第31話 走る猫と選択しない俺。~6日前②
「ホッホッ! まあ、こんなものかの!」
お爺ちゃん、何がこんなものなんだ?
気になるのだがっ!
“……やってられないにゃん……。もう寝てもいいにゃん?”
ちゃんと聞いている、手短に話せ!
“……兵士達の噂話にゃん。昨日遅くに、中央都市から突然の指示が2つあったそうにゃん”
猫うるさい。
“聞きたくないにゃん!? もう知らないにゃん!”
ああ、分かった分かった、早く報告しろ。
“……リョウスケを訓練施設でカイハツ訓練させる事と……”
ああ。
もう、分かってる。工場長代理の指示だ。
んで?
それと?
もう終わり?
“……あと、みんなが、怖がってたにゃん”
怖がっていた?
何の事だ?
“マンイーターが来るって言ってたにゃん。マンイーターの指示に従うようにって兵士達は言われてるみたいにゃん。報告は以上にゃん”
は?
マンイーター……って、人食いって意味だが?
兵士達が怖がる?
“吾輩は、もう少し寝たら、また森でジキュウジソクしてくるにゃん”
おい、猫。
自給自足もいいが、マンイーターって、魔物か?
“何言ってるにゃん? カンパニーの偉い人みたいにゃん。ゲンリョウチョウタツブなんとか、ぶちょー、とか言われてたにゃん。それじゃ、おやすみにゃん”
……原料調達部だと?
ぶちょーって部長か?
マンイーターが?
人食いなのに?
渾名か?
俺は、首をかしげる。
が、すぐにその意味をおぼろげに理解する。
原料調達部とは、確かお爺ちゃんの話では、小隊を組んで、森の中へ魔木チップを探しに行く強そうな連中の事だ。
その部長?
マンイーターという名前もヤバそうだけが、兵士が怖がっているって事は、相当厄介な奴か。
猫!
“にゃん?”
そのマンイーターって奴はいつ来るんだ?
“今日の夕方にゃん。気になるにゃん?”
そりゃ気になるだろ!?
人食いだぞ?
「この調合槽の中には、わしの特製パルプと、水と、薬品が入っておる。配合率や薬品については後で説明するとして、こうして撹拌しながら混ぜることで、薬品が魔木繊維と絡み合うんじゃ」
お爺ちゃんの調合に関する説明が続く。
薬品?
お爺ちゃんは、ビーカーに入ったドロドロの黄色い薬品を見せる。
「ホッホッ。ペーパー作りに欠かせないのは、こういった強度を出す為の薬品じゃよ。魔木チップだけでは、ペーパーは作れんのじゃ。強度剤と呼ばれておる」
俺は、お爺ちゃんからそのビーカーを受けとる。
「触ってもいいか?」
許可を貰ってから指で触ると、糸を引くほどの粘度だ。
まるで水飴だ。
強度剤か。
接着剤みたいな物か。
これでペーパーが強度が保てるわけだ。
「この強度剤はかなり強目な奴じゃよ。さあ、次はこれを計量スプーンで少量すくって、それを水で100倍に薄めるんじゃ」
100倍に薄める?
少しでいいのか?
“にゃん、じゃあ、吾輩はおやすみなさいにゃん”
あ、待て待て!
お爺ちゃんの調合作業が気になるが、歯を食い縛り高速思考を開始。
どう考えても、マンイーターという部長が来るのは、桃の神樹絡み。
それも、俺の動きに合わせて。
無関係とは考えにくい。
だが、変だ。
俺に森をウロウロされるのを嫌がるのは理解出来る。
しかし、原料調達部の部長を動かす理由が分からない。
そこまでする必要性はなんだろう?
怪しすぎる……。
俺の知らない、何らかの情報のピースがあるな。
桃の神樹……だけじゃない、理由。
気に入らない。
工場長代理の思惑は何だ?
俺を欺こうとしているのか?
もしそうならば、それは見逃せない。
そして……許せない。
“リョウスケ。何か悪いこと考えてるにゃん?”
今、悩んでるところだ!
「さっ! お前さんは、この水で薄めた強度剤を調合槽にゆっくり投入してくれ。わしは抄紙機を起動する。100枚ほど連続でペーパーを作るぞ!」
この調合槽の原料で、ペーパーが100枚作れるのか。
……まてよ?
お爺ちゃん、あの巨大なマシンを100回もガシャンガシャンと動かすつもりか?
それはそれで凄いな。
俺は、抄紙機を起動させているお爺ちゃんを横目に、高速思考を続ける。
確実とは言えないが、桃の神樹の魔木チップを取られない為に、俺をここに閉じ込め、原料調達部を送り込んだ、可能性が高い。
そして、他にも俺の知らない何かがある。
それが、何なのか、分かれば……。
お爺ちゃんの背中から溢れる開発熱が、俺にもビンビン伝わってくる。
お爺ちゃんと一緒になって開発したい!
ペーパー実験をしまくりたい!
それは、俺が本来、求めていた事でもあるのだ!
……けれど、今動かなくては、俺は、桃の神樹を諦める事になる、という確実な予感。
……そして、それは、工場長代理の思惑通り。
……誰かに騙されるなんて、我慢できない。
……開発か、桃の神樹か。
俺の中で暴れまわる二つの思いを、押さえつけるように思考を続ける。
まだ、チャンスはある。
お爺ちゃんと一緒になって、開発は、また必ず出来る。
だが、ここで魔木チップ獲得に動くという事は、工場長代理に逆らうと同義。
桃の神樹に向かってしまえば、下手したらカンパニーをクビかもしれない。
このまま、何もせずに騙された方が……気付かなかったことにして……。
ぐっ!
選択だ!
どちらかを選ばなくてはならない!
ふいに、父の声が頭で響く。
──囚われるな。
は? なんだ!?
トラウマ父!
分かってる!
俺は何物にも囚われてなんか──。
──選択!?
俺は、思わず自分で笑いそうになる。
色々思い込んだせいで、よけいに大声で。
結局、俺は、囚われているじゃないか!
俺のしたいようにやりたいくせに、囚われている!
そう、気がついたのだ。
ずっと、だ。
ずっとずっと、元の世界では、静かに目立たないように生きてきた。
俺の周囲には溢れかえっていた。
下らないモノばかりが。
ルールや、常識や、他人の思惑、立場、時間、エトセトラ。
誰もが、囚われているのに、見えていない事にして、自由なふりをして生きている。
俺は、そんな全てに目を伏せて生きてきた。
茶番だ。
ルールや、常識や、他人の思惑、立場、全部クソ食らえだ。
だが、ずっと何もせずに、一人で耐えていた。
オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)は、そんな俺が、無駄な時間と高速思考をもて余し、気が付いたら生まれてしまった無意識な暇潰しと言ってもいい。
何者にも囚われずに、やりたいようにやりたい。
俺の頭脳は、どんな状況も覆せる自信がある。
もういいだろう。
勝手気ままにやらせてもらっても、いいだろう!
ここは、──異世界なのだから!
で、俺が選ぶ道は、選択をしない事。
笑ってしまう。
何もしないんじゃない。
両方とも手に入れる。
普通なら諦めるんだろうが、俺はもう、そんな事はしない。
俺は更に高速思考し、俺がしたいように、その為のプランを組み立てる。
不可能なんてないのだ。
神樹の魔木チップもゲットし、そしてまたここに戻ってお爺ちゃんと開発訓練を続ける。
それでいいじゃないか。
悩む事なんてなかったではないか。
「お、お爺ちゃん……」
「なんじゃ!? 今、手が離せんのじゃ! 早く強度剤を投入せんか!」
「お爺ちゃん、大事な話があるんだ」
「な、なんじゃ!?」
俺の真剣な絞り出したような声に、ようやく振り返るお爺ちゃん。よしよし。
俺は、大きく呼吸すると言った。
「実は、あの森に、魔石教徒がいるんだ……」
思った以上に、お爺ちゃんはビックリして目を大きくする。
「な、なんじゃと?」
俺は、続ける。
「あの森にいるんだよ。魔石教徒が! 俺には分かった。いるのはバリア三だ。俺の特殊能力、知っているだろう? 感じ取ったんだ! 砂漠で会ったあの魔石教徒達の魔力を間違えるはずはない!」
「お前さん! 本当か!? それが、事実ならば、とんでもない事じゃぞ!?」
お爺ちゃんも、とうとう抄紙機から離れて俺に近寄る。
まさか、ここまで食いついて来るとは驚きだが、それだけカンパニーでは魔石教徒は嫌われ者か。
フィフス戦争という影響もあるのだろう、な。
俺は、内心ほくそ笑む。
「ぐ、具体的に何処じゃ? すぐに騎士団に出動要請を!」
俺は首を振る。
「昨日まではバリア三の南側にいたが、俺しか奴の場所は分からないだろう。敵は一人だが、かなりの魔力の持ち主だ」
「森の中を一人でじゃと!? お前さんもじゃが、そりゃかなりの能力者じゃぞ!」
「俺の指示で、ニキビー……あ、ニビー・リュウオウ副隊長が森を見張ってはいたんだが、実は、状況が変わった……」
「状況じゃと?」
俺は、お爺ちゃんと話ながら、同時に猫に高速テレパシーを送る。
猫!
猫!
返事しろ!
“……にゃん?”
緊急事態だ!
“……それ、さっきも聞いたにゃん。もう信じられなゃいにゃん”
今すぐにバリア三へ向かえ!
ニキビーのところに行くんだ!
“にゃ? 突然どうしたにゃん?”
『桃の魔木チップ、偶然拾ってゲット作戦!』を実行……いや、違うな。
作戦名改め『両方ゲット作戦』実行だ。
ちょっと時間がないのでシンプルにさせてもらった!
“……両方って何の事にゃん?”
桃の木と、お爺ちゃんだ!
“お爺ちゃん? つ、ついていけないにゃん!? 何を言ってるにゃん!?”
後で説明する!
すぐ、ニキビーのところまで走るんだ!
“後で? ま、また後でにゃん! ……分からにゃいけど、行けばいいにゃん? でも吾輩、ニキビーに会ってどうするにゃん?”
直ぐにニキビーをバリア三の森の奥に連れていけ。
“にゃ!?……無理にゃん! 何を考えてるにゃん!?”
いいんだよ。
喋れないアイツが、何も言わずに単身で森の中に入っていったら、皆はどう思う?
“危ないと思うにゃん。リョウスケもいないにゃんから、本当に危ないにゃん”
そう。何事だと思うだろう。
そして、その理由もあいつからは誰も確認が出来ない。
喋れないからな。
それが目的だ。
“何を言ってるにゃん? でも本当に危ないにゃん!”
あいつの安全は猫が守れ。
とりあえずは、蜂の巣には近づくな。
マウントビーだ。
分かるな?
“わ、分かったにゃ……そうにゃ! どうやってニキビーを森に行かせるにゃん? 以心伝心を使ってもいいにゃん?”
ダメに決まっている!
猫! 絶対に俺以外とテレパシーはするなよ。
“じゃあどうしたらいいにゃん?”
おいおい、わかってるだろう?
お前の可愛らしさで、バリアポイントから森へ連れ出すんだよ。
身体をすりすりして甘えたり、ほっぺをペロペロ舐めてやれ。
“冗談にゃん? そんなんで上手くいくはずな……”
イチコロだ!!!
“にゃ……いつも、無茶苦茶にゃん……。でも言っている事は分かったにゃん。本当はすごく嫌にゃんが……行ってくるにゃん”
よし!
猫! 助かる!
俺もすぐに行く!
俺は高速テレパシーを終了し、改めてお爺ちゃんに言う。
「せっかくの開発中に突然すまん……。だが、ニキビー……あ、ニビー副隊長から合図があってな」
俺は腕時計を見せる。
「何かあればこの腕輪に合図が来るように、ニキビー……あ、ニビー副隊長に仕掛けを持たせておいたんだが……」
俺は腕時計のボタンを、それっぽくピッピッ鳴らして見せる。
勝手に納得して頷くお爺ちゃん。
「闇術系の信号魔法の応用じゃな?」
「あ? ああ、どうもアイツは一人で魔石教徒に立ち向かうべく、森の中に入っていったらしい。一体何が……」
「なんじゃと!? 無謀じゃ! じゃが何故もっと早くに言わなかったのじゃ、そうすれば……」
「俺が魔力を感じとる能力があるなんて、誰が信じる? お爺ちゃんしか、理解してくれないだろう。……と言うか、この能力は俺の秘密でもあったんだ」
「じゃが……」
「心配だからこそ、妙な動きをしないかニキビー……あ、ニビー副隊長に見張らせていた訳だ。何かあれば、ちゃんと連絡するつもりだったさ。だが、まさか一人で森に入っていくとは……」
「そう言う事か……。ならば、急いで……」
「申し訳ないが、俺は行く。ニキビー……あ、ニビー副隊長が心配だ」
お爺ちゃんは慌てる。
「だ、駄目じゃ! お前さんはここでわしと開発訓練を……」
「訓練??? 本気かお爺ちゃん!!!」
俺は仁王立ちして、目を見開く。
そして、魔剣(柄だけ)をちょっと触る。
お爺ちゃんは、目を見開いて、口をパクパクさせる。
「魔石教徒の魔力量は分かっている! バリア防衛士達で太刀打ちできるはずがない! 騎士団に連絡して、その間にニキビー……ニキビー副隊長に何かあったら? まさか、この周辺で、レベルナインである俺より、適任者がいるとでも!?」
お爺ちゃんは、黙って項垂れる。
「許可をくれ。ちゃんと、魔石教徒を撃退し戻ってくる。そうしたら、また色々教えてほしい。今すぐに動かないと、俺は……大事な仲間を失うことになるかもしれない」
「わ、分かったのじゃ……」
ふう。
俺は心の中で嘆息。
ようやく陥落したか。
俺を絶対にここから出すなと、言われてたのだろうか。
俺に理屈で勝てるわけないだろう?
こうして、俺は訓練所を出て、バリア三へ向かう。
走り去る俺を、怪訝な目で見る兵士達。
俺を閉じ込めるように指示されていたであろう兵士達も、お爺ちゃんの指示で、黙って見送ってくれる。
訓練所の所長まで、何事だと出てくるがもう遅い。
出口までオロオロと見送ってくれるお爺ちゃん。
大丈夫!
ちゃんと帰ってくるからな!
そしたら、また開発しよう!
お土産は、独り占めするから渡せないがな!
心の中で、手を振り、俺はひた走る!
けれど俺は、訓練所が見えなくなると、そこで走るのをやめる。
そんなに体力ないのだ。
さて、作戦開始だ。
腕時計を見るとまだ十時前。
シャドウのお陰で時計が復活しているので便利。
昼前にはバリア三に到着する。
その頃にはバリアポイントは、ニキビーが森に入ったとちょっとした騒ぎになっているだろう。
直ぐに森でニキビー
こっちに戻る時間は、いつも通り位かと推測。
原料調達部は、夕方に来るというから、既に『両方ゲット作戦』終了後という事になる。
よしよし、いい感じだ。
魔石教徒?
いるはずがない。
それに、俺は、ニキビーを渡す気はない。
ただ、彼が教えてくれたのは、例えカンパニーでも、魔石教徒は侵入出来るという事実!
だから、安心して嘘をついた。
嘘の中に真実を少し入れとくと、いいらしい。
本当に魔石教徒がいるんだから。
作戦終了後、問題の魔石教徒は逃げた事にするが、出来ればニキビーの魔石ネックレスを証拠にはしたい。
が、大事な物だろうし、無理かな……。
さぁ、魔木チップ、ゲット!ゲット!
俺は、こうして、運命の1歩を踏み出した。
『ダブルゲット作戦』
──結果だけ言えば、この作戦は失敗する。
──二兎追うものは一兎をも得ず。
──いや、それどころか、もっと最悪な状況になるというのに、この時の俺は、呆れるくらい能天気だったのだ。
──あのいい香りがする桃の神樹が手に入ると、ただ浮かれていた。
──俺は、こうして俺自身の手で、最悪な運命を突き進んでいく。




