大正解。

俺は思わず失笑してしまう。


そもそもこの事態は、俺が桃の神樹にこだわったからだ。


作戦が失敗する事なんて考えていなかった。

全ては俺のせい。



それなのに、俺は、胸を張って、魔石教徒を閉じ込める為に、森を閉鎖するしかなかったと、正統性を主張しているのだ!



俺は……最低だな……。


だが、とにかくここを乗りきるしかない。

そして、猫とニキビーを助けなくてらならない。



作戦の失敗は、それはきっと、俺が一人きりじゃ、なかったからだ……。


ずっとボッチの俺に、猫、ニキビー、訓練生約百名を率いた作戦なんて、どこかで破綻して当たり前な事だった。


以前の俺は、誰も信じることなんてなかったのに。

なぜ、あんな作戦を……。



猫……。

猫が、まさか、あんな事に……。


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