第七章 愛する悪魔を殺せ
あの日、ベルフェゴールの嘘を知ってからアンナはまた一人任務に戻った。
ベルフェゴールのことは忘れようと思った。
でもあの優しい微笑みが頭から離れない。
「似合ってるよ」と言ってくれた貴方のことを嫌いになれない。
どうしても忘れられず夜は涙で枕を濡らした。
泣いて泣いて、身体が干からびちゃうのではないかと思うくらい泣いても涙は収まらなかった。
恋を知らなかった天使の初めての失恋だった。
彼女はこの胸の痛みを取り除く術を何も知らなかった。
エミリアが生きていてくれたら話を聞いてくれたのかもしれない。
仲の良かった天使が生きていたらこの胸の痛みをどうにかしてくれたのかもしれない。
けれど。
もう、アンナの側には誰もいない。
みんな死んだ。
私が殺したようなものだ。
私が死期を見ることがなければ彼女たちは今も生きていたのだろうか。
そんなことが頭の中を巡り、アンナは鏡で眼帯を見るたびに目を伏せた。
あぁ、大嫌い。
この呪われた右目も白薔薇の眼帯も。
眼帯にそっと触れ独り言を漏らす。
「貴方が好きと言ってくれたから、少しだけ好きになれたのに」
ある日アンナは神に呼び出された。
なんのことだろう。
怯えながら神の鎮座する間に急いで向かう。
「アンナ、悪魔に恋をしているらしいな」
「…っ!どうして…」
思わず動揺して声がうわずってしまう。
「ですが…もう終わりました…
一時ですが悪魔に恋をしてしまったことは謝罪致します…我が主よ、どうかお許しを…」
弱々しいアンナの宣言を神はピシャリと遮った。
「許しはせぬ。
本来天使とは神に使えるべき存在。
他に大切な存在などいらない。
心の中に存在を止めるなど問題だ。
任務に支障が出る可能性もゼロではない。
そうなれば誰が愛しい我が子たちの迷える魂を回収する?
いいか、アンナ。
殺せ、その悪魔を。
これは命令だ、拒否することは許さない」
そうして神は一本の短剣を創造する。
それは刃も持ち手も全てが真っ白の短剣だった。
「本来であればお前に剣を与えることはしない。お前の神意は戦いに向いていないのだから。
だがその短剣を使えばどんな悪魔も傷つけられる。心の臓を狙え。
殺すまで天界に戻ってくることを禁ずる」
「…はい、かしこまりました、我が主…」
神から授かった短剣は軽く白く光り輝いていた。
アンナはその真っ白な刃を見つめる。
ベルフェゴールに初めて触れられた日のことを思い出した。
あの優しい手。
あの笑顔。
あの花畑で交わした口づけ。
ぽたり。
涙が刃に落ちた。
白かった刃に、自分の顔が歪んで映る。
ベルフェゴールを殺せ、だなんて。
なんて残酷な命令。
愛する悪魔を殺せ。
それが天界の秩序を守る証となる。
天使と悪魔の恋は禁忌の恋。
それがたとえ一方通行であっても許されないのだ。
そう神は仰った。
ねぇ、どうして、こんなに苦しいのでしょう。
誰がこの胸の苦しみの正体を教えてください。
全てが夢であれば良かったのに、とアンナは短剣を胸に抱えて泣き崩れた。




