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第六章 貴方は最初から私を騙していた


いつも通りの逢瀬になるはずだった。

神に隠れてひっそりと行われる逢瀬。


任務の合間に行われるそれはアンナの心を昂らせた。

これまで任務とはアンナにとって憂鬱なものでしかなかった。


ただ神に下された命令だから行っていただけ。

迷える魂が可哀想だから救いたいと思っていたが、その心はいつも悲しみに満ちていた。



それがベルフェゴールと出会ってからはまるで違う。


彼の声を聞くと嬉しくなり、彼の顔を見るだけで胸が熱くなった。

彼が自分の忌み嫌っていた眼帯を受け入れてくれることが嬉しかった。


この人は私を「死神」だなんて呼んだりなんかしない。


一人の天使として見てくれる人なのだと。


天使と悪魔は相容れない。

そんな禁忌を破ってさえベルフェゴールに会いたいと思った。



ベルフェゴールの姿を見つけたアンナだが、彼が他の悪魔と話してるのを見つけ咄嗟に隠れる。


悪魔は怖い。

ベルフェゴール以外の悪魔は信用出来ない。

彼らは簡単に人を傷つける。


それは時に暴力として。

そして時に言葉として。


以前襲われた時の記憶が蘇る。

あの時ベルフェゴールが助けに入ってきてくれなかったら私は今頃死んでいただろう。


彼らの話が終わるまで隠れて待っているのが得策だと思い、アンナは戦場に生えている木の陰にそっと隠れた。


「任務の調子はどう?」

「順調だよ、なんの問題もない」


任務?

彼も私のような任務を与えられているのだろうか?

いつも何かをする素振りはなかった。

私と会っていない間の彼を私は何も知らない、とアンナは少しだけ寂しく思う。


「ベルフェゴールちゃんは本当に悪い男だねぇ!

薔薇の天使ちゃん!もうキスもしたんだよね?

ねぇねぇ、どんな様子だった?

堕ちるのも時間の問題じゃない?」


『薔薇天使』

その言葉を聞いて自分のことだとハッとする。

どうしてこの悪魔の人は自分とベルフェゴールのキスのことを知っているの?


『堕ちる』って一体なにを言っているの?


アンナは困惑した。

いつもと同じ笑顔を浮かべるベルフェゴールがまるで知らない人のように見えた。



「…んー、まぁな。俺のこと「好きかも」だって。

でもまぁ堕ちるのも時間の問題だよ。

だってさ、アンナは欲しい言葉を与えるとすぐ縋ってくるから」


そのセリフを聞いてアンナは確信する。



全てが嘘だったのだと。



「似合ってる」



そう言ってくれたあの言葉も。

初めて手を繋いだ温もりも。

花畑で触れた優しい唇も。



全部。

全部。


最初から私を壊すためだった。



彼は最初から私のことなんて愛していなかった。

全ては私を壊す為のお芝居だったのだ。


気がつけばその場から逃げ出していた。

これ以上何も聞きたくなかったし何も信じることが出来なかった。



ベルフェゴールは気づかず言葉を足す。

「…でも変なんだよな…。

任務のために近づいた。

任務のためにアンナの求める言葉を与えた。

それなのに、アンナの泣き顔は見たくないって感じるんだ」

「えー、ベルフェゴールちゃん。

まるで恋してるみたい」

「…っ!はぁ!?マモン!馬鹿なこというなよ。この俺が恋なんてありえない」

声を荒げるベルフェゴールにマモンはくすくすと笑いながら胸を突く。


「自分の胸によーく聞いてみて。俺は強欲の悪魔だからわかるよ。君が本当に今欲しいものがなんなのか、を」



欲しいもの?

俺が欲しいものなんてない。


ただ任務を終えて、ギュノシス様に報告し次の任務に向かうためだ。


俺は怠惰のベルフェゴール。

なにもしたくない。

なにも欲しない。

何も面倒なことはごめんだ。


そうだろう?




ベルフェゴールはマモンと離れた後、いつも通りアンナを探す。


アンナのいる場所の候補は限りなく少ない。

戦場か、花畑か、廃墟になった神殿のどこかだ。


戦場では死者の魂を回収し、

花畑で薔薇の花を育て摘み取り、

廃墟になった神殿で神から隠れるようにしてその身を休め、時に泣き、そして逢引きを重ねる。


探したのちに見つけたのはやはり廃墟になった神殿の中だった。


アンナは泣いていた。

声も出さずに蹲り、肩を震わせていた。

左目から大粒の涙がポタポタと落ち床の色が変わってゆく。


「アンナ?どうした?なんで泣いてる?」

隣で膝をつき、小さな顎を掴み顔を見つめる。

優しく指で涙を拭ってやる。



「……。貴方と仲間の悪魔の方とのお話を聞いてしまいました。

ずっと私のこと騙してたんですね…」


ベルフェゴールの胸がドキリと鼓動をたてた。

あの会話を聞かれていたなんて。

どこまで聞いた。


任務とバレたのか。

それで泣いているのか。


なぁ、アンナ。

その涙は何故流してる?


俺に裏切られたから?

俺に与えられた言葉が任務の一環だったから?

それとも俺に本気で恋をしていたから?


あぁ、まずは誤解を解かないと。

頭が混乱していた。

こんなタイミングでバレるなんて最低最悪だ。


「アンナ…違う。俺の話を聞いてくれ」

「私は世間知らずです。

優しい貴方に勝手に惹かれてしまった哀れでバカな天使です。

もう会いません…。

さよなら、ベルフェゴール。

貴方は私のことを欠片も愛していなかった。

それでも、私は本当に貴方のことが好きでした…」


泣きながら笑いながらアンナはそれだけベルフェゴールに伝え神殿を後に飛び去ってしまった。


ベルフェゴールは追いかけられなかった。


足が、一歩も動かなかったのだ。


生まれて初めて知った。

胸が痛いという感覚を。


あんなに嫌だったアンナを他でもない俺が泣かしてしまった。

しかも最悪の方法で。


純真無垢なアンナを結果として弄んだのだ。


ズキズキと胸が痛い。

アンナの泣き顔が頭から離れない。


泣かしたくなかった。

ずっと笑っていて欲しかった。


アンナと一緒にいると任務であることも時折忘れた。


純粋なアンナに惹かれている自分の存在をずっと俺は否定していた。




「あぁ……そっか」


乾いた笑いが漏れる。


「……俺、恋してたんだ」


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