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第八章 俺は君を愛してる


天界を追い出されたアンナは神から授かった白いナイフを持ち、ベルフェゴールの元へ向かう。

その足取りは重く瞳は悲しげに揺れている。


場所は――


二人が初めてキスをした神殿の廃墟だった。


『お願い、どうか誰もいないで…』

そんな願いとは裏腹にそこには黒い翼を背負ったベルフェゴールの姿があった。


まるでずっとアンナのことを待ち続けていたかのように。

その姿は以前より少し疲れて見える。



ベルフェゴールはアンナを見つけて少しだけ笑った。



「…久しぶり」

「……。」

アンナは何も言えなかった。


手には白い短剣を握りしめて泣き腫らした顔のアンナの姿。

ベルフェゴールはその短剣の刃を見て全て察する。


少しだけ悲しそうに笑う。


「そっか。神にバレちまったか…。

で、命令されたんだ?俺を殺せ、って」


アンナの肩が震える。

「……ごめんなさい……っ」

「謝るなよ」

ベルフェゴールは一歩近づく。


アンナは泣きながら後ろに下がる。

「……私は天使です……神に従わないと……」

「うん」

後ろに一歩下がるアンナを追いかけるようにベルフェゴールはまた一歩足を踏み出す。


「貴方を殺せと命令されました……」

「うん」

「殺すまで天界に帰ってくるなとも…

なのに……できない!」

短剣が床にカシャンっと音を立てて落ちる。

アンナは泣き崩れた。


「貴方の言っていたことは全部嘘でした。

それを知っても、貴方のことが忘れられなくて胸が痛くて張り裂けそうでした…

苦しくて苦しくて死んでしまいそうだった…!」



ベルフェゴールが膝を折りアンナの髪の毛にそっと触れる。

それは慈しみに満ちた手つきだった。



「……最初は全部嘘だった。

優しくしたのも。

手を繋いだのも。

キスしたのも。

全部任務だったからだ」


それを聞いて更に涙が溢れて止まらなくなる。

やはり貴方は悪魔なのですね。


言葉だけでこんなにも私の心を傷つける。


「アンナ、最後まで聞いてくれ」

ベルフェゴールは続ける。


「…途中から分かんなくなったんだよ。


アンナが笑うと嬉しくて、

泣いてると胸が苦しくて、

もっと触れたいって思って、


……多分。

俺さ、本気でアンナのこと好きになってた」


アンナが泣いてるの嫌なんだよ。


だから、俺を殺せばいい


ベルフェゴールはアンナの手に短剣を握らせる。

そして自分の胸に短剣を当てた。


優しくアンナに微笑む。


「ほら、神からの命令なんだろ?

俺を殺せばいい。

それでアンナが神に許されるなら、

それでアンナがまた笑えるようになるんなら、

俺は喜んで殺される。


だから俺を殺してお前は生き延びろ。

こんな悪魔のことはもう忘れるんだ」


ベルフェゴールの金色の瞳がアンナの青い瞳をまっすぐ見つめる。


「嫌です……っ

私にはそんなことできません……!」


アンナは生まれてから一度も神に逆らったことなどなかった。

それが初めて神の命令に背こうとしている。



アンナは白い短剣を見つめる。


震える手で短剣を拾い上げ、泣きながら叫んだ。


「もう一度言います…嫌です!!

私は貴方を殺したくありません!!」

初めて好きになった人なんです……!!」


神の命令なんてなんて知りません……!!

私は……ベルフェゴールの傍にいたい……!!」

「……アンナ…」

アンナはそのままベルフェゴールの胸に縋り付いて泣いた。

泣きじゃくるアンナの身体を優しく抱きしめる。


抱き合った身体の触れてる箇所が温かかった。

アンナが愛しくて愛しくてたまらず抱きしめる手に力が籠る。


あぁ、誰にも渡したくないと。

願わくばこのまま君を攫っていきたいとさえ思った。



泣き止んだアンナがそっとベルフェゴールから距離を取る。


「ですが神はベルフェゴールを殺すまで天界に帰ることを禁じました。

貴方と私は悪魔と天使。

この二つは決して交わってはいけない存在だと。

貴方を殺すくらいなら、私は自らの意志で死を選びます…」

ふわりとアンナが微笑んだ。

そのまま目を瞑り白い短剣を自らの喉に突き立てようとする。



「やめろ!」

思いっきり突き立てようとした短剣はアンナの身体を傷つけなかった。


ベルフェゴールが短剣の前に手を出したからだ。

短剣はベルフェゴールの手の甲に深く突き刺さり止まっていた。

ベルフェゴールの手から溢れる血が白い短剣と呆然とするアンナの白いドレスをポタリポタリと赤く染めていく。


「…なんで…」

ナイフを引き抜きそのままベルフェゴールはアンナの華奢な身体を力いっぱい抱きしめた。


「…俺、嫌なんだよ。アンナが泣いている姿を見るの」

「でも貴方は私のことなんて任務としてしか見ていなかったはずなのに…」


「最初は本当に任務だった。

なのに、アンナと過ごす時間が増えるたび俺の中で知らない感情がどんどん膨れていった。

これが恋だったんだ…。

アンナ、傷つけてごめん。

俺はアンナを愛してる」


だから泣かないでくれ。

眼帯をしていない側の瞼に、そして唇に優しくキスが落ちてくる。


まるで涙をとめようとする為に。

何度も何度も。



アンナにとってその時間は永遠に感じるくらい幸せな時間だった。


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