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二節ノサン

魔王の息子くんとの対談


大理石の壁、義母(ハハオヤ)の笑顔、その先にはまた笑顔の草月、それを冷めた目で見る私…


草月と義母(ハハオヤ)は確かな親子だった、

そこには親子の…母と子の愛が存在して居た、


それを見て私は何を思って居たのだろう、

覚えて居たのは聖書を握り締めて居た事…


もしかしたら母親(ママ)に助けを求めて居たのかもしれない、

父親への呪詛を唱えて居たのかもしれない、

草月を…ハハオヤに…取られたく無かったのかもしれない。


草月の能力『聖櫃』が覚醒したのは、その時だった、

その翌日にハハオヤ、美琴は交通事故で此の世を去った。



私はゆっくりと目を開ける、

夢を見て居たらしい、

昔の夢…思い出したくない、払拭するべき過去の夢を。


私は布団から身を上げ、

剥き出しの岩肌を素足に感じて居た、

このアジトである鍾乳洞に来てから始めての朝を今迎えた所だった。


陽光が差し込まず、不健康な蛍光灯の灯りが私の居る広いとは言えない部屋を照らす。


時間は時計を見る限り朝の五時程…

本来であれば起き出し、学校のための私と草月のお弁当を作っているだろう時間だ。


今思えば私は今日、何をすれば良いのだろう、

昨日であれば五十嵐の家の台所を片付けだったが、

今はまったくしたい事が思い浮かばない、


いや、するべき事が無いと言えるかもしれ無い、

ここから抜け出す気など最初から選択肢には含まれて居無い、


ましてや草月や五十嵐に会いに行くなど考えたくも無い、

きっと私が無事である事を知れば草月は泣いて喜ぶだろう、


逆に、今の私の状態が解らなければ焦燥感に駆られるかもしれない、

私は…どちらを望んで居るのだろうか、


昔から…草月の能力が覚醒した時から特に思って居る疑問、

私は草月の事をどう思って居るのか…

その事が再び頭を巡る、


しかし、今までも考えて答えは出なかった、

だから今考えても決して答えが分かる事は無いだろう、

ならば考えない方が良い、

答えなど知らない方が良い。


すぅ、と上を見上げる、

高い訳では無い滑らかな岩肌が見える、

ところどころデコボコして居て、それが模様に見えて趣がある。


私は寝巻き姿のまま部屋を出た、

部屋と廊下を隔てるのは簡素な木の板で、

鍵などつけようが無いが、

『ダヴィデ』が私の様に若い少女ではそれは不安だろうと、

特別な部屋をあてがってくれた、

それは、魔王の息子の部屋の隣…

即ち、ボスの部屋の隣であると言う事を考えれば私の部屋に来る勇気あるケダモノは居無いと言う事だろう。


事実、昨日は何の事も無く静かな夜を過ごす事が出来た、

神に捧げたこの身は、髪の毛一本たりと触れさせるつもりは無かった。


ぺたり、と一歩を踏み出す、

湿った岩の冷たさが直接私の足の裏へと伝わる、

それは決して不快感を伴った物ではなく、

寧ろ目覚めを助けてくれる爽やかさを持って居た。


辿り着いたのはこの鍾乳洞の主の部屋にして、

私の部屋の隣、

魔王の息子、『アンチ・キリスト』の部屋の前だ。


何故だか此処に来てしまった、

今だ私は隔てる木の板の前に居るだけだけれども、

いつしか私はその板に爪を立てるまでに至って居た。


そしてその時、


「そこに誰か居るのか…?」


部屋の中から低い魔王の息子の声が聞こえて来た、

まさか私は彼が起きているのだとは思わず、

驚きに部屋の前で立ち尽くして居た、部屋の向こうからこちらに近づいて来る足音が聞こえる、

その音から相手が素足の私と違い、少なくとも何かを履いて居る事を予想づかせた。


そしてその板が取り払われ、

目付きを鋭くした魔王の息子の顔が現れた、

だが、私が居たのだとは思って居なかったらしく、

私の姿を捉えた時、彼の目は大きく見開かれて居た。


「何だ…君だったのか…」


心なしかその顔には安堵と呆れが混じって居た、

安堵は自分に、呆れは私に向けられた物だろう、

神父様で無くてもそれぐらいは理解出来た。


彼と私が暫く部屋の前で佇んでいた時、

遂に彼が口を開いた。


「まぁ良いや、入りなよ、そこ冷えるだろう?」


言われて気がついた、

確かに最初こそ気持ち良かった冷えた床だったが、

本の数分居れば体から熱を奪うには十分だった。


私はなにも言わず、

彼に誘われるままその部屋に足を踏み入れた。



彼の部屋も私の部屋とあまり変わらなかった、

違うのは床にカーペットがしいてあると言う事だろう、


私と彼が始めて会った『越権の間』に有った様な玉座は姿は見られなかった、

彼は先程まで自分が寝ていたであろうベットに腰掛け聞いた。


「で…なにしにきた?別にこんな時間だったら眠って居ても良かっただろう?」


彼は私を訝しげに見てくる、

誰でも部屋の前に立たれれば同じ事を思うだろう、

だが、私はその質問に答えられなかった。


「分かりません…出来れば私もその事を知りたいぐらいです」


事実、何故来てしまったか今でも分からない、

今でこそ部屋に入って居るがあの時彼が現れなかったら私はどうして居ただろう。


私の返事を聞くと、

彼は困った様に溜息を吐いた。


「ハァ…君は大丈夫だと思ったんだけどな…そんな格好して…分からない、って方がおかしいんじゃない?」


彼は今度は敵意を込めた目で私に臨んだ、

私は改めて自分の姿を見る、

ごく普通のパジャマだ、ただ胸の辺りが窮屈なため、ボタンを二つ程外して居る、

それだけの事だ。


「何を考えて居るかは察しが付きます、しかし…私は神に全てを捧げました、それに、貴方如きと交わるとでも?」


私は、自分から一切の感情が失せた気がした、

言葉に出す事も不愉快だ、まるで喉が焼けただれる様な気がしてなら無い、

もしかしたら私は今この、私の純潔を疑う様な発言した男を嫌悪の眼差しで見ているかもしれない。


しかし当然彼も又私と同じたかだか16の小僧だ、

自分が此処まで嫌われて気持ちが良くある筈が無い。


「それは…僕が魔王の息子だから言って居るのか…!」


言葉に怒気がつまり、

今や元からつり上がって居た目はよりその怒りを象徴して居た。


しかし、

そんな彼の質問には興味など無かった、

あるのは私が不当な怒りを買った理不尽のみだ。


「別に、貴方が何者であろうと関係がありません、貴方は私の純潔を疑いました…貴方が…」


「アナタ、アナタ、煩い!僕はイズルって名前が有るんだ!君だって名前で呼ばれ無いと不愉快だろう⁈」


怒鳴る様で最後は質問する、

確かに、今この言葉を聞いて急激に頭が冷えた、

怒りもそれに伴いシュルシュルと収束して行った。


「…申し訳ありません、イズル、確かに失礼でしたね…ただ、分かって頂きたいのは…私は決してやましい心で来たのではありません…」


かと言って正当な理由も無い、

だがそれはさしあたって重要な事では無い…問題は魔王の息子…イズルに私の心を理解してもらう事だ。


そして、イズルもこの事で頭が冷えたのだろう、

先程に比べ落ち着きを取り戻した顔で言ってくる。


「あぁ…ごめん、こっちもムキに成って疑っちゃったよ…でも突然…その、寝巻き姿で部屋の前に立たれる…って言うのも…」


確かに、その事に着いては私の方に落ち度が有った、

ただ…いや、何も言うマイ、漸くまとまり出した話題をこれ以上掘り起こす必要はない。


彼もそう考えたのか話題を変えて来た。


「そうだ、ずっと立って居るのもあれだろ、座りなよ」


そう言って彼は同じ座って居たベットのスペースを寄せてくれ、

私にも座れる場所を作ってくれた、

ありがたくその配慮に預かる事にする。

彼がついさっきまで座って居た場所が、彼の温もりを蓄えていた。


「…君ってさ、変わってゆよね」


突然彼が私に言って来た、

一体何が変わっていると言うのだろうか?

私は普段と何ら変わりは無い。


「いやさ、なんて言うかさ…いや、やっぱりなんでも無い、ごめん、忘れてくれ」


結局その事は聞けずじまいだった、だが私とてそんな事聞きたい訳ではない、

いや…もしかしたら気になって居るかもしれ無い。


他人から私自身に興味を持たれたのは初めてだった、

最初から全てを知っている神父様でも私自身では無く、私の傷に触れたのだ…


だからまるで殆ど私を知らず、

そして私を知ってくれようとしたのはイズルが初めてだ。


その事を知ってか知らずか、

彼は続けた。


「ま、お互い難儀な身の上だよ、方や勇者の娘、方や魔王の息子…だと言うのに今は同じ部屋で語らってる…何だか不思議だな」


彼は戯けた様に言う、

確かに、今此処で、同じ所に居て、同じ風景を見つめて居る…


それはとても不思議な事、

ヒトの及ばぬ運命とも呼ばれる力が巡り合った結果…


「そう…ですね」


艶やかな鍾乳洞の壁を見る、

岩は蛍光灯の光を受けてまるで湿って居るかの様に輝く。


そして、ある種芸術的に光を反射して居るであろう壁は、

私達の姿をおぼろげながら映して居た。


私はこの時だけ、

ある事を思った。


『勇者』は…チチオヤは…

私が生まれた時に、喜んだのか…

そして、だからこそ私の名前を優香と名付けたのか…


名前、の所で一つ疑問が生まれた、

イズルの名前…

何故、彼はイズルと名付けられたのだろう…


「あの…イズル…」


私は別に、疑問に思った所で必ず聞きたい、と思う様な性格では無かったはずだ…


だが今は何故か違った、

どうしてもイズルのなの由来が気になった。


もしかしたらイズルとの話すための理由が欲しいだけなのかもしれない、それでも良い。


「何故、貴方はイズルなの?」


イズルは私の質問の意味が心底分からないと言った顔をした、

それどころか突然の質問に目を丸くしさえして居る。


「え…?シェークスピアか?」


シェークスピア…?

イングランドの?

何で突然?


今は寧ろ私が彼と同じ様な顔をしたかもしれない、

疑問を直接顔に出す…そんな単純な事、何年ぶりに行っただろう…。


「いや、さ、在るだろ?ロミオとジュリエットに、『あぁ。ロミオ、貴方はとうしてロミオなの?』って、無かったけ?」


ロミオとジュリエットの第二幕…か、

確かにそんな様なセリフが有ったと思う、

と言っても私はそんな意味で言った訳ではもちろん無い。


「いえ、名前の…イズルの名前の由来です、ごめんなさい、わかりずらかったですか?」


何の事は無い、

意思の疎通が上手く行って居なかっただけだ、

ならばより分かり易く説明し直せば良いだけだ。


「あ、いや、そう言う訳じゃ無いんだ…(ま、ちょっと残念だけどさ…)で、僕の名前の由来?」


一瞬悩んだかと思うと転じて難しそうな顔になるイズル、

何をそんなに迷うのだろう、


答えは直ぐに訪れた。


「分からない…かな」


「え…?」


言われた事がすぐには解らなかった、

分かったのは再びイズルが口を開いた時だ。


「僕の名前は君の言う『ダヴィデ』が付けた物なんだけど、由来とかは聞いた事が無いな…だから知らないんだ、悪いね」


彼は少し寂しそうな顔をする、

その彼の顔に私の罪悪感が酷く疼いた、

此処までヒトに感情を剥き出しに出来たのは神父様を除いて初めてだ。


そして彼は今度は私に名前の由来を問うて来た、

私の名の由来か…

これが私が自分の名前が大嫌いな理由…


「『勇者』の娘だから…優香のユウは勇気のユウなんです、名付け親は義母ですが、阿久津がいつか言って居ました」


彼もきっと…

イズルは…とても不思議な男の子だ…

今まで、頑なに閉ざして来た筈の心のドアが、彼の前だと自然開く、

神父様はその存在自体が私の心の鍵の様な存在だから…。


目が有っても見えないのか、

耳が有っても聞こえないのか。







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