第33話 眠りの森。~5日前②
「監禁じゃと!? あの森の魔法を解除できるのは、リョウスケ殿だけじゃぞ!?」
……実は解除なんて出来ない。
数日は必要だと、カッコつけて言ってはいるが、時間稼ぎだ。
だが監禁は困る。
監禁されたら、猫とニキビーを助けに行く手段を見つけても、動く事が出来なくなる。
「直ぐに無限魔法とやらを解除しろ! 話はそれからだ!」
マンイーターが、興奮して凶器のような口を振り回す。
……まあ、そうだ。
魔法をかけた奴が、責任持って解除すべきだろう。
だが、その方法がないのだ。
だからこそ、早く魔法解除の策を練らなくてはならないのに、この化け物め!
「……俺がこんな遠くから解除すれば、あっという間に閉じ込めた魔石教徒が逃げていくと思うが、それで良いのか?」
マンイーターの動きが止まる。
「魔石教徒を捉えるために、また現場中心部に俺自身が行かねばならない。だが、その手段を構築するために数日必要だ」
「……どういう事だ! ぐるるるるるる!」
分からないのか!?
俺だって分からないが、とにかく、猫の傍まで行かなきゃならないのだ!
邪魔するな!
俺は、背中の魔剣(柄だけ)を、右腕を回して触る。
だが、当然、本体はいない。
猫のテレパシーは、今も繋がっている。
俺は、祈るように魔剣の柄を握る。
猫!
猫!
目を覚ませ!
“ぐーー…… すーー…… ぐーー……”
猫!
起きてくれー!
……分かっている。目を覚まさない事は。
猫は、以前ハルカと砂漠で編み出した直列共振ペーパーによる子守唄レベル1→Xの発生地ど真ん中にいるのだ。
猫。
お前が、失敗さえしなければ……。
“にゃ…… ぐーー…… すーー……”
……俺が、孫子の兵法先生と立てた作戦は、戦わずして勝つ、だった。
『孫子曰く、百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり』。
勝つ事が全てではない。
孫子の兵法先生のお考えは、犠牲を出さず、戦わずして勝つ、だ。
俺の無暴力と共通している言葉である。
まず、作戦1。
猫のしっぽに、直列共振ペーパーをくくりつけ、桃の神樹の半径一キロメートルを何周も走り続けさせる。
しっぽから微弱な魔力を供給させて、強烈な直列共振魔法が発動。
猫が走り抜けた後は、強力な例の睡眠魔法が残るようにしたのだ。
こうして、桃の神樹周辺に円形の睡眠結界を展開させたところで、作戦2へ移行する。
……そこで、事故は起きた。
俺はニキビーと共に次の作戦準備に移っていた。
作戦2。
桃の神樹の付近に二体、恐ろしく強い魔物がいる。
こいつらを、行動不能にすべく、お爺ちゃんのゴミ箱から戴いた大量のペーパーを使いトラップを仕掛けていたのだ。
ところが、ここで猫が!
トラップの仕掛けがほぼ完了し、俺がほくそ笑んだ時だった。
信じられないテレパシーが聞こえてきたのだ。
“にゃっ! あんなところに魔キノコにゃん! あっ、にゃ!にゃ! ……痛いにゃん。転んじゃったにゃ……”
これが、猫から来た最後のテレパシー。
それ以降、ぐーぐーと、気持ち良さそうな寝息テレパシー……。
マジかよ!?
急いで駆けつけた俺とニキビーだったが、やはり猫は太い木の根本に倒れていた。
俺の制止を振り切り、猫大好きニキビーが血相を変えて近づき、二人目の犠牲者……。
おいおいっ!
何やってんの!???
……そう。
転んだ猫は、自分のしっぽから出ている子守唄レベルXを聞いて、寝た。
そして、その後も直列共振ペーパーは魔力を吸い続け、子守唄レベルXは発動しっぱなし。
それをニキビーが、俺が止めるのを聞かずに突っ込んで行って、寝た!!!
俺は何も出来ず一人で退避し、訓練生達を配置したバリアポイント付近まで後退。
訓練生を配置した理由は大してなかった。
ただ、いかにも魔石教徒を撃退する! というパフォーマンスは必要だった。
だが、ここで広範囲に配置をしていたのが幸いと、作戦変更。
指示をしていた場所も、完璧だった。
その場所で、子守唄レベルXが、バリアポイントから北に拡大せぬように闇魔法サイレントを、交代で唱えさせたのだ。
この魔法、レベル3の魔法だが、周囲の音を消してくれる魔法だ。
森から漏れ出ようとする子守唄を打ち消させるのが目的である。
流石にそこまで子守唄が聞こえてこないとは思うが……念のためである。
そうとは知らずに、制止を無視して森の中に入っていったマンイーターの部下達である原料調達部隊は、次々眠りに落ちた。
……以上。
これが事の顛末。
こうして、無限魔法、眠りの森は完成したのだ。
作戦は出来る限りシンプルにした。
間違いが起きぬように……。
……猫。
お前を信用した俺が、……やっぱり失敗だったのか?
俺は、魔剣の柄を握りしめ、自分と猫の情けなさに歯軋りする。
“ぐーー…… にゃーー…… ぐーー……”
猫!!!
くそ!
早く、猫とニキビーを助けにいかなくては!
「や、やめるんじゃ! お、お前さん、な、何を……」
「え?」
はっと顔を上げると、お爺ちゃんが、すぐ側で必死の形相。
所長も、恐ろしい者を見るように俺を見ている。
どうした?
何だ?
「無暴力……と言っていたのは、嘘じゃったのか?」
あ。
もしかして。
俺が、怖い顔をして、魔剣の柄を握っていたせいで、何か勘違いしているらしい。
マンイーターは、両手を広げ、俺に怯みながらも狂暴な口をガチャガチャ慣らしている。
「き、貴様! 全権限を、任されている私に、は、歯向かうつもりか!?」
俺は、すっと魔剣を離して腕を下ろす。
だが、場の空気は緩まず、緊張感が張りつめたままだ。
「お前さんの気持ちも分かるが、頭を冷やすんじゃ!」
いやいや、そんなつもりは……。
気が付けば所長室は、俺が暴発寸前? みたいな空気なのか?
「貴様! わしに刃向かった事! 後悔させてやる! ぐるるるるるる!」
いや、違うって。
「リョウスケ殿! こう言うのはどうじゃ? この場は引くんじゃ! そうじゃ、わしの研究所……いや、訓練施設に監禁されるんじゃ!
そこなら、開発訓練しながら、時間も潰せるぞい!?」
お爺ちゃん、何言ってるんだ?
そんな案が、ありなわけがないだろう。
「魔法を解除する手段に数日必要なのじゃろう? あくまでその間までの拘束じゃ! ハングリー部長、それで良いな?」
ぐるるるるるる……。
マンイーターは、警戒を解かず俺を探るように見る。
……いや、ありなのか?
俺は、思考を加速させる。
とにかく、本来は三時間程度で終わるはずの作戦が、こうして最悪な形で長期化した。
もう、魔木チップとか言っている場合ではない。
今回の件、もう、何らかの罰は覚悟するしかないかもしれない。
森の中にいるはずの魔石教徒は、元々いないのだから、最終的に上手く逃げられた、すみません、というしかない。
とにかくは、猫とニキビーを救出したい。
そして、森に入った連中も無傷で救出しなければならないだろう。
よって、現時点での目標は、無事に魔法を解除しつつ、全員を無事に帰す事だ。
出来れば、魔石教徒も上手く逃げられたと言い訳できるような形で。
その為には……。
俺は口を開く。
「分かった。その監禁ならば、受けよう。だが、アリス・フターチを、呼んで欲しい」
「な、なんじゃと? この前、お前さんと一緒に研修に来ていた訓練チーフの、アリスか?」
俺は頷く。
「ぐるるるるるる!」
マンイーターの威嚇を、俺は無視。
「魔法解除の為に、最終的に俺はまた森の中に入らなくてはならないだろう。その為に彼女の力がいる」
俺に魔力がない以上、協力者は必須。
ペーパーに頼るにしても、子守唄レベルXを解除するには、ハルカや猫のように魔力の供給源がいる。
「何故、そんな娘が必要だ?」
マンイーターが口を挟む。
当然の疑問だろうが、俺は睨み付けて答える。
「アリスはレベルファイブで水術の使い手。そして、森の中で、魔法の解除、魔石教徒と戦う、という行動時、俺とのコンビネーションも重要だ」
苦しい理由付けだとは思う。
だが、俺は続けて言う。
「魔法解除の目処がつき次第、ハングリー部長にも連絡する。早々に魔石教徒を捕獲、撃退する為に、魔法解除の段取りを急ぐ事を約束しよう」
「……分かった! だが、この私に今後の動きについては全て報告するのだ!」
なに?
マンイーターが頷いた?
この説明で納得出来たのか?
ならば、急いでこれからの事を……。
ん?
所長が、お爺ちゃんと顔を見合わせている。
「どうしかしたのか?」
「いや、言いにくいんだけど……」
所長が人の良さそうな顔を歪めて、ポリポリ頭を掻く。
「実は、アリス・フターチから、さ……その……」
「なんだ!!!」
マンイーターの咆哮に、所長がヒッとなりながらも続ける。
「いや、その、辞めたいって……」
は?
「だから、その、昨夜、カンパニーを辞めたいと申し入れがあって、さ。でも、バタバタしてるから明日にしてくれって事になっていて……」
はあ!?
どういう事だ!?
「いや、バリア三に魔石教徒がいるとか、大変な事になってたから、それどころじゃなくて……。あ、今日また聞いてみるから!」
俺の顔が険しいせいで、所長は弁解するように何度も頭を下げる。
この所長、大丈夫か?
だが、アリスがカンパニーを辞めたい?!
何を考えてるんだ?!
そう言えば、このところ様子が変だったが……。
──訓練期間残りわずか。
──最悪のドミノ倒しは、アリスが加わり更に加速する事になる。
──もし、『両方ゲット作戦』が上手く行っていたら、どうなっていただろう?
──1000年に渡り、カンパニーが周囲を欺き、隠してきた秘密。
──ピーチ・シード。
──結局、同じ事だ。
──それは結局、俺の手で暴かれ、盗まれる事になるのだから。




