八節ノニ
俺は突然の事で信じられなかった……
俺の目の前には此方を無表情で睨んでくる少女の姿が在った。
よく知っている少女だった、
歳は丁度俺が妻、美琴と出会った時と同じほど……
俺が驚愕のあまりになにも言えないような状態に陥って居たところ、
その少女が口を開いた。
静かに、冷徹な目が俺を捉えたまま、少女はついに言葉を紡ぐ。
「始めまして、オトウサン……」
☆
今日もなにも変わらない朝を迎えたはずだった、
いつか自分が生き残るために食べてしまった動物たちに感謝の意を込めて墓を立てたりもした、
それもいつも通りだった。
だが、
心では全くいつもと違う事を考えていた……
それは、二週間前に突然現れた兄貴の事だった。
そう、この十数年顔も見て居なかった兄貴が突然ふと現れて、
またなにも理解出来ないままにさっていったことがあった。
そして、その二週間後、
つまり今日に、
この少女……
俺の娘、
優香が現れた、
その、兄貴と共に。
ーー
俺は「始めまして」と言う優香に何も返す事が出来なかった、
確かに、例えアノ事が在ったとしてもいつまでも自分の子供たちに会わないわけにも行かなかった。
だから、時々……
いやほぼ毎日、自分が娘や息子に会ったら、と言う事を考えて居た。
しかし、そんな楽しい想像は必ずある一点で止まってしまうものだった。
それは、
優香や草月が俺と言う存在に始めて会って、どんな表情をするか……だ。
俺は決して父親と呼ばれるような価値のある男ではない、
むしろ、軽蔑されるかもしれ無い。
そんな事がいつもいつも心の中に渦巻き続けて居た。
特に、俺の始めての子供である優香は……
おそらく本人は覚えて居無いだろうが、実は優香は草月と違いほんの一週間だけは俺と一緒に過ごして居た事が有った。
だから、
その時から、俺は……
「何も言わないのか?『愚弟』フッ……お互い、バカなオトウトを持つと苦労するな」
突然兄貴が言う、
確かに俺は今まで呆然として居たため優香の言葉には何も返せて居無いで居た。
「えぇ……まったくその通りですね、叔父さん」
優香は眉を一ミリたりとも動かす事なく俺の顔を見たままに兄貴に返す。
それは、心ここにあらずといった様子にも見える。
「あ、あぁ……優香……」
俺が結局何をいうかも決まらないままに優香に対して返事をしようとした時。
しかし、その瞬間に優香の顔に今までまったく無かった明確な表情が生まれた。
それは、
嫌悪の表情だった。
……わかって居たはずなのに、
理解して居たはずなのに、ひどく心の傷ついた現金な自分に気がつく。
「名前を……呼ば無いでいただけますか……?」
その声には俺と会話すると言う事がいやだと言う事があまりに切実に伝わって来た。
その優香の目に映る嫌悪、
言葉の端々から伝わってくる気持ち悪さに、
俺は一々身が引き裂かれるような苦痛を覚えて居た。
「すまない……」
何も言えない、
言う資格の無い俺はただ、明確に自分の事を嫌う自分の娘の前に俯く事しか出来なかった。
俯いた視界の端に優香とその隣に居る兄貴の靴が見えた、
二人の表情はわから無いけれどおそらく優香は無表情で、兄貴ニヤニヤと笑って居る事だろう?
兄貴は昔からそうだった。
もうすぐ50にも手の届きそうとは思えないような若々しい姿を保って居る兄貴は笑みを崩す事がほとんどといって良いほどない。
それと、阿久津の話から聞いた優香の話とは真逆に当たる事だろう。
「オトウサン……顔を開け無いで良いのでそのまま聞いてください」
頭上から優香の声が聞こえて来た、
優香の靴が一歩こちらに近づく。
優香の言葉は一見、こちらが頭をあげても良い様に聞こえるが、
それはまったく逆であり、むしろ俺はこのまま下げて居て欲しいと言われて居るのだろう。
そして、告げられたのは「何故、優香が此処に来たのか」と言う理由だった。
なめらかに紡がれた絹の様なその声は、こいつの母親である、俺の幼馴染を思い出させる繊細な声だった。
その理由はほんの数十秒で終わる事に成った、しかし、俺にとっては今までで最も長く感じた数十秒でも在った。
……そんな理由で、
わざわざ俺の所に来たって言うのか……?
今、優香はどんなカオをして居るのだろうか、
少なくとも笑って居たりするわけでは無い事はわかる。
しかし、必ずしも無表情を浮かべて居るわけでもないだろう。
そもそも、
なぜこの兄貴が優香と共に居るのだろうか……?
阿久津の話だと優香と草月は俺に兄弟が居る事などまったく知らないはずだった。
しかし、
今はこうして「叔父さん」と読んでいる以上、優香は知って居ると言う事だろうか?
もしかしたらあのジイさんの大学からの流れかもしれない、と一瞬思ったがあそこには確か円城寺が居たはずだ。
優香があの大学へ行く事になる様なことがあれば絶対に俺がわからない事はないだろう。
つまり……
やはり、兄貴の狙いは……草月の能力目当て、と言う事か。




